「乳がんになって良かった」と思えるのか?ピンクリボンシンポジウム2018東京 | ポポ山に祈りを込めて

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時々ブログ書いてます。

前回のつづきです。ピンクリボンシンポジウム2018東京

私らしく、がんと歩む パンフレットより


どう考えたら「乳がんになって良かった」と思えるのか?


保阪 隆先生 

保阪サイコオンコロジー・クリニック院長

聖路加国際大学臨床教授

前聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長


乳がん患者さんに会うと、多くの方が、乳がんになった原因を考えているようです。


食べ物?姑との確執?職場のストレス?乳製品の摂り過ぎ?などさまざまですが、実は、どんなに考えても、乳がんは多因子疾患なので、原因は特定できませんから、考えるのは無意味です。


自責的になってしまう可能性もあります。だから、こんな患者さんには、「病気になった『原因』探しではなく、『意味』を考えましょう」と言います。


人によって異なりますが、病気は「これまでの生活に何らかの問題点があったので、いったん立ち止まり、自分の周囲や生活を見つめ直し、修正していくチャンスであること」が多いからです。


乳がん患者である看護師さんは、「乳がん患者の心理をもっとよく理解できるように、自分が乳がんになったのかも・・・」と意味づけをしました。


また、乳がんの告知は、確かに、トラウマ(心的外傷)」になることが多いようです。東日本大震災を契機に知られるようになったのは『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』ですが、実はこのトラウマを乗り越えた場合には、人間としての『成長』がみられることも知られてきました。


具体的には、人に対しての思いやり、新たな可能性、自分への自信、人生に対する感謝、などで、この現象は、『心的外傷後成長』と呼ばれています。ただ、これを自覚するには、2年はかかるようです。


さて、約1年間の必死の治療期間が終わる頃には、患者さんの多くは、今後の生活の基本方針の修正案を、自ら決めるようです。


仕事を辞める人もいれば、仕事を続けながらも、新しい自分流の生活を目指す人もいます。まさに、病気をキッカケにして、『第二の人生』が始まるのです。


このように、乳がんになってから2年以上経過すると、多くの乳がん患者さんは、「乳がんになって良かった」と言うことが多いようです。


以上、シンポジウムのパンフレットより保坂先生のお話を載せました。後日、講演の詳しい内容を記事にしたいと思います。


私より、

人は病気にならなくてもいつかは必ず死を迎えます。

今年に入って自然災害も増えています。

今こうして無事に毎日を過ごせることは奇跡なのかもしれません。


いつか訪れる死の瞬間に、私は心の底から、

「なんて良い人生だったんだろう。みんなありがとう」って涙しながらあの世に帰りたいです。


治療中は様々な不安や恐怖に悩まされる時があると思うけど、

それでも私たちサバイバーは、つまづきながらも、

皆それぞれの大切なことを胸に抱きながら、日々を懸命に生きています。

どんな時でも、心の中が輝いている自分を想像してみるのは、素敵なことだと思います。


私は2010年に乳がんの手術を受けました。

昨日、職場で今回のシンポジウムで頂いたピンクリボンバッジを、

何年かぶりに制服につけてみました。


たぶんこの8年間、自分が乳がん患者という事実をあえて消したかったのかもしれません。 

そう思わなければ、治療と毎日の仕事と家事はやっていけなかったと思う。

確かに保坂先生のお話にある通り、

ホルモン療法を始めてからの、気持ちの落ち込みから立ち直るまで2〜3年はかかりました。


今も少し動きづらい右腕を動かしながら、

乳がんになって良かったとは、私は全てそうは思えないけど(笑)

でも自分にとって目の前に起こることは全て必要なことなんだと思います。


今日もピンクリボンバッジをつけて、患者さんが笑顔で帰っていけるように、

私も笑顔で元気に仕事に励みたいと思います。

ありがとうございました。