ライブはどのへんから、



ショーに変わるんだろうか?






規模の大きさか?




心の繋がり具合とはまた違う気がする。






ライブをショーとして見るのは、





嬉しい気もするし、




哀しい気もする。









強く、




血を吐きながら、





表現してる姿って美しいよね。






それがライブでも、




ショーでも。







ショーで素敵なのが、




ほんとのバンドとバンギャの関係な気がする。







一生懸命頑張って生きないと、



思い出はできない。





私そう思ってるの。






私が心にぎゅーって染み付いてるライブ。






新都心のやつと恵比寿のやつ。






特に恵比寿のやつはさ、




なんか、





自分の頑張りが認められたみたいで嬉しかった。





まさに、



テンションとタイミングがばっちり合うみたいな。







恋に落ちるかと思ったよ。





電撃が走るような。




恋のような、




憧れのような。








今でも恵比寿に行くと思い出します。





あの時の感覚。




幸せだった感覚。









私なんか居なくても、




あの人は輝いてて。





嬉しくて、




自分は無力だと思う。






光追いかけてたんだけど、




眩しくて眩しくて。





あんなに眩しいなんて驚いた。




なめてた。




私の完敗。






私が追いかけたのは何?





何だろう。






バラ色の日々を聞いてるとき。




前はね、





手のなかに、



こぼさないようにとどめておこう。




って思っても、




そんなのは無理で。





少しずつ少しずつ、




指の間からこぼれおちてゆくのをみる。





苦しいけど、




哀しいけど、






だからこそ、




それはバラ色でいられるんだよ。




仕方ないんだよ。





苦しみさえも、




バラ色の一部なの。





だから美しいの。





って思ってた。






でも今は違う。




やっぱりバラ色は、




こぼれおちなくても、




ずっとバラ色で。





バラ色のなかに居れなくなった自分かかすんでゆくんだなって。





自分がかすむのわかるの。




でも止められないの。





だから。




だから。







砂漠の荒野に倒れても、



長い鎖に繋がれても、



明日は明日の風のなかを飛ぼうと決めた。





ここに揺らされる。







こんないい曲ないよ。




でもきっと、





今同じくらいいい曲作れって言っても、





吉井さんできないと思う。




儚さの美学は確かに、




表面上はあるけど、






儚さの本質はやっぱり、




美しくなんかないよ。





変わってゆく自分への哀しみだよ。