大河ドラマ
「いだてん～東京オリムピック噺～」
第45回～火の鳥
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東京オリンピックを２年後に控え、事務総長の職
を追われた我らがまーちゃんこと、田畑政治。
＜田畑家＞
岩田） 忘れ物ですよ、田畑さん。
松澤） そうだよまーちゃん！ ちゃんと、完成させないと。
政治） オリンピックの顔と、顔と、顔と。
４人） 顔！
政治） ありがとう…。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（政治の俺のオリンピック模型を部屋に並べる岩田たち）
（縁側でタバコを吸っている政治）
松澤） まーちゃん？
政治） 持って帰ってくれ。
森西） ええっ！？ やっと搬入したのに。
政治） もう、オリンピックには関わらん。みんな仲間だと
思ってたのに、まさか…あんなに敵がいたとは。
森西） いましたよ、敵、前から。田畑さん嫌われてましたよ。
松澤） 森やん…少し黙れ。
政治） 「俺が俺が」で、諸君には迷惑かけたね。あとは頼んだよ。
岩田） 僕も辞めるつもりです。
松澤） 岩ちん…。
岩田） 田畑さんと、心中する覚悟でやってきましたから、
政府主導のオリンピックには、到底乗っかれません。
政治） ま…まあ待て。君が今去ったら、
東京オリンピックはどうなるんだ？
岩田） 渉外部長なんて誰でもやれますよ。
政治） 違う！ そう！ 誰でもいい。だから君じゃなきゃ駄目なんだ。
やれるよ、誰でも。だって線路はほぼ、敷いたから、俺が。あとは
誰が走ってもおんなじって状態までお膳立てした、俺がね！
森西） 「俺が俺が」じゃないですか。
松澤） 森やん！
政治） だからこそ、俺は岩ちんに走ってほしいんだ。俺が敷いた
レールを、俺が蒔いた種を刈り取ってほしいんだよ。頼む！
（両手をつき、頭を下げる政治）
（台所から見ている菊枝）
岩田） じゃあこれは、しばらく僕が持ってていいですか？
（ストップウォッチ）
政治） あっ、てめえ…それ俺の！
捜したんだぞバカ野郎め！ あっ…。
（手をついて、模型を壊してしまう政治）
岩田） すいませんあの…お返しします。
政治） いや…いい。
（模型が壊れる音）
政治） あっ…。
（背を向ける政治）
政治） やっと暇も出来た。
家族水入らず、旅行にでも行くよ。ハハハ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜表＞
松澤） お邪魔しました～。
あつ子） あの…。
森西） 何です？
菊枝） 今晩は、ありがとうございました。また来て頂けませんか？
岩田） えっと…誰です？
菊枝） あっ…。娘です。
４人） え～！？
菊枝） し～っ。
松澤） 治子ちゃん？ うわ～大きくなったね！ 治子ちゃん。
あつ子） 妹の、あつ子です。
大島） えっ、この上がいるの？
菊枝） すみません。下にも弟が。
岩田） な～んだ田畑さん、オリンピックだけじゃないじゃん。
森西） やることやってんじゃんね。
松澤） 森やん！
菊枝） 私からも、お願いします。もう、見てられないんです。
あの日からすっかりふさぎ込んで…。オリンピックが全ての
人だったのに、それを取り上げられて。だから、時々来て、
話相手になって下さい。
岩田） いやでも、家族旅行…。
菊枝） 行きませんよ、行かない行かない。ねえ？
あつ子） （英）ありえない。行ったってどうせ楽しくないもん。
菊枝） 松澤さん、お願い。
うちは、毎週でも毎晩でも開放しますから。
森西） それいいかもな。裏組織委員会だ！
（笑い声）
岩田） じゃあ、ついでにお嬢さん、ホステスやりませんか？
あつ子） えっ！？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜組織委員会＞
岩田） 皆さんお集まり下さ～い。
え～ホステス改め…コンパニオン。
（拍手と歓声）
岩田） これからは、コンパニオンの時代です。世界各国の
お客様のお世話をしながら、日本の素晴らしさを伝える。
世界の言語を駆使して、インターナショナルな空間を彩る
まさに皆さんは、オリンピックの花！
男性） よっ！
（拍手と笑い声）
（フロアの真ん中のテーブルを見る岩田）
（そこは、俺のオリンピック模型があった場所）
（回想）
政治） ご開帳～！
岩田） え～それではいきましょうか。ねっ？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
田畑さんが、組織委員会を正式に去る日がやって来ました。
そして、オリンピックから身を引いた男がもう一人…
黒澤明） え～田畑さんのいない、東京オリンピックに、
情熱を失いましたので、記録映画の監督を、辞退しました。
記者） えっ！？ 本当ですか？
（事務総長室に向かい、一礼する黒澤明）
田畑さんの後任として事務総長に就任したのは、
与謝野晶子の次男で外交官の、与謝野秀（しげる）さん。
記者） 改めて与謝野さん、
事務総長就任のお気持ちをお願いします。
与謝野） 田畑さんの後を受け、最後の仕上げをするわけだが…。
政治） いいかい？ 本当は、辞めたくないんだがね、私の
知識、経験を求められれば、いくらでも差し出す…。
記者） 与謝野さん、組織委員会会長は、
誰が適任だと思われますか？
与謝野） それは…私が決めるべきではありません。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（机に立ててあった名札を手に、事務総長室を出る政治）
（壁にかけられた治五郎の肖像）
（記者に囲まれた川島が来る）
記者） 組織委員会会長は、誰が適任だと思われますか？
川島） まあそりゃ僕がやっても構わんがね、スポーツの
祭典に政府がタッチするのはどうかね。またジャカルタの
ような問題が起こらんとも限らんからね。
（川島を見ている政治に目をやり、去って行く川島）
オリンピックを一つの足掛かりに、経済大国へと駆け上がる日本。
川島はその道筋を整え、政治の世界へ戻っていきました。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
昭和37年 10月 1962
オリンピックまで、あと２年！
日紡貝塚女子バレーボール部が世界選手権で宿敵ソビエト
を下し、世界一になります。このころから、世界中のメディア
が彼女たちをこう呼んだのです。そう、東洋の魔女！ 注目
を浴び、一躍スターとなった彼女たちに、全国民が東京オリ
ンピックでの金メダルを期待した矢先…
菊枝） あなた、大島さん。
大島） 田畑さん！ 大変ですよ大松が…！
政治） 何？
（新聞を見る政治）
政治） 「大松監督辞意表明」？
そりゃないよ…そりゃないよ大松！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜大阪＞
（日紡貝塚の体育館に入る政治）
（誰もいない）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
志ん生） どうも。大変お見苦しいところを、ご覧頂きまして。え～
無礼ついでに、弟子の五りんがですね、行方不明になりまして…。
今松） この顔に、ピンと来たら、落語協会まで。
（写真を見せる）
志ん生） え～さて、東洋の魔女が、引退するってんで、
無職のまーちゃんは、大阪へ飛んでいきました。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
河西） はい…あ～ん。
（弁当を広げた河西たち）
大松） うん、うまい。
谷田） あかん。河西さんのばっかり食べんと、うちのもあ～んして。
大松） うん！ これもうまい。
政治） どういうことだ？
河西） あっ、田畑さん。いかがですか？ ご一緒に。
政治） おい…これどういうことだ！？ 練習はどうした？
オチョコ、パイスケ、ウマ！ ミニのワンピースやんけ。
河西） はい、あ～ん。
政治） いや、いいいい…。ちょっと来い…来い。
大松） 何や？
政治） いいから来い！
大松） あの、まだ俺食うからな。俺の分残しといてな。
河西） はい。
（政治を目で追う河西の顔から笑みが消える）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
政治） おい…なぜだ？ 金メダル取るっていうから、正式種目
にねじ込んだんだぞ無理やり。どうしてくれる！？ 鬼の大松。
大松） もうすっかり仏の大松ですわ。ソ連を倒して世界一。
その夢が叶ってしもうて…。（タバコに火をつけて）燃え尽き
たっちゅうのか…。何や急にあの子らが、不憫に思えてきま
してな。青春を犠牲にして、いたずらに婚期を遅らすのはど
ないやねん大松と。お前にそんな権利があんのか大松と。
政治） 東洋の魔女は、今や国民的スターなんだよ。
頼む…なんとかあと２年！
大松） 「２年２年」って田畑さん、あの子らがこの２年で
何勝したかご存じですか？ 70勝ですよ70勝！ これが
どれほどの偉業か、スポーツマンの田畑さんやったら
分かるはずや。同僚たちは、恋人ができる。嫁に行く。
子ども産む。それを横目に、うさぎ跳び、回転レシーブ！
アホやで。アホの偉業ですわ。
政治） 70勝せんでいいんだよ！ オリンピックで勝ってもらえば。
大松） 事務総長、お辞めになったそうですね。
政治） ああ…。
大松） 田畑さんにとって、オリンピックとは何です？
政治） 簡単に聞くね、君。オリンピック…私にとって？
人生だよ。生きる目的だよ、全てだよ！
大松） それはそれは…ご愁傷様でしたな。
政治） ああっ！
（座り込む政治）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
東京オリンピックまであと１年７ヵ月
昭和38年3月。まーちゃんが仕掛けた、丹下健三設計の
国立代々木競技場の工事が着工します。
＜テレビ局＞
三波春夫） 悪いが弟子は取らないんだよ。
私だけじゃないでしょう。「東京五輪音頭」を歌うのは。
五りん） あっ、三波先生…あの、満州にいらっしゃいましたよね？
三波） いましたよ。召集されて満州、二十歳の時だ。もう
プロの浪曲師だったから、浪曲上等兵なんて呼ばれてね。
五りん） 死んだ親父が…先生の、浪曲を、
聴いたそうなんです、満州で。
三波） へえ…そうかい。
男性） 先生、お願いします。
三波） ついていらっしゃい。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜田畑家 裏組織委員会＞
政治） 頼むよ強化部長。このままじゃ、競泳メダルゼロだよ？
男性） う～ん、参ったな～。
政治） 「参ったな」じゃないよ。
松澤） 大丈夫かな？ これオリンピックまでに完成するの？
政治） な～に、天下の丹下だ。立派にやるだろうよ。
おい、菊枝さん！ ナニ持ってきて。
菊枝） はい。
森西） …で、どうでした？ 田畑さん、聖火リレーの国内コース。
政治） あ～見たけど、最短距離じゃ何か物足りないんだよね。
森西） マジっすか…。
菊枝） あなた、お客様。
政治） うん？
亀倉） こんばんは。
政治） 亀さん久しぶり！
亀倉） 第３弾のポスター、
色校出たんで印刷所から直行しました。
岩田） まずいですよ！
先に表の組織委員会の方に持っていかないと。
（バタフライで泳ぐ選手を真正面から撮った写真）
（拍手と歓声）
政治） いいよ、いい！ この水しぶきがたまらんね～。
バ～ンと来たね！ ハハハ…。うん？ 何だよ。
岩田） いや…うれしそうだから。
政治） そりゃうれしいよ！ テレビもラジオも新聞も、
オリンピック一色じゃんね～。俺が、ギャ～ギャ～
騒ぐまでもなく、盛り上がってきたじゃんね～！
亀倉） だからこそ、
僕は田畑さんに一番に見てほしかったんですよ。
松澤） やっぱり、
まーちゃんに喜んでもらうのが一番だもんね。
岩田） ですね。
政治） あっ、そういえば、東龍さんどうしてる？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜バー・ローズ＞
ﾃﾚﾋﾞ） 「東都知事による、視察です。オリンピックに間に
合わないと、日夜にわたる、突貫工事。騒音はやまず…」。
マリー） あっ、いらっしゃ～い。
客） 見た？ 日本橋、高速道路。
客） 何だよ、首都高だか何だか知らねえけど、
街壊しもいいとこですよあれ。
客） また出馬するってさ。
客） 誰が？
客） 東、オリンピック知事。
客） はあ～また？
客） いい迷惑だよ…ったく。
客） 早く終わんねえかな。
（カウンター席の隅で顔を隠す東）
マリー） 田畑さん、お元気かしら？
東） 俺は…。
（東の横に座るマリー）
マリー） 田畑さんがおとなしくしてるってことは、うまくい
ってる証拠よ。何かあったらあの人、黙ってないもん。
東） 東大ボート部出身なんですよ。
マリー） 東さん？ ええ、知ってますよ。
遊馬） あの頃は、水が澄んでて気持ち良かったな～。
来年は、外国からお客さんが大勢来る。
せめて、水だけはなんとかしないとね…。
マリー） ええ…。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（金栗足袋のひもを結び直し、上を見る四三）
四三） 何ね？ こりゃ…。
４月、首都高環状線が、日本橋を覆い隠してしまった。
急速な高速道路建設のために、東京の川は塞がれてい
きました。批判の声は、都知事の東さんに集中しました。
（知事室の練習マシンでボートのトレーニングをする暗い表情の東）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜田畑家＞
（選手村の模型で遊んでいる政治）
政治） ここが広っぱ…。練習は、ここでして…。
ここから…ヘヘッ。あ～いいね。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜組織委員会・コンパニオンの面接＞
大河原やす子） ♪恋の～バカンス～。ありがとうございました。
岩田） うん…。熱意は十分伝わったんだけど…身長違うよね～。
大河原） 170センチです。
岩田） あ～残念ながら、両隣の女性が170センチなんだよね～。
大河原） 遠近法？ 私だけ後ろに立ってるんです。
岩田） う～ん違うよね～。じゃあ、次の３人、入ってもらって下さい。
女性） 失礼します。
女性） 失礼します。
四三） あっ、すいまっせん…。失礼します！
岩田） はい？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜田畑家＞
（笑い声）
松澤） おじいちゃんが？
岩田） ええ。一人迷い込んだんですよ。
森西） なれるんでしたっけ？
菊枝） ごはんですよ～。
森西） …で、追い返したの？
岩田） それが、よくよく聞いたら、コンパニオン志望じゃなくて、
聖火リレーの最終ランナーに立候補するって言うんですよ。
松澤） へえ…名前は？
岩田） なまってて何言ってるか分かんなかったですね。
何だったけな…あの～…「黎明の、鐘ば鳴らした者です」って。
政治） もしかして岩ちん、その人、足袋履いてなかった？
森西） 足袋？
岩田） 履いてましたね。
大島） 肌が黒くて、坊主頭？
岩田） はいはいはいはい！
で、田畑さんはお辞めになりましたよって言ったら…。
政治） 「そぎゃんですか～」。
岩田） そう！
大島） 間違いないですね。
岩田） えっ？ 誰？ 誰です？
松澤） あっ、金栗四三！？
岩田） えっ、あれが！？
森西） 足袋のジジイだったら、
俺もタクシーやってる頃何度も見ましたよ。
政治） そ…それで？
（回想）
岩田） え～それでは、皆さんから、自己アピールを。
四三） ストックホルム大会棄権、アントワープ大会16位、
パリ大会棄権！ ばってん、世界記録ば、３度…。
岩田） うん…ねっ、あの～おじいちゃん、あの、ここね、コンパ
ニオン選考会。あの～聖火リレーは、式典課の方にね…。
男性） いやいや…。今募集してませんので。こ…困ります…。
男性） おい…おい…。困ったなこれ…え～？
（包みをほどく四三）
四三） じゃあ…。
岩田） これなんですけど…。
回想・四三） 田畑さんに、これば。
岩田） あの…いや、あの…赤いハンコが押して
あるところが、全部走ったって言うんですよ。
回想・四三） 全て、おるの走った道です。
岩田） うそですよね、いくら何でもね。
政治） ちょちょ…どけて…。
それは、大塚の下宿に貼ってあった、あの日本地図。
政治） これは…。
森西） 「1919年、日光東京間走破」。あっ、あっちの古いな。
「1918年、九州一周」。あっ、四国も！ 北海道樺太まで！
回想・四三） もう日本に走る道はなか。
韋駄天が生涯をかけて走った、足跡（そくせき）でした。
森西） 一体これ何のために？
大島） マラソンを全国に広めるためだよ。テレビのない
時代は、行って走ってみせるしかなかったんだ。
松澤） 言っちゃなんだが…イカれてるな～。
政治） これだよカクさん…バ～ンと来た。聖火もこれでいこう！
松澤） えっ？ ごめん。どれ？
政治） 全国46都道府県、聖火をくまなく走らせるんだよ！
一同） えっ！？
政治） ずっと引っ掛かってたんだ。東京オリンピックだから
といって、東北や北海道や、四国や北陸を、無視できる？
できないよ～！ これは、日本のお祭りでもあるんだ。
そのことを、この地図が教えてくれたんだよ。
ありがとう韋駄天！ マラソンバカ～！ ハハハ…。
大島） 全国くまなくってことは、駅伝ですかね？
政治） 違う！ そう！ 最短距離じゃなくて、
最長距離を大勢で走る。なるべく大勢で！
森西） でもそれだと、何か月かかるか分かりませんよ？
政治） そこだよそこ…う～ん！
あつ子） 火を、分けたらどうかしら？
政治） 分ける？
（料理を取り分けるあつ子）
政治） 分ける…。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜組織委員会＞
岩田） 沖縄で、火を４つに分けるんです。第１コースは、
鹿児島、熊本、長崎、佐賀、福岡から、日本海側を北陸へ。
回想・政治） 第２コースは、宮崎、大分から四国に渡り、
近畿東海を、太平洋沿いに。
岩田） 第３コースは、北海道、青森、秋田、山形、新潟。
回想・政治） 第４コースは、北海道、青森、岩手、宮城、福島。
岩田） 聖火は、４つのコースで東京を目指し…。
回想・政治） 皇居前で一つにまとめられ…。
岩田） 大会式当日、皇居から競技場までリレーします。
回想・政治） 総距離、6,755kmを…。
岩田） 総勢10万人の足跡で…。
回想・政治） 日本全国を…。
岩田） 足の踏み場もないほどに走り倒すじゃんね～！
（拍手と歓声）
東） 「じゃんね～」！？
岩田） いや…失礼しました。
与謝野） いいんじゃない？ 岩田君としては上出来だよ。
岩田） 実を言うと、私一人の発案ではなく…その…。
金栗さんの偉業を参考にしました。
与謝野） 確か…箱根駅伝を始めた人。
岩田） そうです！
大島） 熊本国体の、聖火ランナーも務めています。
東） なるほど！ じゃあ最終ランナーは金栗さんかな？
与謝野） 織田幹雄さんはどうかね？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜裏組織委員会＞
政治） 待って待って。織田？ 金栗？ ジジイじゃんね～。
大島） いや、ですが、かつての名選手が走れば…。
政治） 何言ってんの？ 全国の、若者が、つなぐ聖火リレーだよ。
岩田） この間、「ありがとう韋駄天」って叫んでましたよね。
政治） 「ありがとう」で終わりだよジジイは。走るのは、未来
ある若者！ 19歳以下の、陸上選手のリストを大至急ほら。
大島） ああ…はい。
政治） そうよ若者じゃなきゃ。
亀倉） こんにちは。やあ、こんちは。
松澤） お～！
亀倉） オリンピックの招待状出来たんで持って来ましたよ。
政治） 拝見。
これは、世界各国へ送られる、東京オリンピックへの招待状です。
政治） いいよ亀ちゃん！ こんな色鮮やかな招待状、
もらったことないよ。さあさあさあ一杯。菊枝ちゃん！
ナニがないよ、あとアレも！
菊枝） はいただいま。
松澤） すごいよね～奥さん。アレとナニの違いが分かるんだから。
政治） 当たり前じゃんね～。30年連れ添った仲だよ君。
菊枝） アレとかナニとか、言ってる本人も分かってないのよ。
あつ子） えっ、どういうこと？
菊枝） 何でもいいの、持っていけば。日本酒でもウィスキー
でも、「違う！ そう！」とか言って結局飲むでしょ？
政治たち） ♪あの日ローマでながめた月が ソレ トトントネ きょう
は都の 空照らす ア チョイトネ 四年たったら また会いましょと
菊枝） 空き瓶出してきて。
あつ子) はい。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（玄関を出、空き瓶を箱に入れるあつ子）
（塀の外に立っている東）
（窓の隙間から政治を見ている東）
（岩田たちと踊る政治の笑顔）
東） （涙）
あつ子） ご一緒にいかがですか？
東） わっ！
（酒瓶が割れる音）
東・あつ子） あっ！
（差し入れの酒を落としてしまう東）
東） すいません…すいません…。
（割れた瓶を拾い、走り去る東）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜田畑家・居間＞
政治） 君らが来てくれるおかげで、俺も暗くならずに済んでる。
肩書なんぞなくても、こうしてオリンピックに関わることができる。
岩田） いやだって、東京でオリンピックがやれるのは、田畑さん
の功績ですから。俺に言わせりゃ、こっちが表です。
政治） ローマ大会の参加国はいくつだっけ？
岩田） 83ですね。
政治） その数は、何が何でも超えなくちゃいかん。渉外部長、
トゥー ファー な、アフリカの途上国も、思想の違うアジア諸国
も、どんな国だって、一人でもいればスポーツマンがいれば、
参加資格がある。招待状出そうじゃないか。
岩田） はい。日本だって、最初は金栗四三と三島弥彦の
２人だけだったんですもんね。心細かったでしょうね。
政治） でも、楽しかったんじゃないか？
岩田） うん？
政治） 世界中に仲間がいることが分かって。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
渉外部長の岩田は、世界105か国に招待状を送りました。とりわけ、1960年、次々と独立を果たしたアフリカ諸国にとって、東京オリン
ピックこそが初めての、オリンピック。岩田は自ら、アフリカに飛び、
オリンピックの主旨を説明することから始めたのです。
＜コンゴ共和国＞
（現地の少年にサッカーシューズを履かせる岩田）
男性） イワタサン カム ウィズ ミー。ヒア テイク イット。
岩田） サンキュー。
（岩田の手に治五郎のストップウォッチ）
（秒針の音）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
岩田） オリンピック…。
（競技場の図面を広げ、写真を並べる岩田）
岩田） （仏）オリンピックは、スポーツと平和の祭典です。
（回想・初めてオリンピックに触れた日の治五郎）
男性） ペ。
男性） （仏）平和の祭典
岩田） ウイ！
（仏）世界規模の平和の祭典が、アジアで初めて東京で
開かれるのです。ぜひ参加して頂きたい。
（東京オリンピックのポスターを見つめるコンゴの大使）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
岩ちんがアフリカなら、我らがまーちゃんは…。
＜日紡貝塚・体育館＞
政治） 状況を、説明させてくれ。もし娘が、婚期を逃すほど
バレーボールにのめり込んだら、父親としてどう感じるのか
知りたくて、俺の見ている前で、連続スパイクを受けてくれ
と娘に頼んだら断られた。
大松） 当たり前や。
政治） うん…。しょうがないから、俺が受けることにした。
そしたら娘が心配だからと見に来た。家内も、ついてきた。
…という次第だ。
大松） わしは、日曜やから、家族と一緒にうどんすき食う
てました。なあ？ 田畑さん、バレーボールの経験は？
政治） ない！
大松） それやったらやめときましょ。ケガでもされたらかなわん。
政治） 何を言うか。反射神経なら若者には負けん。
（政治の顔面にスパイク）
政治） えっ？
大松） 引退を発表したら、5000通の手紙が届きました。
そのうち６割は、辞めるべきやと。
政治） 痛い…。
大松） あと２年もこれ続けるんやったらお前は、人でなしやと！
残りの４割は、オリンピックに行けと言う。国民の期待を裏切る
とは、お前は、非国民やと！
政治） ま…待って…。
大松） どっちや？
政治） えっ？
大松） なあ、どっちや？！？ わしは人でなしか！？
政治） いや違う違う…。
大松） 非国民かどっちや！？
大松・妻） おとうちゃん、もうやめたげて！
政治） 菊枝、お前も何か言え。
菊枝） ファイト！
（河西たち選手が仕事の制服姿でやって来る）
大松） やるのは俺やない、選手や！ 魔女の名で呼ばれと
るが、河西という魔女も、宮本という魔女も、おらんのです。
６人揃わんと、魔力を発揮せんのです。くそ…。
（政治に向かってスパイクを打つ大松）
大松） 魔女言うなマスコミ！
政治） ちょ…痛い！
大松） 余計婚期が遅れるやろが！
政治） 痛っ…大松落ち着けちょっと…。
大松） えっ？ ウマは今年30、オチョコは26や。そやけどな、俺
がやるって言うたらあいつらはついていくって言いよんねん！
あと２年、大事な青春の全てを、全部犠牲にして、ついてきよ
んねん！ だから俺には言えへん！ ついてくるって分かってる
から、俺は言えん！ 家族にも言えん！ 妻や娘、人間の生活
させてないやろ大松と！ こんなんがあと２年も続くんやったら、
家庭は崩壊や。
菊枝） そんなこと…そんなことありませんよ！
政治） えっ、菊枝ちゃん？
菊枝） やるべきことを途中で投げ出した男が家に帰って
きても、家族はうれしくありません。体だけ帰ってきても
駄目、心が留守じゃ駄目！ ちゃんとケリをつけなくちゃ
駄目。そうじゃありません？ 奥さん。
大松・妻） はい。
菊枝） どなたか、何かおっしゃって下さい。さあ…。
河西） 青春を…。青春を犠牲にして…
そう言われるのが、一番嫌いです！
大松） ウマ…。
河西） 私たちは青春を犠牲になんかしていない！
だって…これが私の青春だから！
今が、バレーボールが、青春だから！
谷田） そうや。うちらにもあるわ青春。
きっとありすぎるくらいあるわ！
松村好子） 恋愛や男性やドライブなんかより、ず～っと青春や！
宮本） そやな。一通りやってみたけど、どれもピンと来えへんし。
半田） ２年も待てへん軟弱な男より、
２年ついてこいって言う男の方がええんちゃうん？
大松） フグ…。
（大松の胸にボールを押し当てる河西）
河西） 言って下さいよ先生。俺についてこいって。
大松） お…。
磯部サタ） 言って下さい先生。
一同） 先生！
大松） 俺に…。
政治） いい加減にしろよこのバカ野郎め！
（大松にボールをぶつける政治）
政治） 何だ貴様は煮えきらん。ふぬけの大松め！
辞めるか、続けるか…自分で決められるだけありがたいと思え！
俺はもうやれん。だから貴様に託してるんだ、オリンピックを！
ほら…選手だってやる気だよ！ それを邪魔する、権利はお前に
はないよ。言え早く！ 俺が言おうか？
大松） いや…私が。俺に…俺についてこい！
一同） はい！
エミ） 先生。
（日の丸のついたユニフォームを受け取る大松）
（制服を脱ぎ、ユニフォーム姿になる河西たち）
大松） そのかわりええか？ （円陣を組み）必ず結婚相手は世話
したる。全員、俺が嫁に行いかしたる！ だからついてこい！
一同） はい！
大松） よっしゃ練習や！
一同） はい！
大松） 行け！
（大松の娘のところへ行く河西）
河西） ごめんね。お父ちゃんもうちょっと借りるね。
大松・娘） ええけど、オリンピック終わったら返してね。
河西） （頷く）
大松） ウマ、はよせえ！
河西） はい！
大松） 声出せ～！
一同） はい！
鬼の大松率いる東洋の魔女が、ついに再始動しました。
大松） アホかフグ！ 顔から行け、顔から。
政治） 変わったのかな…。変わったよね。
あつ子） 何が？
政治） 人見絹枝や前、畑秀子の時代からさ。
「六尺」「化け物」と笑われながら走った、人見君や…
お守りを飲み込んで泳いだ前畑君の時代から。
少なくても、「国を背負って」とか、そういうんじゃない
じゃんね～。自分のためにやってるじゃんね～。
あつ子） だからかっこいいんだよ。
菊枝） 変わったんじゃなくて、変えたんです。
政治） うん？ 誰が？
あつ子） （笑）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
昭和38年10月 1963
オリンピックまで、あと１年。組織委員会は、裏も表も大忙し。
岩田） え～新たにIOCに加盟した以下７国に、今すぐ招待状を
手配。え～カメルーン、ヨルダン、マリ、北ローデシア、え～…。
東） おいおい聞いたか？
インドネシアがIOCを脱退するとか騒いどるぞ！
岩田） また！？ ちょっとインドネシアストップ！
東） ジャカルタの件が尾を引いてるようだ。
大島） スカルノがオリンピックに対抗して、
新しい競技大会を開催するそうだ。
東） 何とかならんか？ 岩ちん。
インドネシアには何が何でも出てほしいんだ。
これからの、アジアのために！
岩田） 分かってます。今すぐ、ブランデージ会長にアポ取って。
女性） ウイ ムッシュ。
松澤） お話中すいませ～ん！
岩ちん、航空自衛隊の方がお待ちだ。
岩田） あ～そうだ！ ブルーインパルスを開会式で飛ばそうって。
一同） お～！
松澤） 五輪カラーの飛行機雲を、青空に走らせるんだよ～！
（拍手と歓声）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
松下治英） まあ…やってもいいけど、
一直線っていうのは、面白くない。なあ？
隊員） うん。面白くないっすね。
松澤） えっ、そうですか。
松下） はい。
岩田） ほか、どんなのできます？
松下） え～？
（五輪マークを指さす松下隊長）
松下） あれやりましょう。これ！
岩田） いやいや…あんなこと言ってますよ。
松下） いえ、高度変えれば出来ますよ。
青空に、５つの輪っか、ド～ンと…描いてみせましょう。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
昭和38年12月31日 1963
＜志ん生の家＞
（テレビの声）
今松） 何だ…紅組か。
12月31日おおみそか。
年が明けたらいよいよ、オリンピックイヤーでございます。
志ん生） かあちゃん、黒豆頼むよ今年は。なあ、黒豆。
今松） 去年は入院してましたもんね。
（紅白歌合戦のフィナーレが始まる）
りん） あら、今年は「蛍の光」じゃないのね。
今松） そりゃそうですよ。「オリンピックの顔と顔」だもの。
志ん生） すごいな、おい。三波春夫の笑顔ってのは
お前、夢に出てきそうだな。
今松） 師匠、どうぞ。
りん） えっ？ ちょっ…勧めるんじゃないよ。
（テレビを見ている美津子）
美津子） あれ！？
りん） 何よ、大きい声出して。
美津子） 今あの…五、五…五りんが…。
今松） またまた～。
美津子） いたのよ本当に。
ちょっと…見てて見てて。ちゃんと見てて。ほら！
りん） あっ…本当だ！
美津子） ねっ？
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鬼の大松、全然鬼じゃないじゃんね～！選手に
愛があるじゃんね！ 大松のシーンをカットする
ことなんて絶対出来るわけないじゃんね～！！
四三の走りが聖火リレーのヒントに！ いろんな
ことがつながって、胸熱になってくじゃんね～！
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