久々に仕事らしい仕事をした。わずか1週間ではあるが、ほぼ全霊を尽くして作り上げた。昨日無事に頂きを見、貪るように眠った。家に着いてから眠るまでのプロセスの記憶が久々に飛んだ。

その翌日である今日は休むことにした。昼前まですべてを忘れて眠った。意図的に忘れようとしなくても脳が自己防衛的にそうしたという方が実態に近い。簡素な昼食を補い、山と積まれた1Q84を掴み、それを抱えて喫茶店に入った。

あたりには、資格の勉強でもしてるのか、決して若くない人々が分厚い書をいくつも並べて一心不乱に何かを書いている。立派なものだ。でも、きっとこのうち何名かは、夢潰えてこの努力の先に描いていたものを掴めないまま生きるのだろう。物悲しいことだが、そんなもんだ。

無駄に滞留する僕にも店員は慇懃だ。回転率を下げて申し訳ない。

すっかり集中力が途切れた頃に、すぐ横の席に人が来た。同じように勉学を始めた。だがどうも演技じみて見えてならない。3分の1の時間は虚空を見つめ、3分の1の時間はより広いスペースのある席がないか見回している。今、友人から飲みの誘いがきたら彼はすぐ行くと確信が持てる。

と思ったら空席が生まれたのを見逃さずに、5秒で移動した。ここからは集中できることを願ってやまない。

ただの休日はこんなにも無駄なことを考えることはない。でも今日は考える。使い慣れた自分の脳から出てくるアウトプットが新鮮で楽しい。明日もきっと、こんな1日がやってくるだろう。楽しみだ。
・水で走る車
・ガン細胞だけを殺すことができる周波数
・無線での配電システム

といった夢のような技術があるという。そして、それらは利権により実用化を阻まれているという。

上記のようなまだ現実的と言えなくもない内容から、本書は次第にエスカレートしていき、見ようによってはあまりに突飛と言わざるを得ないテーマに踏み込んでいく。四川大地震や新潟中越沖地震は秘密政府が人為的に引き起こしたものだ、など。

とりあえず、個々の技術の真贋を問うことには、闇の世界に通じていない以上はあまり意味がないと思うが、技術が握り潰される力とロジックについて考えることは、少なくとも物事の本質を考えるトレーニングになると思う。

今、ガンが完治する治療法ができて、中長期的なガン患者がいなくなったら、医療・製薬産業はどうなるか?

全人類を救うイノベーションは必ずしも全人類から歓迎されない。どうやらこれは確かなのである。

闇の支配者に握り潰された世界を救う技術/ベンジャミン フルフォード



ところで、豚インフルを殊更に喧伝した結果、過去のものというイメージすらあったタミフルがまた脚光を浴び出した。タミフルって作りすぎて在庫過剰だったんじゃなかったっけ?あんなに喧伝させて、得するのは誰よ?

これもどうやら同じことだ。
フラバルスのライブに出かけた。”Song Power Station”という連続企画で、100人に満たない程度の、比較的こぢんまりとしたライブを堪能できる。メジャーデビューした直後は、旧友が動員した規模に先ず感動したものだが、今は規模よりも「より歌がじっくり聞ける」という価値のほうに重みを感じている。

聴き慣れた彼の曲が、キーボードやパーカッションでいつもと違う顔を見せ、僕を含めた聴衆を酔わせる。

どうやら、音楽は本来的には東京ドームで聴くものではない。

嬉しいことに次回、次々回も既に開催が決まっている。次の機会がまた楽しみだ。

http://hullabaloos.jp/live/