砲台跡と灯台
将校達は別の所で作戦会議若しくはお茶でも飲んでいるのかね。 反対側から撮ってみると納得です。 左右にありますが段が高くて三点指示で昇降しました。 地下室には弾薬が格納されていたのかと思います。 兵隊の休憩にはタバコが吸えないから無理だと思いますが。 終戦間際にグラマン戦闘機が来襲この砲台からも応戦したが 落としたのを見た人はいなく防大の高射砲も爆撃機には届かず 空中戦で一桁がやっとだと感じます。爆撃機は投下して ゆうゆうと中国大陸へ向かったようです。 長老がいませんから話を聞く事も出来ず昔聴いた話を思い出し ながら書いています。 灯台も歴史は古くご存知だと思いますがこれは戦後再築された 灯台です。この近くに祝砲台がありますが国賓として迎えた 方には数は忘れましたが空砲挨拶して答礼に相手の船からも 受けたようですが戦後に国賓としてどこの国から来たのかは 分 かりません。 喜びと悲しみは幾年つきは有名ですね。