三浦一族
小田原近くの石橋山で頼朝が挙兵したので応援に次男義澄と和田義盛などを従えて行きますが間に合わず頼朝は房州へと。衣笠城へ帰還しましたら平家が多勢で攻め込み三浦大介義明は老齢ながら討ち死にしますが壇ノ浦で勝鬨を上げ将軍になり三浦一族の恩を忘れず満昌寺を建立して弔ったとか。一族の長ですから立派とは言えませんが綺麗に整備されていますし気持ちが落ち着きます。実際に見てないので分かりませんが家来が植えたのかも知れません。気になって頭が痛くなりましたが治りませんでした。(^^♪山門をくぐってから鳥居をくぐる「廟所」は山の上なので階段には泣かされましたが左側には50体弱の石像が護っていますが。全部載せたら年号が変わってしまいますので割愛させて頂きます。何か寒いと思ったら本堂を忘れていました。信長でしたら津久井のうつけものと叱られたと思います。目の悪い方のため大きくしましました。 三回続きますのでよろしくお願いいたします。