「プラハの春 不屈のラジオ報道」を鑑賞しました。
社会主義国チェコスロバキアに、アレクサンドル・ドゥプチェクが共産党第一書記に就任すると、国内に民主化の風が吹き始めた。が、報道・言論の自由を弾圧するソ連にとって、それは決して許すことが出来なかった。1968年8月20日深夜、ソ連軍とワルシャワ条約機構軍約50万人が予告なしにチェコスロバキア国境を越えて侵攻を開始した。ソ連はチェコスロバキア国営ラジオ局を制圧し、「ソ連がチェコスロバキア国民を救出に来た」とフェイクの放送を流そうとするが、ラジオ局の報道局員たちは権力と戦車の侵攻に抗い、回線技術を駆使して局外から真実の報道を続け、市民を励まし続けた。しかし、ドゥブチェクがモスクワに連行され、改革の中止を認める書類に強制的に署名させられ、自由化の動きは完全に抑え込まれた。この侵攻によって137人の市民が射殺され、学生二人が戦車の前で焼身自殺を遂げた。抵抗した局員たちへの迫害は、1989年のベルリンの壁崩壊後にチェコスロバキア国内で起こった「ビロード革命」まで続いた。
25年ほど前にプラハを訪れ、モルダウ川のほとりで「モルダウ」を聴き、ソ連軍が侵攻した激動の現代史の舞台であるヴァーツラフ広場を歩いた。空港から市街地へ向かうバスの車窓から見た、ライトアップされたプラハ城の美しさは、いまも鮮明に記憶している。
本作は、ロシアによるウクライナ侵攻の出口が見えないいま、誰もが観るべき映画だろう。






