長崎街道(シュガーロード)は出島から始まった | 長崎回縁隊のブログ

長崎回縁隊のブログ

ご縁が回って、全国の方々と知り合えればと思います。
そして、少しでも一隊化できる場所があれば最高ぜよ。

長崎の出島の三番蔵には、九州の代表的なお菓子としてカステラ、羊羹、甘納豆などが展示されていました。

 

江戸時代の長崎港には年に2隻オランダ船が入港していました。

 

様々な荷物が小舟に移され、出島西側の水門より搬入されました。また日本の輸出品もここからオランダ船に持ち込まれました。

 

この場所こそ、西洋と日本の品物、文化が実際に出入りした建物でした。手前が輸入用、向こうが輸出用門でした。

 

当時書かれた絵には今回撮った写真と同じ水門(荷揚場)に、小舟の荷(お宝)を待ち受け大いに賑わっている様子が見てとれます。

 

また、上の絵の中にある重さを量る天秤量りも忠実に再現されています。これで砂糖の重さなどを量っていました。

 

荷物は種類別に、それぞれの倉に運ばれました。そのうち,この三番倉は主に砂糖を収める倉庫でした。

 

オランダ船の荷物の多くは最初は生糸、途中から砂糖(この写真の麻袋の中身)となり、その他、皮、ガラス、薬、書籍などした。

 輸出品は主に銀、銅でした。オランダはこの銀、銅を元に物々交換し、最終目的の「胡椒」を手に入れたそうです。

 

この砂糖は長崎ー小倉間を結ぶ長崎街道を通じて日本全国に運ばれました。そして街道を中心に各地の風土と溶け合った砂糖文化が花開き、長崎街道は「シュガーロード」と呼ばれました。

 

長崎市内で昔ながらのお菓子を探しました。まずは海援隊カステラ。当時の海援隊の日誌の中にカステラの製法が書かれていました。

 

それを忠実に再現したのが、出島の近くにある1900年創業の文明堂です。

 

しかし、カステラの原形は、出島が完成する以前の1624年創業の福砂屋が,ポルトガル人から最初に教わったとされています。

 

桃カステラも最近は有名です。多くは桃の節句に売り出されますが、愛宕(あたご)町の万月堂では毎日買えます。土台のカステラ生地と上のシュガー取り合わせが絶妙です。

 

次に、ユニークなのが1844年創業の榎純正堂の一口香(いっこっこう)です。唐の饅頭にヒント得て、改良し出来たそうです。

 

非常に硬く、割って見ると、何と中身の入れ忘れ?いえいえ、「この空洞の中にこそ香りと味がある」と言うのです。びっくりです。

 

最後に、これも長崎にしかない味。1831年創業の岩永梅壽軒の「もしほ草」は昆布が使われており、独特な味がします。表面の白いのは塩を表しているそうですが、やはりシュガーです。

紹介するために、実際に買って写真を撮って、その後、味の確認。シュガーぶとりキム・ジョンイルになってしまいました。美味しいものはシュガーとオイルで・・・御用心、御用心。