続きから、耳の鼓膜に穴があいた話です。

 

 

 

約25年近く、ほとんど耳を触らないようにしていたのはよかったんですが、、

 

ここ数年に黒色の綿棒との出会いから、最初は恐る恐る入り口付近をぬぐう

くらいから始まり、徐々に奥にグリンっと掃除し始めたのが悪夢の始まりでしたドクロ

 

鼓膜の前に立ちふさがった耳垢を柔らかくするためのお薬を

医者の指示に従いながら耳に流していたら、わりとすぐに耳垂れが出始め、

黄色っぽいドロドロしたのが、流れるようになりました驚きアセアセ

 

ティッシュで拭いても拭いても耳垂れが流れ、あれれ?みたいな状態とともに、

お水が詰まっているような、水中状態になってパニック滝汗泣

 

ずっと右耳だけプール(水中)の中なんですよ・・ぐちゅぐちゅ音がしますし、

耳の詰まりや聞こえがさらにおかしい絶望泣焦りました。

 

病院が開くまで待っていいのか、とても不安でした。

 

週末明けの月曜日の朝一番に同じ病院に駆け込みました。

診察してると、

先生が凝視「あれ?穴空いてるじゃん!」

 
ゲッソリ・・・んんんんー???ええええー???
 

凝視「この状態だと、うちではもう診れないから、

●●病院に紹介状書くから、そっちで治療して?」

 
ゲロー・・・なんでこんなことに??笑い泣き
 
想像もしていない事態で、とてもショックでしたガーン
耳垢取りと気楽に考えていたんです。。なのに鼓膜が破れるなんてネガティブなぁぜ?
 
後に紹介先の大きな●●病院での診察では、私の耳の鼓膜は
結構な昔からすでに石灰化していたとのことでした。
 
そしてレントゲン写真でみても、耳の組織の成長が
幼少期で止まっているとのことでした泣くうさぎ
(ちなみにまだ無事の左耳の鼓膜も石灰化しているとのこと)
 
正常な人の鼓膜では、たとえ穴が空いても
3か月ほどで自然と再生されふさがることが多いそうですが、
石灰化している鼓膜の状態では、自然には塞がらないようですチーン
 
まずは、耳の中の不快な水中状態(中耳炎)を治療することから
始まりました。
 
聴覚は五感の1つなので、耳が調子悪いとこんなにも
疲れやすいし、ストレスがかかるのかと痛感しました。
 
ましてや、まだ小さな子供2人のお世話で駆け回る日々...
 
突然こんな事態になったことを、しばらくのみこめず、
ショックとともに安静にもできず、、
 
続きます
 
 
 
 

 

 

先日すごく久しぶりにオーストラリア駐在時代の知人から

次の駐在先が決まって引越すと連絡をもらった。

 

彼女とは、最後に日本で会ってから5年ぶりであった。

私が下の子を妊娠したことを機に、少しづつ距離を取っていったのである魂

 

というのも、それまでに彼女の言動に少しづつモヤモヤ魂

感じていたから、距離を取ったというのが正直なところである。

 

私はオーストラリア当時、都市の中心部のタワーマンションに住んでいた。

当時このマンションは日本の駐在家族も多く住んでいた。

 

そのタワマン滞在はそもそも私たちの希望とかではなく、

家族で引越した時期に、私たち外国人ファミリーが入居できるのは、

そのタワマンの1室しかタイミング的になかったからである。

(すべて現地コーディネーターが手配してくれたお部屋だったちょっと不満アセアセ

 

彼女は、中心部から離れた地区の広いマンションに滞在していたが、

子供を介して知り合ってからは、お互いの家でたまに遊ぶようになったのである。

 

彼女は当時の我が家のマンションに来るたびに、

タワマン事情?に興味深々のようで、、

 

「上階の人の方が家賃が高いんでしょう~?」とか、

「階層によってタワマン住人のヒエラルキーって本当にあるの?」とか、

上階の人の方が富裕層であるという彼女の思い込みを確認したいとばかり、

色々と目を輝かせて聞いてくるのであったネガティブ

 

そんな彼女の質問を「上の階でも景色や向きや家の大きさもそれぞれ違うし、

我が家もたまたま部屋を探していた時に、この1室しか空いていなくて、

選ぶとかなく、ここしか入居できなかったよ」とか

ノラリクラリと受け答えもしていたが、「いやいや~、でも色々あるんでしょ?」

と彼女の目はこんなのであったあせる → ニヒヒ笑

 

お互い日本に帰国してからも、我が家が車を持っていると知ると、

 

キョロキョロ「国産車?外車?」   → 真顔「国産車だよ」

キョロキョロ「どこのメーカー?」  → 真顔「●●●だよ」

キョロキョロ「新車?中古?」    → ぼけー「....新車だよ」

キョロキョロ「●●●の何の車種?」 → ショック「......ゲッソリ。●●だけど...、なんで?」

キョロキョロ「いや、べつに。そうなんだ♪」

 

んんん~びっくりマークはてなマークはてなマークはてなマークそこまで聞くかぁはてなマーク

何目的なのよはてなマーク

車種まで聞く人初めてだよ!!
 
それからも、我が家が家を買うと、
「どこに買ったの?家何平米?駅から何分?新築?中古?住所教えてー♪」

って聞いてきたり、

毎回なんでそこまで聞くの???

そんなところまで知ってどうするの??ゲロー

 
って心の中で急激に冷めていってしまい...滝汗
 
もちろん、新居の住所等は詮索されたり検索されたくないので、
教えませんでしたけど、教えなかったら教えなかったらで、
「なんで???せっかくお手紙書いたから送りたいんだけど」って
言ってきて、、、ゲロー 手紙とかいりませんけどーオエー

きっと全て情報知ったところで、ふーん くらいなのかも知れませんが、、

こちらはそこまで彼女に踏み込まれたり、情報つつ抜けにしたいと
思っていないので、詮索好きで把握したい?彼女の性分に私は合わないなっと真顔
 
母に話したら、「あー、地方出身者にそういう人多いかもね、そういう人」
(母も田舎出身で、あくまで母個人の考えなので...気にしないでください)
 
田舎の人は近所や地域の人のおおよそ大体の事情等を把握している。
そして皆が知っていることが当たり前なのかもしれないとオエー
(彼女も地方出身者)
 
なので、私が今まで知り合った人たちは、たとえ気になったとしても、
そこまで人の事情に興味がないというか、聞くということもしませんでした。
 
地方の方が都会にくると、人が冷たいやら気取っていると感じる
のかもしれませんが、こちらはそこまでお互いが知り合いたいと思いませんし、
ある意味、あえてこちらから聞かない・そしてある程度の相手のことを
知り過ぎない距離感があることが、マナーのような気もします汗うさぎ
 
そんなこんなで、しばらくこちらから連絡してなかった知人からの
連絡で、こんなこともあったなと思い出したのでありました笑い
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きです。

 

母の話では、私は意識のない赤ん坊の時から元々

耳があまりよくなかったようで、中耳炎を繰り返していたそうだ

 

思い起こせばドイツ住んでいた小学校低学年の時にも、夜に耳が痛くなって

夜中ガーンガーンと繰り返し耳鳴りがしジンジン痛くて眠れなかった記憶もある笑い泣き

 

そして父親が耳掃除が趣味ということもあって、

幼い私は父が掃除で喜ぶならばと、本当は痛くて苦痛な耳掃除も

父に好かれたいあまりに耳を預け掃除をしてもらっていたのである。

毎回長い耳掃除の後は、いつも耳穴がひりひりと痛かったのであったが、

父の満足そうな表情を見て、これで綺麗に掃除され良かったのだ...と、

昔って今より情報がないので、今は絶対ダメだったり良くないことも

知らずにやり続けていたんですよね...悲しいガーン

耳がもともと悪いのにさらに悪化するようなことをしていたんです...

 

そして小学校中学年に日本に帰国してからも、小学校の聴力検査では

一部の音があまり聞こえず、耳鼻科に通院していた記憶がある。

 

今も昔も、私にとって耳鼻科は苦痛でしかなかったネガティブ泣

というのも、約30年前の中途半端な田舎?な地域では、

耳鼻科は町にあまりなく、最寄駅の反対口からも遠い耳鼻科がひとつチーン

行くまでに約30分...そして平日でもこぞって患者ばかりで

結構な時間を待たなければ診察に呼ばれないのである絶望

 

前回も話したが、私の耳の構造は珍しく入り組んでいるらしく...

普通の人は耳穴から鼓膜までまっすぐの人も多い中、

私はまず右に行って、下にいって、斜め上にいってと、正面から鼓膜は

見えない状態にあるらしい。なので、診察の際に耳鏡を

グイっていれられるたびに、傷ついて出血することも多い。

まさに耳鼻科の診察は動くのが恐ろしい拷問椅子なのであるゲッソリ泣

 

さらに耳鼻科は結構な頻度(週2とか週3?)で通院しなければないわりには、

劇的に症状が良くなることもなく、、

遊びたい盛りの小4あたりの私には、通院&待ち&拷問椅子の三重苦であった笑い泣き

 

今思うと、母も週2とかある子供の耳鼻科通院のために毎回付き添うのは

大変だっただろうと、自分が母親になってみて思うのである...

(母は読書していましたが、、子供の私は今みたいに動画や携帯もなく、

ただただ薄汚れた白い壁を眺めジーと1時間以上待つだけなのであるゲロー

 

この地味な通院の苦しみから脱出したいあまり、母に耳のことを

聞かれても「耳は全然聞こえる!もう何ともない、大丈夫!」とこたえ、

高学年になるとそれなりに知恵もつくので、

学校の聴力検査では、横に座って同じ聴力検査を受けている

同級生の手元を意識し、聞こえていなくても隣の子がボタン押していたら

一緒にボタンを押したりして(本当はダメだけど)。

それ以降は聴力検査でひっかかることはなくなったのであるニヒヒスター

 

耳鼻科通院を免れてからは、パラダイスニヒヒ飛び出すハートそれ以降は、

放課後毎日お友達とたくさん遊んだり、もちろんもう高学年で大きいので

父親の苦痛な耳掃除もなくなり、耳の中をいじることは父親の耳掃除以降

恐怖でしかなかったのので、耳の中を触らず過ごしていました。

 

約25年くらい...ウインクチョキ

 

続く