今夜は「春風亭一之輔のドッサリまわるぜ 2026」を、市川文化会館で鑑賞しました。
都内のチケットが取れなかったので市川に来ましたが、都心よりも近いのです。
一之輔は現在48歳で、全盛期はまだまだ先だが、その頃まで自分が生きているとは思えないので、出来る限り高座を目にしたい。
日本の文化芸能史に残る存在となるだろう![]()
今夜のとりネタは、何度聴いても感動する「浜野矩随」で、命を懸けた母親の思いに胸が詰まる。
今夜は第166回江戸川落語会でした。
金原亭馬好は、間もなく落語協会として兄弟子の一之輔以来14年振りに単独で真打に昇進する春風亭一花の旦那で、一花は5人抜きの抜擢真打となり、女性の抜擢真打は林家つる子以来2人目で、女性の単独真打昇進は史上初である。
桂春蝶は上方落語家で、関西弁の「やかん」を初めて聴いた。
大好きだった上岡龍太郎さんの話が聞けたのは嬉しかった。
柳亭小痴楽は、8月に糖尿病で1週間ほど入院していたそうで、ネタよりも入院話が傑作だった。
春風亭一之輔は前の仕事が早く終わり、15時に船堀に着いたそうで、地下の映画館に行くと、観たかった「大統領のケーキ」が15時15分からあり、鑑賞したとのこと。
この回が本作品の最終上映だった。
「天狗裁き」は幾度となく聴いたが、アドリブを交える一之輔の噺は絶品で、大爆笑でお腹がよじれそうだった![]()
現在の東京楽天地は宝塚歌劇団を創立した小林一三によって、昭和12年に江東楽天地として創設された。
当時の錦糸堀(錦糸町)は殺風景でうらぶれた街であり、周囲は大反対し、小林の暴挙として捉えられていた。
私は昭和42年頃から錦糸町駅ビルや楽天地に毎週のように通い、駅ビル地下のカレースタンドでカレーライスを食べ、江東劇場では若大将シリーズやゴジラシリーズなどを観ていた。
また、本所映画、江東リッツ劇場、江東スカラ座、江東東映劇場などの映画館が隣接して営業していた。
昭和25年には場外馬券場が開設され、シンザンからタニノムーティエ&アローエクスプレスそして、ハイセイコーの出現で空前の競馬ブームが巻き起こっていた。
楽天地ビルと京葉道路を挟んだ南側には城東地区最大のデパートである江東デパートも運営していた。
こちらもよく通っており、今でも内部の様子を覚えている。
これらの写真パネルは、開業当時からあった仲通路に掲示されています![]()