ひとつひとつの魂を想う。 | 凛として生きる「女性らしく今を大切に」

凛として生きる「女性らしく今を大切に」

子宮内膜症、子宮筋腫、卵巣嚢腫、卵巣腫瘍、子宮腺筋症、ポリープなどの婦人病を抱える病と向き合いながら体調管理や、女性として凛として生きて行く日々を綴った50代女性起業家のブログです。



最近、人の内側にある

魂の情熱の大切さを

感じるようになりました。

自分の内なる情熱を

抑えることがクセになっていたり

まず否定、まず批判、まず疑う、

まず斜に構えることが

クセになっている人の姿をみると

切なくなります。

 

そうせざるを得ない日々を

過ごしてきたのかと思うと

その痛みが伝わってくるようで・・

 

どれほどその奥にある魂は

辛い思いをしてきたのだろうかと

その姿の人生の背景にあるものや

痛みや恐怖、怯えや哀しみ等々に

想いを馳せてしまう。

 

否定や批判などの姿が

人の表に現れるのは

防御の姿でもあり。

 

なぜそうして防御を

必要とすることになったのか・・

 

その魂が受けて来た試練は

いかほどのものだったのだろうか・・

 

そんなことを思う。

 

世の中には

“意地悪”と評されるような

歪んでしまった魂の姿も

あるかとは思う。

 

ただ・・

 

生まれたときは皆

そうではない。

 

そうした防御が

強固になっていくには

それなりに積み重なった体験が

その魂には起きている。

 

痛みを癒す暇がないほど

立て続けに試練が訪れれば

それでも生きるために防御を

強くする必要があるだろう。

 

もしかしたら

闘いたくなくても

闘わざるを得ない状況に

何度も何度も引きずり込まれ

誤解をされては攻撃を受けて

堪え切れないほどの苦痛を

味わってきたのかもしれない。

 

例えば、

戦争の地区で生まれ育った

小さな子供たちは成長すれば

銃を持ち戦う必要を教えられる。

 

命を失わないように

強くなるためには何度も何度も

大人に鍛えられるような厳しい環境を

与えられるかもしれない。

 

その中で得た学びや体験、

悲痛な経験が多いのだとすれば

やがて子供たちは生きるために

闘うことが必要だと感じて

その生き方へ向かうことでしょう。

 

日本には今のところ

有難いことに戦争は起きていない。

 

ただ・・

あからさまな戦争はなくても

“価値観の戦争”はある。

 

直接的に人を殴るような

暴力的な攻撃でなければ

分かりにくい。

 

“価値観”で人を殴る

“価値観”で人を批判する

“価値観”で人を否定する

“価値観”で人を馬鹿にする

“価値観”で人を嘲笑する

“価値観”で人を蔑む

“価値観”で人を妬む

“価値観”で人に意地悪をする・・

 

そんなことは

人が集まる場所には

日常茶飯事に起きている。

 

それをしている本人たちに

“暴力”という認識がなく

自身の価値観を正当化して

それを『常識』とか『当たり前』

『普通』などと一般化してしまえば

傲慢になったり驕慢になるかもしれない。

 

自身にとって正しいと思うなら

その“価値観”を振りかざして

その“価値観”を盾にして堂々と

人を攻撃して良いと

思い込んでしまうかもしれない。

 

そうした“価値観”を正当化して

その価値観で人を殴っている人は

かつてその価値観で

殴られた人であることが多い。

 

その痛みを受けて

辛かったであろうときに

そうした攻撃から守られることも

守ってくれる人もいなかったことは

大きな要因になる。

 

堪えられない痛みと孤独が

酷ければ酷いほどに

堪え切れなかった魂は

どうしても歪んでしまう。

 

“どうして自分ばかりが・・”

 

“どうしてこんな目に遭うのだろうか・・”

 

追い込まれていくうちに

それでもその環境の中を

生き抜かなければならないのなら・・

 

生きていく力を得るために

“反発”や“恨み”などを生み出して

そこから抜け出すエネルギーを出すか・・

 

または抵抗しないで

良い子を演じることで

受ける攻撃を少しでも減らして

身を守る防御を身につけるか・・

 

真っすぐに進む道がないのなら

歪みながら進むしかないでしょう。

 

そんな環境が続いて

その中でも生きる必要があるなら

過酷な環境を生きる術として

歪むのは一つの方法であり

その人にとっては自分を守る

大切な盾になることでしょう。

 

直ぐに人をディスるのも

人の上に立とうとして

マウントを取ろうとするのも

人よりも先に意地悪をして

自分の脅威的な立場を作るのも

攻撃されないように

先に攻撃するのも・・

 

人にはとても嫌われるが

それでも過去のように

何度も何度も謂われのない

攻撃を受け続けることよりは

マシなのかもしれない。

 

常に人に嫌われる究極の選択を

し続けることにはなるが

それでも本人にとっては

人と関わらないことで

ストレスなく楽なこともある。

 

意地悪されることより

意地悪している方が

本人にとっては楽であり

人と関わらない方法であり

自分を守る防御でもあり

 

人に理解されることや

好かれることや愛されることは

もうとうの昔に諦めていて

捨て身の防御を繰り返して

 

本人なりに一生懸命に

自分の生きられる道を

大切に模索しているのかもしれない。

 

人との良き関わり方や

平和な関係づくりについては

学ぶ機会が訪れずに

実践する機会もないのなら

誰でもできるはずなどない。

 

できないからと言って

人には嫌われたとしても

真っすぐに平和になど

生きられる環境になかったのなら

どうやって優しさや思いやりや

愛を知って学んだら良いのだろうか?

 

“誰がそんなあたたかなものを

自分に向けて教えてくれるのか?”

 

“誰がそんな愛をもって

接してくれるのか?”

 

本人にとっては

憤りが募るばかりであり・・

 

憤りや恨みやつらみ

哀しみや悔しさ、寂しさ、

強烈な孤独感を味わい続ける、

そんな現実しかない中で

どうしたら良いのかなんて

本人が一番分からない。

 

批判する人は、批判を受けてきた人

否定する人は、否定を受けて来た人

憎む人は、憎まれることを受けてきた人

怒る人は、怒られてきた人

怒鳴る人は、怒鳴られてきた人

殴る人は、殴られてきた人・・

 

人は自分が体験したことから

生き方や在り方を学ぶ。

 

自分が知って体験して

経験したことを学習していく。

 

人に向けて

酷いことをしている人ほど

同じ酷いことを受けているもの。

 

そして嫌われ続けることで

ドンドンその内側の魂は

悲鳴をあげ続けることで

哀しみ続けてしまう・・

 

自分がされたことしかできず

自分が学んだことしかできず

自分が知ったことしかできず

 

それ以外の方法を学ぶ機会が

ただ無かっただけに過ぎない。

 

最も望んだ教育を

与えてくれる人がそばに

いなかっただけに過ぎない。

 

子供はみんな、

初めは無垢の状態で生まれる。

 

初めから歪んでいるわけではない。

 

初めから嫌われる存在として

生まれていたわけではない。

 

生まれ落ちてから

どんな環境でどんな体験をして

どんな価値観を知って

何を誤って思い込んでしまうのか・・

 

そしてそれを

本来の『自分自身』だと

思い込んでしまうことも

往々にして起こり得る。

 

人が変わるには

新たな体験が必要になる。

 

粗悪な環境と縁の中で

平和の築き方を知らずに育ったとしても

そこに罪などないのではないだろうか。

 

誰もが同じ環境に育てば

同じように成長してしまう。

 

戦場に育てば、

銃を持つようになるのです。

 

だからと言って、諦める必要はない。

 

どんな魂も尊重されるもの。

 

どんなに

意地悪をされて育ったとしても

あなたは意地悪になること無かれ。

 

痛みをよく知っていることは

必ずあなたの誇りになり

あなたの人間性を開花させ

あなたの懐の深さを育てる・・

 

どんなに攻撃を受けても

その魂、歪むことなかれ。

 

辛い体験は必ず

あなたの心の豊かさの糧になり

人への優しさとして生まれ変わる。

 

怒鳴られたのなら

怒鳴らずに言葉と感情を伝えられる

そんな智慧と話し方と笑顔を

学び直して身につけたらいい。

 

その“怒鳴る価値観”を

身につける必要もなければ

継承する必要もない。

 

あなたはあなたが憧れる

自分になる事を学び直せばいい。

 

殴られて悲しかったのなら

殴る以外の感情の表現方法で

伝達する方法を学び直したらいい。

 

感情の出し方や表現の方法は

いくらでも学び直すことができる。

 

辛かったのなら、

哀しかったのなら

その価値観を体験すると

どれほど辛くて哀しいかを

知って学んだのなら・・

 

その価値観を

継承する必要はない。

 

その感情の出し方を、

その言葉の吐き方を、

その顔つきを、

その物事の捉え方を

身につける必要はない。

 

人との関係を壊したり

人を傷つける表現方法を

体験したからと言って

受け入れる必要はない。

 

学び直すことはできる。

 

痛みを知れば知るほどに

あなたはもっと深く優しくなれる。

 

あなたはその環境と

その縁で学んだことから

自分の足で離れることができる。

 

そして

別の生き方や在り方を

学ぶことができるのだから。

 

大切なことは、

その表現方法や価値観以外のものを

学び直す勇気をもつこと。

 

本来のあなたを開くことで

自分を救っていくことです。

 

あなたがあなたらしく

生きられる環境を探しに出るには

あなたの足で歩くことが必要になる。

 

あなたがあなたらしく

存在できるように勇気をもって

もう一度学び直しに出かけることです。

 

あなた自身の人生を

あなた自身に取り戻すために。

 

あなたのことを蔑み

あなたのことを悪く言い

あなたのことを嘲笑し

あなたのことを馬鹿にする、

その環境や縁から別の環境を

勇気をもって選び直していただきたい。

 

あなたの魂を救うことが

とても大切なのです。

 

もしも世の中の

多くの人が批判的ならば

それはその体験をする人が

それだけ多いのでしょう・・

 

それだけ辛い魂が

多いのかもしれませんね・・

 

この世は『末法』と

呼ばれる時代へ入っている。

 

人の魂は

ドンドン過酷な環境に

追い込まれていくと聴く。

 

2500年前に釈迦が

そんな未来が来ると

伝えているのなら・・

 

その未来を

変えることができるのは

その時を生きる魂たちだけ。

 

勇気をもって

ひとつひとつの魂が

本来の姿へ還るチカラを

宿すことができますよう・・

 

あなたの魂が

必ず救われますよう・・

 

ひとつひとつの魂の

歓びと平和と幸福を願う。

 

大切なことはいつだってシンプル。

どうぞ今をたいせつに。

 

 


 

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