10代の頃、あるラブソングを聴いていたときに感じた情熱と、
人生経験を積んでから同じラブソングを聴いた時の感覚、
歌詞もメロディーも同じなのに、
全く同じ曲なのに哀しく聴こえる事が多くなったんです。
一昨年、親友の奥さんが若くして急逝しました。
それから特にそう感じることが多くなりました。
なんでかな?
と考えていたところ、
私の人生の師がこんなことを言っていました

あぁ、そういうことか
つまり、
「愛すること」と「失う可能性」は最初から切り離せないものだ、
という感覚ですよね。
若い頃は、愛はどこか無限で、
守れるもののように感じていて、
だからラブソングも「強い感情の表現」として響いてたけど、
でも実際に、大切な人を失う経験をして、
「愛した瞬間から、失う運命も同時に始まっている」という現実が、
言葉ではなく「実感」として心に入ってきたんですね。
彼女は10代の頃からずっと知っていた人でした。
それは「誰かの死」ではなく、
「自分の人生の一部が失われた」感覚に近いものだったんだと思います。
そうなるとラブソングは単なる「好き」や「会いたい」ではなく、
この時間は有限であること
いつか必ず終わること
守りたくても守れない現実があること
きっとそういったものを全部含んで聴こえてくるから、
どうしても切なくなるんですね。
師が言う「神様のささやき」という言葉は、
言い換えれば、
”人は誰かを愛した瞬間に、その終わりも同時に自覚してしまうもの”
ということなんでしょうね。
ラブソングが悲しく聞こえるようになったのは、「失うことを知ったから」ですね。
そしてそれは、
”本当の意味で人を大切に想えるようになった”
ということでもあるのかも。
若い頃の感情は強いだけで、どこか無敵・無謀でした。
経験を積んだ今の感情は弱さや有限性を知ってしまったぶん、
ずっと現実的で深いものになったんだと思います。
少なくとも自分がそう成長していると信じて生きてゆきたいです。
