「南さんちはもう結婚してどのくらいなんですか? こーゆーこと悩んだりしませんでしたか?」
夏希は子供のような質問をした。
「ウチ? そやなあ・・・。 もう結婚して・・・13年? くらい経つけど。 なんも変わんないってゆーか。 一緒に暮らし始めて、どーなの?って感じなこともなかったし・・・。」
南は宙を見ながら言った。
「・・ほんと。 優しそうですもんね。 専務は、」
「そやな。 優しいかな。 あたし怒鳴られたりしたことも一度もないし。 真太郎と出会ったころは向こうが高校生でこっちが社会人やったから、あたしのがぜんっぜん精神的にも上やったけど。 結婚するころはもう、真太郎のがしっかりしてたし。 逆にあたしのがしっかりしてなくって。 今もそうかな。」
「南さんひとすじなんだって、志藤さんも言ってましたよ、」
夏希は笑った。
「ハハ・・・。 ほら最初に手なずけたから。 それ効いてるんちゃうのかな。 確かに浮気とかの心配とか・・・一回もしたことなかったな~~、」
南は頬杖をついた。
「幸せですねえ・・」
「何言うてんの。 あんただって十分幸せやん。 加瀬みたいにな、ほっとくとどーにかなっちゃいそーな人間には高宮みたいにしっかり者がついてないと。 周りが安心でけへんし、」
「あたしがぜんっぜんしっかりしてないみたいじゃないですか。」
夏希は膨れた。
「しっかりしてるようなこと言うなって、」
南は相変わらずの彼女に笑ってしまった。
そうやなあ。
あたしがこうして好き勝手にやってられるのも。
みんな真太郎が自由にさせてくれて、ちゃんと見守ってくれてるからやな。
夏希のグチを聞きながら、南は自分の幸せをかみしめてしまった。
南は残業中に秘書課の真太郎の所に顔を出したが、もう誰もいなかった。
社長室かな?
そこに繋がるドアを軽くノックすると、
「はい。」
北都の声がした。
社長室にはだいたい高宮か真太郎がいて、ノックをするとそのどちらかが返事をすることが多いのだが、社長自らが返事をするということは誰もいないということだ。
「あ、すみません。 みんなもう帰っちゃったんですか? 妙に静かな・・・」
南はわかっていてそこに入って行った。
「真太郎は葛城プロの会長と会食だ。 遅くなるだろうから直帰するように言ってある、」
北都は書類に目を通しながら言った。
「え、社長は行かなくてもええんですか? 葛城プロはずっとおつきあいがあって、」
「ああ、もうおれじゃなくてもいいし、」
何気ない言葉だったが
なんだか少し寂しかった。
あれだけバリバリと一人で仕事をしていた社長が、ここ1~2年は少しずつ真太郎に仕事を渡していっていることはわかっていた。
先代の社長が亡くなって、この人がここを継いだのは32の時だと聞いた。
今の真太郎よりもずっとずっと若くして、この北都グループを引っ張ってきた。
まだ60代後半に差し掛かるところだが、見た目はすごく若く見える。
ずっと走り続けてきて、少し休みたくなったのかなあと思ったりして。
「・・高宮も早い・・。 珍しいですね、」
キレイに片付いた彼のデスクの上を見た。
「もうすぐだからな。 結婚式も。 少しは時間をやらないと。」
そっけないけれど、こうやっていつも部下にも気を遣う。
「ぼくがやらないと彼女は何もできないんで、って言ってたし、」
北都はくわえタバコでふっと笑った。
「ああ。 確かに。 あの『ヨメ』は生きてるのがやっとですからね、」
南も笑ってしまった。
南は真太郎と歩んできた道をちょっと思い出したりしています。
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