神島竹生島。琵琶湖「水底の大鯰」 | ポポ山に祈りを込めて

ポポ山に祈りを込めて

Welcome

医療従事者。

時々ブログ書いてます。

 神島竹生島

>菅浦の南、約四キロの湖上に竹生島がある。
>竹生島は『平家物語』の「経正竹生島詣」や謡曲『竹生島』などの古典の舞台としてしばしば登場するし、今では琵琶湖八景のひとつに「深緑竹生島の沈影」とうたわれている。古くから仙島といわれ湖随一の景勝を誇っており、伝説の島であり神秘の境域である。

島は高さ120メートル、周囲2キロ、全島花崗岩からなっている。湖中より塔状につき出し断層崖をつくり、全島はうっそうとした森をなしている。
景行天皇のとき一夜にして湧出したという伝説は、この島の信仰がひじょうに古い時代にさかのぼることをさし示している。
逸文『近江風土記』に、伊吹山と浅井岳(同名は現在東浅井郡の地名として残る)が高さを競い、浅井岳が少し高かったので伊吹山が頭を切ったところ、それが湖中に落ちて竹生島となったというユーモラスな説話も残っている。
島には宝厳寺と浅井比売命(浅井岳)を祭神とする都久夫須麻神社があり、湖北住民のあつい信仰に支えられている。
前者は八世紀初めの行基の開山と伝えられ、その仏弁財天は日本三弁財天のひとつとして知られるともに、西国三十三ヵ所の第三十番の札所でもある。
「つくぶすま」という島の原名から、この島信仰の本質が原始的な神島信仰に由来することがわかる。
原始的な自然発生のカミが、竹生島のような孤島に求められるとき、島はカミの常在する所、禁足の島、すなわち神籬(ひもろぎ)となり、それが「いつくしま」(斎島)、「いつきべのしま」(斎部島)と呼ばれたのがしだいに転訛して「つくぶすま」となったと思われる。
島と明神との関係は『平家物語』や『太平記』にも見えているが、神能では「あるいは天女の形を現じ…」と明神の現相の両面が示されている。

その竜神は「昔、平経政が竹生島で琵琶を演ずると白竜が現れた」(『源平盛衰記』)という湖の主であり湖神である。
その出現について能は「夜遊の舞楽も過ぎて  月澄みわたる海面に波風しきりに鳴動する下界の竜神が現れる  竜神は湖上に出て  光り輝く金銀珠玉をささげる」と語り伝えている。

ところが近隣の漁民たちはまた偶然にも、この神域近くの湖底に亡者たちの幽界があると伝えている。湖の彼方には何かがある。その見えぬ世界に心を通わし、そこに神秘の境域をえがくのはたんなる幻想にすぎないのであろうか。
わが国の古代信仰には農耕に関する儀礼からはじまったものが多い。祖霊信仰もそのひとつである。そのいます常世の国は沿岸漁民の場合、ひろい湖の水平線の彼方に求められたであろう。

とらえ難い水の世界では、島はその求心的な標識となった。島は聖域であり、浄土であった。湖上が荒れ強い波の仕業で、ときに湖中の幽界から屍が水面近くに迷い現れる。

過去での遭難者を出した漁師たちは、それを見、そのことを聞いたとき、竹生島信仰とのかかわりあいによって、恐怖の念を超えて、亡者追善の情を深めていった。

生け捕られた大鯰
このような信仰は、島をいっそう神秘化し、一方で俗説を生み付会する。

『竹生島縁起』(応永22年奥所)には、「島に住んでいた海蛇が大鯰に変わって島を囲んでいた。ちょうど七回めぐって首尾相咋えた(くわえた)」とある。

この口碑は多少ちがったかたちでほかにも語り伝えられているが、竹生島の深い水底の大鯰は、これを見た漁師にかならず祟るという。

また島の東北には底知れぬ淵があって年をとった蛇がすんでおり比良八荒(冬から初春にかけて比良山一帯から吹きおろす強風で、湖上には三角波が立って荒れる)のときには、八またに分かれた頭をあらわすという。
昭和49年7月11日、京都のニッシンダイビングクラブの潜水夫4人が、伝説の竜神の幻影におびえながら竹生島で最近見つかった湖中洞穴を探検した。その探検のあらましを『京都新聞』(7月18日夕刊)によるとつぎの通りである。

その洞穴は島の南端の、切り立つ花崗岩の断崖がつづく水ぎわに、その上部が顔をのぞかせているが、水面からは穴の奥がすぐ大きな岩にふさがれているように見え、これまで人目にふれなかったらしい。

洞穴を岩に沿って潜行すると、3メートルほど進んだところで岩が切れ、暗い穴が奥へ続き、幅1.5メートルと狭く背中のエアボンベが周囲の岩壁にあたってやっと1人が潜れるぐらいの狭さである。さらに3メートルほど進むと頭上の岩がなくなり水面が見える。

レギュレータ(呼吸装置)をくわえたまま首まで出しあたりを見まわすと、天井は5メートルほど高く、岩肌は直線的になっている。幅も2.3メートルと広がり、奥行きは10メートル余り、奥の方は底がせりあがり、ちょうど三畳間ほどの岩場になっていた。
その奥へ通ずる狭い通路で鮫のような怪魚が身をくねらせて近づいてきた。竜神の出現かと度肝をぬかれた潜水夫が苦心して生け捕りしたあとで測った結果、体長1.3メートル、重さ12キロの大鯰であった。

それは漁師たちの伝えたカミの使いであったのかも知れない。

いずれにしてもこの探検結果によると、竹生島にかかわる伝説や口碑をすべて根拠のないものとして否定する気にはなれないのである。

この洞穴の反対側、島の北端には修験者の修行場とか、島の竜神の住み家とか伝えられる洞穴「行者穴」があり、島のほぼ中央にまでのびているといわれる。

以上 小江慶雄著書「琵琶湖水底の謎」より。



ポポ山より。
大鯰はブラックバスを丸呑みするそうです真顔

私は阿蘇神社の記事でも話したけれど、
鯰は食べないほうがいいと思うのです。。

昨日は再度竹生島へ。その後に伊吹山に行きました。
また自宅に戻ったら旅日記を書こうと思いますニコニコ