『式日』 (2000)
スタジオカジノ作品(スタジオジブリ)/製作 鈴木敏夫
現在公開中の『シン・仮面ライダー』であらためて庵野秀明監督の素晴らしさに触れて、
その勢いで久しぶりに庵野監督初実写映画『ラブ&ポップ』を観たので、
この勢いのまま実写映画二作目の『式日』を観ました!
本作、非常に淡々と物語が進む、というか
そんなにストーリーが動く作品ではないので
退屈に感じる人もいると思うんですが、
美しい映像と、なんともいえない世界観にハマることができたら
心地良く観ることができる作品でもあります。
今回久しぶりに観て思ったのは、
本作が庵野監督の実写作品の中では一番映画的ということですね。
それはまず映像の美しさ。
『ラブ&ポップ』では手持ちカメラの映像で、
時にスカートの中にまでカメラを入れるやり過ぎ感もありましたが、
今回は映画用のカメラでしっかりと撮られているので、
庵野監督の映像センスを堪能することができます。
今観ると(『シンエヴァ』で出てきたところ?)みたいな映像もあるのが面白くて、
なるほど、庵野監督の出身地の山口県宇部市でロケされてたんですね。
工場を写した映像が多くて、これがかなりいい画になってるんですが、
公開された22年前は今みたいに‘工場萌え’みたいなフェチは一般的じゃなかったと思うんですが、今や夜の工場を見学するツアーがあったりするので、
そういう観点からも今観ると面白い部分があります。
監督として著名な岩井俊二さんが‘カントク’として主演しているので、
このカントクが撮る手持ちカメラの映像が出てきたり、
林原めぐみさんのナレーションが入ったりとかは
いかにも庵野監督的ですが、
今回それらはそんなには無いので、
堂々たる映像がメインの、
一番映画的な庵野監督の実写作品だと思います。
庵野監督の故郷を舞台にしていることからも、
カントクは庵野さん自身を投影した存在として捉えてもいいでしょう。
今回、エンドクレジットを見ていて
谷口正晃さんが助監督だったことに初めて気づいたんですが、
谷口さんはボクが一番好きな日本映画『時をかける少女(2010年)』の監督さん。
本作が優れた映画であることに更に納得しましたね。
ボクが本作を好きな大きな理由のもう一つは主演の藤谷文子ちゃん。
可愛くて好きな女優さんなんですが、彼女が出てる他の作品とは縁が無くて、
彼女の魅力を堪能できる作品としても貴重です。
彼女は本作の原作者(『逃避夢』)でもあるので
その演技の素晴らしさも納得!!
若い女の子の不安定な感情を見事に表現しています。
この表現が、メイクや部屋の内装なども含めて
過剰に見えるところも多々あるんですが、
淡々と進むストーリーの中では
そのけっこう強烈な映像表現がいいスパイスになっていて、
だから引き込まれるんです。
約一ヶ月の話で、ほぼ一日ずつ区切るテロップが出てくるので
淡々と進むわりにはサクサク進んでるようにも見える不思議さがあります。
“〇〇日前”と出るので、
最後に何かあると期待させるところが上手いです。
カントクを演じた岩井俊二さんの演技も見事で、
これはプロの俳優じゃないからこそのケミストリーが出たと思いますね!
主役コンビの見事な演技で本作が成立したと言ってもいいと思います。
映像作家として行き詰っている‘カントク’と、
家庭環境と過去のせいで まるで現実逃避しているような‘彼女’。
彼女は自殺願望もあるように見える。
生きるために自殺しない、っていうんじゃなくて、
自殺せずにすんだから生きてるように見える彼女。
去年の夏、三十年以上勤めてきた会社の異動で過去一追い詰められて、
(こういう気持ちの時に電車に飛び込んでまうんかな‥)と思ったボクは、
それ以来人身事故が起こると「迷惑」とかじゃなく
(誰か辛い人が飛び込んでもうたんかも‥)と辛い気持ちになるようになりました。
理由はともかく、人が多分死んでるのに
Twitterでは「迷惑」とか茶化したような言葉が多く並びます。
そういう人達はこの映画の彼女を観ても何も感じないかもしれません。
でも、今観ると
ボクは仕事に行き詰ったカントクと同じく彼女のことが気になりました。
二人はなんとなく共同生活を始めますが、
お互い何か大きな喪失感を持っている人間同士がそうなることに全く違和感はなく
凄く自然に見えます。
傷を舐め合うとかそんなんじゃなく
添い寝するようにただ寄り添う。
こんな心地良い関係性があるでしょうか?
ここでも
‘他者によって人生の大切なことに気づく’主人公がいて
それは彼女とカントクのどちらにも変化をもたらすんです。
あくまでも静かに、本人たちも気づかないくらい少しづつ。
前衛的なアートのようでありながら
彼女の狂気的なものも感じさせる彼女の部屋の内装は
映画アートの素晴らしさも見せてくれます。
廃墟のようなビルの各階全てが彼女のものみたいなのも面白い。
しかし、入り口は非常階段なのがなんか好き。
彼女もカントクも普通の扉ではなく
非常階段や商店街の屋根の上とか、
普通の人なら行かないような場所が妙にしっくりくる。
本作は人生に喪失感を持っているような人たちに寄り添ってくれる映画。
彼女がカントクの心臓の鼓動を聞くシーンの心地良さが
この作品の心地良さでもある。
添い寝のシーンもそう。
彼女はカントクが横にいるだけで初めて眠れるようになる。
本作を今観ると、
『シン・ゴジラ』や『シン・エヴァンゲリオン』で大成功を収めた後も、
庵野秀明という人間が全く変わってないことが分かります。
『シン・仮面ライダー』でも人が人に寄り添うことで生まれる幸せを描いていたからです。
そこに思いを巡らせることができない人はすでに幸せなのかもしれません。
でも、たくさんの人たちが渾身の想いを込めて作った作品を
SNSであけっぴろげに馬鹿にするような人たちは本当に幸せなんでしょうか?
もちろん映画なんて好き嫌いあるものですから批判があるのは当然。
ボクだって全肯定ってワケじゃない。
ただ、あまりにも心無い批判を多く目にしてるので
それがなんとも居心地が悪いんです。
本作も『シン・仮面ライダー』も登場人物が少なくて、
そういう点を批判する人もいますが、
ボクは主要人物をしっかり描けていたら映画は充分成立すると思うし、
登場人物を増やしたらノイズになる可能性もある。
自分が描きたい人間だけ描くのも庵野監督らしさを感じて好きですね。
『シン・ゴジラ』はたくさんの登場人物が出ますが、あれはただの記号でしかなかった。
他者を描かないどころか、画面にすら写さない庵野監督が
本作では大量の小学生を写し出していたのが印象的でした。
傷付いた大人が心を許せるのは純粋な子供だけということなのか?
正直忘れていたんですが、今観ると非常に興味深いシーンでした。
本作で見せた芸術性と娯楽性が初めて見事に融合した庵野作品が
『シン・仮面ライダー』な気がします。
今本作を観返すと、
本作を撮ってた庵野監督は幸せやったんやろうな、と思えました。
少なくとも最後にはそこに辿り着けたと思います。
自分が好きなものを好きなように撮る庵野監督。
大成功を収めたあともそのスタンスが変わっていないことにファンとして喜びを感じるし、
庵野さんのそういう姿勢はまた新たなファンを生むと思います。
真の苦悩を知る者こそが真の幸せを知る―。
「明日はわたしの誕生日なの」
そういう人間にこそ
いつかその人にとっての《式日》が訪れるんです。