私は小売業をやりたくてヨーカ堂に入ったわけではない。ただ自分で決めた以上責任は取らなくてはならない。


日経の「私の履歴書」からの引用で、セブン&アイの社長、鈴木敏文氏の言葉。 自分の将来に結びつくと思えない仕事に今の僕が精を出せている理由がまさにそこに書かれていた。僭越ながら、氏に自分と近い空気を感じた。だが、続いてこのようなことも書いてあった。


だから逆に会社にしがみつかず、反対されても言いたいことをいい、やりたいことに挑戦した。 人間は何かにしがみつくと本当の力は出せない。


ここに辿りつけていないところが、氏と僕の違いであろう。「そもそもしがみつく気なんてない」などと強がるのは辞め、積極的に逆らって生きたいと思う。しがみつく気がないところは、態度と行動で示すものだ。

オートチャージ機能までも備えたPASMOになぜ、View SUICAの機能を持ったカードがないのか。非常に不満だ。

View SUICAは、1枚のカードでクレジットカードとしてもSUICA(すなわちPASMO)としても使用することができるが、PASMOにはそのようなカードが存在しない。クレジットカードとPASMOを2枚持つしかなく、しかもオートチャージができるクレジットカードは主に鉄道系に限定されている。

オートチャージとは、SUICAないしPASMOの残額が少なくなったときにクレジットから自動的にチャージされる仕組みだが、この機能は使わない手はない。相当な手間を省くことができる。交通費管理も容易になる(僕はしないだろうが)。

SUICAにできてPASMOにできないことは、技術的にはあり得ないと見ている。利権か何か知らぬが、東急圏で東急系の店で買い物をすることが多い僕のためにも、何とかPASMOにもView SUICAと同様の機能をもったカードを導入して欲しい。

社会人生活3年目が終わろうとしている今、思うこと。


・3年で3割、などという不穏な数字が当然のこととしてまかり通る時勢で、4年目に漕ぎ出そうとしている目の前の事実は予測し得ぬものだったが、いざ迎えてみるとさしたる感慨はない。あまりにも無為に流れていこうとしている。それはあたかも、昨日が今日になるように、今日が明日になるように。


・それにしても、石の上にも3年とはよく言ったものだ。石は確かに温まり、辛抱の意味を少なからず感じることができた。自画にも多少の賛辞があっていいかと思っている。今後、ひとつの石の上に4年も5年も居座ることは考え物だが、ただの安住でなければまだまだ忍耐する意味はあると感じている。3年を経て漸く、石の上で立ちあがれそうになったのだから。


・3年を一つの区切りにすべきということは、いろいろなところでよく聞く。僕も最近まで同調していたが、最近は考えを改めている。本意でなく3年耐えるくらいなら脱するべきだ。本意でなく3年で閉ざすくらいなら続けるべきだ。大事なのは本意に従うことだ。


3年目を終えるこのときは、まさに春だった。


・桜が咲いている。今年もまた、狂おしいほどに美しい。


・春を感じさせる眩しい光が降り注いでいる。全てに等しく優しく降り注ぐ光は、生命の息吹を連想させる。これほど露骨に偉大な愛を感じさせるものは他にない。


・春は別れの季節。長きにわたり労苦をともにした仲間が去ることは嬉しいはずがない。しかし、別れを惜しむ気持ちになる仲間を作れたことは、自他に誇れる僕の成果である。ありがとう(ございます)。


うむ、やはり春は素晴らしい。