子どもの絵から見えてくること | 京都☆橋爪ひとみのブログ〜2017年1月まで〜

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さきほどのブログの続きです。

中学校三年生の担任をしたとき、ある道徳か学活の時間に
(担任裁量で好きな授業をしてもよい時間が
年に数時間あったのです)、
「自分らしい花を描く」
という授業をしました。

生徒にはA4の紙を一枚ずつ配って
「自分の描きたいと思う花を描いたらいいよ。」
と言うと、はじめは
「え~、わけわからんし~」
とブツブツ文句を言っていた子たちも
全員が集中してなにやら描き始めました。

普段の授業なら、「おもしろくないねん」と
何もしない子がいたりするものですが、
このときばかりは皆が黙々と描いていたことを思い出します。

「できた~!こんなんでええんやろ」
と一番に声を上げたのは、
クラスでも一目おかれる存在の男の子。
この子は合唱コンクールではそっぽをむいて
歌わないし、一匹狼的なところもあるし、
なんだか何を考えているのかよくわからない。

そんな子が積極的にちゃんと絵を描いたということも
驚きだったけど、その描いた絵も「まさにAくん」
らしい花だったのです。
ディック・ブルーナのミッフィー(うさちゃんシリーズ)
の絵本に出てくるような黄色くて丸い花が
紙面の真ん中にちょこんと描かれていました。

「すご~い。これほんまにAくんっていうかんじの花やなぁ。
ええやん、ええやん」とみんなにも見せると、
「うわ~、ほんまや。Aっぽいなぁ」と大歓声が。

Aくんは「適当に描いただけやのに…。」と
皆の反響に驚いていましたが、
なんだか嬉しそうだったような。

クラスのみんなも想い想いの絵を仕上げていきました。
食虫植物のようなもの、お花畑、ウサギなどの小動物が
一緒に描かれていたり、台詞が入っていたり
漫画のようにコマに分かれていたり…

そしてAくんの絵と共に、私の記憶に深く刻まれているのは
B子の絵。
両親からの進学へのプレッシャーが強く、
毎晩真夜中まで塾の勉強をし、
いつも青白い顔をして不機嫌な女の子でした。

なんでも邪魔臭がるし、どんなことでも
「これって成績に入んの?」と聞いてくるような子。

そんな子が黙々と絵に集中し、授業時間が
終わってもまだ描いていました。

「先生できた」と後から持って絵を見て
なんだか胸が熱くなりました。

鉛筆だけで描かれた一輪の大輪の薔薇。
鋭い刺がたくさん描かれていたのです。
きっと彼女の心の中は
自分ではどうすることもできない想いでいっぱいだったのでしょう。

生徒たちが描いた絵は、その後しばらく教室の
後ろの掲示板に貼っていたのですが、
みんな興味深そうにクラスの子が描いた花を見ていました。

その授業をしてから、生徒ひとりひとりへの理解が
深まったような気がしました。
担任としてもそうだし、クラスとしても
「この人はこうだから、こういうとこあるよね」
とお互いを認める雰囲気になったというか。

自分ひとりで絵を描いていたのではわからないけど、
他の人が描いた絵と見比べることで見えてくることって
あるんですよね。

それは「上手い下手」
じゃなくて
「なにが自分らしいかを知り、それを認めてあげるということ」



今週土曜日(2013年5月25日)に京都鞍馬口で
パステル和(NAGOMI)アートの一日講座を開催します。

詳細はこちら

「最近うちの子が何考えてるのかわからない」
という親御さんと子どもたちにも参加してほしいし、

いつの間にか「自分らしさ」をどこかで
見失ってしまった大人たちにもぜひぜひ参加していただきたいです。


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