大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」第44回~ぼくたちの失敗 | 日々のダダ漏れ

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大河ドラマ 
「いだてん~東京オリムピック噺~
 



第44回~ぼくたちの失敗

 

 

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昭和37年、東京オリンピックを2年後に控え、その前哨戦と

してジャカルタで開かれる、第4回アジア競技大会。開幕直

前にとんでもないルール違反が発覚します。開催国インドネ

シアが、政治的に対立する台湾とイスラエルに招待状を送っ

ていなかったのです。これがスポーツ界にとどまらず、国際

的な政治問題に発展。マスコミは、もし日本が参加したら、

東京オリンピックは取り上げられるかもしれないと報じた。

 

政治) だったら引き揚げます。

川島) はあ?

政治) 中止中止。帰りましょう。ねっ?

 …と言ったらさぞかし困るでしょうな。

 スカルノ大統領とズブズブの関係にある

 オリンピック大臣は。

東) おいおいまーちゃん。

政治) ハッ…何かついてますよ。

(口元についたロブスターのソースを拭う川島)

川島) 別に構わんよ、僕は。参加不参加どっちでも

 いい。そうだよね?東君。仮に参加したとして、IOC

 に糾弾されて除名なんてことにならないかね?  今

 回のことで東京オリンピックを取り上げられるんじゃ

 ないかとのうわさもあるが? 不参加にしてもマイナ

 スはある。アジアの戦後補償、もう、政府はこのこと

 に心血を注いできた。ようやく反日感情が払拭でき

 たのに、また日本は、アジアに嫌われ者だ。それで

 も引き揚げますか?

津島) まあ、オリンピックに影響がないのであれば、

 私は、参加でも。

川島) …だそうだ、事務総長。

 …で、どうするんだ? 出るのか出ないのか。

政治) 出ますよ。

東) まーちゃん。

政治) ああ、出るとも! だがあんたの顔を立てる

 ためじゃない。選手のために…アジア民族の祭典

 を、心待ちにしてる、インドネシア人のために出ま

 すよ。なあアレン? アレン?

アレン) ナニ? ナニ?

政治) 寝てんじゃないよ。いいこと言ったぞ今俺。

大島) 決定! 参加決定! 参加決定だ、出てこい!

選手) 本当ですか!?

選手) やったぞ~! よっしゃ!

政治) 政治家の考えてることは、俺には分からん。

 だが、選手や観客の気持ちだけは分かる。俺たち

 が東京オリンピック取り上げられるのと、こいつら

 が、アジア大会取り上げられるのどっちが辛い?

 おんなじじゃんね! 今日本が引き揚げて、アジア

 大会ぶち壊して、その代償として東京オリンピック

 やって盛り上がるかね? 2年後、心の底から楽し

 めるかね? だったら出た方がいい! 絶対!

 行ってこい! 堂々と笑顔で歩いてこい!

一同) はい!

(拍手と歓声)

 

8月24日午後3時。日本選手団は、参加を表明。

開会式の技か数分前のことでした。

 

一同) ばんざ~い! ばんざ~い!……。

 

**********

 

競技が始まると、日本選手団は初日から好成績を連発。

しかし、日本のマスコミが報じたのは、大会参加を決断

したことに対するバッシングばかり。誰が責任を取るのか、

戦犯探しが始まった。

 

川島) あのね、参加を決めたのは私ではないよ。

 都知事と、JOCの津島さん、それからあの~

 あれだよ…田畑君。田畑君ね。

 

**********

 

岩田) 「東京オリンピックに暗雲か」。

松澤) 「JOCの優柔不断、田畑事務総長に非難の声」。

岩田) いやおかしい…絶対おかしい。陸上の結果は?

 金メダル取ったんですよ? なのに、どこにも書いてない。

松澤) 一面トップはまーちゃんだもん。

 一応ジャカルタに送った方がいいかな?

男性) インドネシアから国際電話です。

岩田・松澤) おっ!

男性) 今おつなぎします。

電・岩田) もしもし!?

電・田畑) もしもし、岩ちんか!? 何なんだあの新聞記事は!

電・岩田) もしもし? 田畑さん?

電・田畑) (ノイズ混じり)なぜ競技の結果を書かん!?

電・岩田) もしもし? あ~切れた…。

松澤) あ~。

岩田) すぐかけ直して。

男性) はい。あっ、あとお客様です。

岩田) えっ?

松澤) あっ、奥さん、どうしたの?

菊枝) あの~田畑は、大丈夫なんでしょうか?

松澤) あ~見ちゃいました?

菊枝) 他紙はともかく、古巣の「朝日」まで、田畑

 憎しの袋だたき。なぜ、田畑ばかりこんな…。

松澤) 奥さん…まーちゃんは、意外と嫌われているんです。

岩田) あっ。

松澤) あっ…。

菊枝) でしょうね。

 

**********

 

男性) しかしひどい言われようですね。

東) 結局台湾もイスラエルも不参加だしな~。

アラン) タバタサン トウキョウカラ デンワ。

田畑) おっ…。

電・田畑) もしもし岩ちん? おい、岩ちんか?

電・マリー) やだ、つながっちゃった。

 ごめんなさい。特に用事はないんです。

電・田畑) 占いババアか。何だよこんな時に。

電・マリー) テレビ見てたらね、何とかっていう作家が

 偉そうに、田畑さんのことしゃべってんだけど…。

テレビ) 「田畑政治さんには…田畑政治さん自身がね…。

 田畑政治の…。田畑政治にあるっていうふうにね…」。

電・マリー) 名前間違えてんのよ。

 田畑、政治(せいじ)よね? あなた。

電・政治) 政治(まさじ)だよ!

電・マリー) えっ?

電・政治) えっ? 逆にじゃあ、

 何で今まで「まーちゃん」だと思ってた?

電・マりー) じゃあね、お大事に。

電・政治) ちょっと待て待て…。

電・マリー) 何?

電・政治) 占ってくれ。

 果たして、俺の判断は正しかったのかな?

 不安なんだよ。こっちにいると、日本の状況が

 伝わってこない。教えてくれ。そっちはどうだ?

(マリーから受話器を受け取る男)

電・河野) お前のおかげで盛り上がってるよ、

 東京オリンピック。

電・政治) 河野!

電・河野) つくづく日本人は、美談より醜聞が好きなんだな。

電・政治) 違う。俺が望んだのはそんな盛り上がりじゃない。

電・河野) 台湾かイスラエルの選手が出場する可能性は

 本当にないのか? 一競技、一人でも出てれば正式な 

 大会になるんだが。

電・政治) それは何度も直訴してるが入国すらできない。

電・河野) そうした場合、

 大会の名前を変えるのが常套手段だ。

電・政治) 名前を変える?

電・河野) 正式な大会ではなく親善大会に。大会自体

 の趣旨を切り替えるんだ。そうなりゃおとがめなしだ。

電・田畑) ああなるほど…やってみる。

 

**********

 

田畑さんと、インド代表のソンディさんが先頭に立ち、

インドネシア組織委員に大会の名称変更を迫りますが…。

 

ソンディ) 台湾とイスラエルが参加しない限り、

 ”親善試合”とすることを提案する。

一同) ノー ノー ノー!

政治) おい、こっちも、フレンドリーマッチです。

 フレンドリーマッチ。

 

ところが、これに対してインドネシア国民は、「俺たち

の大会にケチつけるとはふてえ野郎だ」と怒り狂った。

 

政治) 何だ? 何だ? どうしたどうした…どうしたの?

 

更に、数千人のデモ隊がインド大使館を取り囲み、

火を放ち、ソンディは国外逃亡。我らがまーちゃん

にも警護がつきました。

 

政治) すまん。事をせいた。

東) (ため息) 私は一足先に東京に戻るよ。オリンピック

 準備委員会で参加に至った経緯を説明しろとさ。

政治) すまん。

東) 謝らないでくれよ~事務総長。私は参加したことを

 これっぽっちも後悔してないんだよ。津島さんだって…

 あれ? 津島さんは?

男性) あっ、あの、何か…女子の槍投げの決勝

 見に行くって、アレンと競技場に。

東) ハハハハハ! なっ? あんなに引き揚げを主張してい

 た津島さんですら始まったら夢中だよ~。それがスポーツ。

 我々は正しかった。そのことを証明するために、選手たち

 は最後まで堂々と戦う。私は胸を張って答弁する。

 それだけのことさ。

政治) ありがとう、東龍さん。ありがとね。

 

**********

 

9月4日、第4回アジア競技大会閉幕。

日本はなんと、155個のメダルを獲得する大活躍。

無論、総合第1位! しかし、まーちゃんの戦いは、

ここからが本番でした。

 

記者) なぜ参加を決めたんですか!?

記者) お二人の決断らしいじゃないですか!

政治) いいかい…いいかい? いいかい?

 我々の行動と、国民感情の間に大きなギャップが

 あるのは認める。しかし、現地の実情を分かって

 もらえれば、取る道はあれしかなく、今考えても、

 あれが最善のやり方だったよ。ねっ?

 

しかし翌日の朝刊は、「田畑、強気な記者会見」。「開き

直って終始不遜な態度」、「戦犯は誰だ」と、騒ぎ立て…。

 

政治) なにが不遜だよ! 聞かれたことに答えただけだ。

岩田) 言い方、それから態度です。僕から見ても偉そう

 に見えました。あとこれタバコ! これは駄目でしょ。

政治) 飛行機降りたら吸うだろう。

テレビ・政治) 「もっと世界を見てこいよ!

 見てこい世界をもっと! もっと…」。

政治) でもテレビで見ると、印象悪いな。

テレビ・政治) 「なっ? 世界を知らな過ぎんだ君たちは」。

岩田) 連日、こういう記事やニュースを見てたんです。

 こんなインチキな大会に参加させた戦犯は誰だとマス

 コミが騒ぎ立てるもんだから、もう誰かをやり玉に挙げ

 ないと気が済まないところまで来てるんです。それから

 …国際陸上競技連盟から説明を求められました。日本 

 はなぜどういう理由で参加に踏み切ったのかと。

岩田) お前も出なきゃよかったと思ってるのか?

 どうなんだ岩田!

岩田) バカにしないで下さい。出なきゃいい大会なんかこの

 世にありません。あるわけないじゃないですか! 戦争で

 オリンピック逃した人間ですよ僕は! 何だよ戦犯って! 

 戦争じゃない、スポーツやってんだよこっちはよ!

政治) すまん…さすが岩ちんだ。頼もしい。

岩田) …で、国際陸連には、どう回答しましょう?

政治) 今からでも遅くない。参加した各国に働きかけて、

 あれは、親善試合だったと主張するしかないだろう。

岩田) 正式な大会じゃなかったと。

政治) インドネシアがそれを認めてくれれば、全て片がつく。

 それまで、内密に、誰にも言わずに進めてくれ。いいか?

岩田) 分かりました。

政治) 誰にも言うなよ。

岩田) はい。

政治) 誰にも言うなよ。

 

**********

 

ところが、田畑さん…

 

政治) あれは、親善試合だから!

一同) えっ?

政治) えっ?

岩田) (ため息)

記者) アジア大会は、オープン競技だったということですか?

記者) 正式な大会じゃないと?

政治) 言った?

記者) 言った!

政治) 私が?

記者) 言いましたよ。

政治) じゃあそういうことだね。

(ざわめき)

 

**********

 

この発言を批判され、翌日、まーちゃんはすぐに撤回。

 

政治) 昨夜の私の発言は、説明不足のため、報道 

 関係者に、誤って受け取られました。修正します。

 

**********

 

<志ん生の家>

テレビ) 「アジア競技大会は、正式競技であります」。

今松) ハッ…こいつ駄目だな~。

 言ってること昨日と正反対じゃねえか。

テレビ) 「メダル? 返さんよ。なぜ返す必要が

 あるんだよ。正式競技だよ」。

今松) 駄目だこいつ。辞めさせた方がいいんじゃねえの?

美津子) ねえ、お母ちゃんは?

知恵) あっ、出ていきましたよ。買い物行くって。

美津子) そう…。五りん。

五りん) はい。

美津子) ちょっとおいで。

五りん) はい。

テレビ) 「だから、再度説明し直してるだけですよ」。

 

**********

 

五りん) えっ…何です? これ。

美津子) 着てみな。師匠のお下がりだけどね。

五りん) えっ!? えっ…。こ…これは…。

美津子) 大名人古今亭志ん生との二人会だもの。

 あんたにもしゃんとしてもらわないとね。

五りん) これは、あの…まさか…例の、あれですか?

美津子) 何?

五りん) 曲げろってやつですか? その…。「なめ艦」には、

 ありがたい着物は質屋に入れてそのお金で飲んだくれて

 ボロボロになって高座に上がれっていう…。

美津子) そんなこと書いてない!

五りん) えっ…?

美津子) 五りん、感謝してんのよあんたには。

 お父ちゃんその気にさせてくれて、お母ちゃん

 も喜んでるし。ありがとうね。

(頭を下げる美津子)

五りん) あっ…。

(頭を下げる五りん)

 

**********

 

(境内の木陰から縁台に座った志ん生の背中を見つめるりん)

志ん生) 「こんな飲んだくれの男を…三千世界広しと

 いえども、面倒見てくれるなんてえのはね…」。

 

**********

 

テレビ・政治) 「メダル? 返さんよ。なぜ返す

 必要があるんだよ。正式競技だよ」。

テレビ・アナ) 「東京オリンピック事務総長、田畑氏の発言、

 度重なる失言に、国内外から、責任を問う多くの批判

 の声が寄せられています」。

(電話を掛ける川島)

電・川島) 記者を集めてくれ。はい。

テレビ・政治) 「し直してんの。分からないかね?」。

 (非難する声)

 

**********

 

川島) なにも、津島田畑だけが悪いと言うんじゃないがね、

 今の組織委員会で、東京オリンピック開けますか?

 いかにも優柔不断で頼りにならん。この際膿を出し切って、

 責任体制をしっかりとしなければいけない。それにはまず、

 国民に説明する場を、早急に設けましょうよ。

 早急に設けましょうよ。早急に設けましょうよ。

 

**********

 

とうとう、我らがまーちゃん、

参考人として、国会に召喚されました。

 

第41回国会 衆議院 

オリンピック東京大会 準備促進特別委員会

 

委員長) 福永健司君。

福永) え~まず、川島大臣に、この度、ジャカルタへ

 行かれた目的、使命について、ご説明頂きたい。

川島) 幹事長時代、私は、インドネシア戦後賠償問題

 を担当しておりました。その成果として、ホテル、道路、

 競技場の視察に行きました。アジア大会の問題につ

 いては、私は政府の立場として、東京大会が開けな

 いのは困るから、それに支障のないようにと強く発言

 しましたが、それ以上は一切、政府の一員としては

 発言しておりません。はい。

委員長) 福永君。

福永) なるほど。「政治がスポーツに干渉してはなら

 ん」、これは、立派な考え方でありまするが、オリンピ

 ック大会を前にして、これはもう政府としてはですな、

 大いに関心を持って、協力、助成をして頂きたい。

(拍手)

男性) そうだ!

政治) 何だねこれは。茶番か?

委員長) 柳田秀一君。

柳田) 援助をする以上、多少の介入がなかったら、

 援助はありえません。

男性) そりゃそうだよ。

柳田) 一方、組織委員幹部というものは、なんと

 だらしのないやつらだ、総入れ替えをしろ。これ

 は今日、国民の世論だと思うのです。

男性) そうだ!

男性) そう!

柳田) え~アジア競技大会として参加したが、オー

 プンゲームになりそうだ…それはよろしいと思う。

 問題は、田畑さん、あなたの発言が、いかにも

 ひどすぎるのです。

男性) そうだよ!

委員長) 静粛に。田畑政治君。

政治) それに関しては、私の、発言のしかたに、問題が。

男性) なにが発言のしかただ。発言のしかたじゃないだろう。

政治) 言葉が足りないと申しますが、非常に、混乱を

 起こしたことは、相済まぬと思っております。

男性) 発言のしかたじゃないんです。

男性) そうだよ!

男性) あなたの頭の中の、考え方の問題なんです!

 これは大変な問題ですよ!

委員長) 田畑君。

政治) 先ほども申し上げましたとおり、私の、発言の

 しかたが非常に悪かったと。混乱を来したことは

 非常に相済まぬと思っております。

男性) 君の考え方の問題だ!

委員長) 阪上君。

阪上) こんなことのために、国際信用を落とした

 ばかりでなく、国内の信用もガタ落ちで…。

男性) そうだよ!

阪上) オリンピックに対する国民の熱情なんと

 いうものは、もう冷めていく一方ですよ!

男性) そうだ!

(拍手)

委員長) 田畑君…田畑君。田畑政治君。

(答弁席に向かう政治)

心の声) おかしいな…何かおかしいぞ…。

 これが俺のオリンピックか?

政治) 恐らくね、皆さんが、一番ご心配にあるのは、

 陸上の除名によることの影響で、オリンピックに支

 障があるのではあるまいかというふうなことで…

 新聞記者諸君が…。

心の声) 違う…こんなんじゃなかったはずだ。

政治) これは、問題がないのだと、言ったまでですよ。

男性) ごまかすな!

心の声) どこだ? どこで間違えた?

回想・治五郎) 田畑! 

 持って帰るぞ、オリンピックを、東京に!

心の声) あの時か?

回想・少年) 人殺し!

心の声) あの時か?

回想・一同) ばんざ~い! ばんざ~い!

心の声) あの時か?

回想・政治) 今の日本は、

 あなたが世界に見せたい日本ですか!?

心の声) あの時か?

回想・政治) 頑張れ! 頑張れ! 前畑頑張れ!

 いけ! ゴー ゴー ゴー ゴー ゴー!

委員長) 田畑君。

政治) 私の方もね、感覚が…非常にズレて

 おりましたようで…その点では、失敗したなと…。

心の声) 違う…違う! どこだ…?

回想・川島) 貴様のオリンピックではない! 変わるんだよ

 日本は。このオリンピックで。はき違えるなよ田畑。

心の声) どこで間違えたんだ? 俺の…俺のオリンピック!

男性) こうなったら、はっきり政府が保証すると

 いうことでなくてはいけないと思いますが?

川島) 今後は東京オリンピックを、政府の国家事業

 と捉え、金を出す。そのかわり、時には口も出し、

 しっかりと管理する所存です。

回想・政治) 富める国は、スポーツも盛んで国民の関心も

 高いんです。先生方も、スポーツを政治に利用すりゃいい

 んですよ。金も出して、口も出したらいかがですか?

心の声) あっ…

政治) あん時だ。

回想・政治) 金も出して…。

川島) 金を出す。

回想・政治) 口も出したらいかがですか?

川島) 時には口も出し、しっかりと管理する所存です。

(拍手)

一同) そうだ! そうだ!

 

**********

 

数日後、批判に耐えられなくなった津島は…

 

<料亭>

川島) 辞める? どうしたんですか津島さん。

津島) 私が、会長の座を退くことで、今回の騒動

 の火消しになるのであれば、致し方ない。

川島) いやしかし津島さん、そう事を急がなくても…。

津島) 辞任はする。ただし、条件がある。

川島) 何でしょう?

 

**********

 

<組織委員会事務局>

岩田) 田畑さん、田畑さん、田畑さん!

政治) うん?

岩田) 国際陸連から回答がありました。

 ジャカルタ問題に関する制裁はインドネシア

 のみ。日本を含め、参加国に責任なし!

政治) はあ…これで東京オリンピックも安泰か。

岩田) ええ。

政治) でかしたぞ岩ちん!

岩田) いえいえ…。

政治) 国会のみそぎも済んだし…じゃあ次はこれか。

岩田) えっ、何です?

政治) えっ? 歌詞だよ歌詞。

岩田) うん?

政治) テーマソングの。

岩田) あっ。

政治) なかなかふるってるよ。

 特にこれ…バ~ンと来た! 「東京五輪音頭」。

岩田) 「東京五輪音頭」?

政治) いいかい? 読むよ。

岩田) はい。

政治) 「あの日ローマで ながめた月が きょうは

 都の 空照らす 四年たったら また会いましょと

 かたい約束 夢じゃない

岩田) おっ、いいですね。

政治) 違う! そう! いいのはこのあとよ!

岩田) ほう。

政治) 「オリンピックの顔と顔」。

岩田) 「オリンピックの顔と顔」…。

政治) 「トトント トトント 顔と顔」!

岩田) ハハハ…えっ、何ですか?

政治) 分からん。分からんけどいいだろう? 顔と顔だよ! 

 世界各国の、白い顔、黒い顔、黄色い顔、赤い顔…いろ

 んな顔が押し寄せてくるんだよ東京に! 顔の2週間だよ!

岩田) ハハハ! いいですね、顔の2週間!

 あっ、そろそろ行きますか。

政治) うん? どこ行くの?

岩田) いやいや組織委員会の懇談会ですよ、東さんが招集した。

政治) 何だよ東龍さん。

 のんきに、懇談会なんてやってる場合じゃないのにな。

岩田) まあまあまあまあ…。

(会議室へ向かう政治)

 

**********

 

<会議室>

政治) 「オリンピックの顔と顔」ハハハ…。

 「トトント トトント 顔」…。うん?

(既に揃った委員達)

政治) どうした? どうした? 何だ? 東龍さん、

 オリンピックのテーマソングの歌詞、これ、見て…。

東) え~おそろいでしょうか? それでは、懇談会を始め

 ますが…その前に…田畑さん、津島さん、今日は、お二

 人の責任問題を議論する会ですので、ご退室下さい。

政治) えっ? ちょ…ちょちょ…ちょっと待ってくれ!

 何だ責任問題って。えっ?

東) 津島さん。

 

(回想)

津島) ただし、条件がある。田畑も一緒に辞めさせてもらい

 たい。私が辞めてあの男が残るのは、納得がいかんよ。

 

政治) 辞任しろと言うのか? 聞いてないぞこんなの!

 ちょっと、津島さん! 駄目だ出ちゃ! 駄目だ出ちゃ!

(川島の合図で職員が政治を掴む)

岩田) おい、何やってんだよ!

政治) 何だお前ら…。離せ! 冗談じゃないぞ!

 なぜ俺が辞めなきゃならんのだ!? えっ?

 俺が辞めたら、オリンピックはどうなるんだよ!

 東龍さん! 東龍さん! 

 

(回想)

東) ちょ…ちょっと待って下さい。津島さん、あの、それは…。

川島) いやいやいや、東君、これをチャンスと考えるんだ。

東) いやいやそれはあの…。

川島) まあまあいいからいいから…。

 君もこうなることは分かってたんじゃないの?

 

政治) 東龍さん! おい…カクさん!

松澤) まーちゃんごめん!

岩田) 何やってんだよおい!

政治) 離せよ、おい! 岩ちん、俺のオリンピック。

岩田) はい! 田畑さんのオリンピックは…。

政治) 違う! 俺たちの…俺たちのオリンピックだよ!

  俺たちのオリンピック! 俺たちのオリンピック!

  俺たちの…!

(政治の名札が床に落ちる)

政治) 岩ちん! 俺たちのオリンピック…。

(一同を見る岩田)

岩田) えっ、何ですか? これ。何で田畑さん締め出すん

 ですか? 田畑さんのいないところで何話すんですか?

 今まで田畑さんいなかったことなんてなかったでしょう!?

 何話すんですか? これから田畑さん抜きで、

 何話すんですか!?

東) 座ってくれ岩田!

(うつむく東)

川島) 座りなさい。始めるよ。さあ…ねっ?

 

**********

 

<廊下>

津島) 負けたんだよ、川島に…我々は。

(会議室から出てくる東)

東) 田畑さん…事務総長として、最後の仕事をして下さい。

(頭を下げる東)

(秒針の音)

 

昭和37年10月2日、田畑事務総長、解任。

 

**********

 

(ヘリコプターの飛行音)

(布団を取り込む菊枝)

テレビ) 「それでは、津島会長、田畑事務総長の、

 辞任会見をご覧下さい」。

(テレビの前に走る菊枝)

テレビ・津島) 「私が微力であるがため、この度、進退を…」。

テレビ・政治) 「いいかい? 私も言いたいことがある」。

テレビ) 「では簡単に」。

テレビ・政治) 「私は辞めたくないんだ。私の経験と情熱を、

 オリンピックに生かしたいんだ」。

 

**********

 

政治) 責任体制を確立するという理由なら、私は辞める

 必要はない。これまでも、この先も、責任は私が取る。

 

**********

 

テレビ・政治) 「だが…遺憾ながら、辞めざるをえない」。

(テレビを見ている岩田・松澤)

 

**********

 

<バー・ローズ>

(テレビを見ているマリーと河野)

テレビ) 「津島さん、改めていかがですか?」。

テレビ・津島) 「我々が身を引いた方が、オリンピックのため…」。

テレビ・政治) 「いいかい? 僕は嫌なんだよ。やりたいんだ

 最後まで! やっとレールを敷いたところなんだよ」。

テレビ・津島) 「組織委員会の幹部に対する、不信…」。

 

**********

 

<志ん生の家>

今松) ハハハハハ何だこいつ! ひっでえな。

知恵) どうしたのよ。あっ、田畑さんだ。

今松) こっちのジジイがしゃべるとね、こいつが、「いいかい?」

 って割って入るんだよ絶妙な間合いで。おっ、見てな。

テレビ・津島) 「オリンピックに対する、国民の…」。

テレビ・政治) 「いいかい?」。

知恵) アッハハハハ…本当だ。

今松) 間がいいんだよ~。この人芸人やった方がいいよ。

テレビ・政治) 「私は、辞めざるをえない」。

知恵) でも辞めちゃうんだ田畑さん。

テレビ・政治) 「しかし、誰がこのレールを敷いたんだ? 私なんだ。

 だが…そのレールを走れない。最後まで、走りきることができ

 ないのが…。甚だ残念でならない。(泣)

 

**********

 

(テレビの画面を見つめている菊枝)

テレビ・政治) 私は、戦前のロサンゼルス、ベルリンと、

 オリンピックに参加し…東京招致にも関わってきた。

 いいかい…」。(すすり泣き)

(テレビの画面を見つめている岩田・松澤)

テレビ・政治) 「いいかい?」。

(テレビの画面を見つめている河野)

 

**********

 

テレビ・政治) 俺の…俺のオリンピック…。(すすり泣き)

テレビ・津島) 「え~後任は早急…」。

テレビ・政治) 「いいかい? 僕は…僕は嫌なんだよ。

 やりたいんだ! いいかい…」。

知恵) でも田畑さん辞めたら五りんどうなんのかしら?

今松) そっか…こいつに拾われたんだもんな。

テレビ・政治) 「いいかい…いいかい?」。

 

**********

 

五りん) 火事だ火事だ火事だ~! 邪魔だ邪魔だ~!」。

 

そうなんです。事務総長がお役御免になったら、

オリンピック宣伝部長の仕事もぱったり来なくなり…

 

五りん) 「旦那!」。「おうどうしたんだい? 久蔵じゃねえか」。

 「へい! 駆けつけてまいりやした」。「どこから?」。

 「浅草の、三軒町から」。「えっ、浅草から芝まで!?

 よし、出入りを許すぞ!」。

志ん生) うん…だいぶうまくなった。ハハッ。

五りん) あっ…ありがとうございます。

志ん生) ああ、もう帰れ。帰っていいぞ。

 俺はね、迎えが来るまで、ちょっと稽古してるから。

五りん) はい。

(演台に座った志ん生)

(境内の隅に屋台)

五りん) あっ! 師匠…師匠、あの、どうです?

 ほら、明日の二人会の成功を祈って、一杯。

志ん生) あ~やめとけよお前。ただでさえ一人

 で帰れねえんだ。あ~酒飲んだら大変だ。

五りん) いやいや、その時はあの、

 俺がおぶって帰るんで。ねっ、一杯…。

志ん生) やめとく。毎回酒でしくじってんだ。

 今度しくじったら、二度と高座へ戻れねえ。

五りん) いやいやそんな…。

志ん生) いや、人間ってえのはな、潮時っての

 があってな、俺も…若い時から売れてればな

 と思ったこともあるんだけども、それだったらそ

 れだけ早く、駄目になるし、明日、うまくいかな

 かったら…それも潮時だ。うん。

五りん) えっ…。

 

**********

 

そして、いよいよ二人会当日。

すなわち、古今亭志ん生復活の日。

 

美津子) 本当にいいの? 見なくって。

今松) 師匠、車、来ました!

志ん生) おう。

りん) 大丈夫かい? じゃあこれね。

(電話の呼び出し音)

電・美津子) はい。もしもし美濃部でございます。

 

**********

 

(質屋の表に五りん)

 

おい、そこの若えの! えっ? 何考えてんだい? 駄目だよ。

あ~あ~あ~あ~…そこ入っちゃ駄目だってば。

 

男性) ほう…。

五りん) これ、曲げて下さい。

 

**********

 

電・美津子) えっ? 五りんがいなくなった!?

今松) えっ!?

(今松の背中から落ちる志ん生)

志ん生) わっ!

りん) あっ!

志ん生) 何だ何だ何だ?

電・知恵) 分かんないけど…

 あっ、着物がなくなってて、楽屋に書き置きが。

 「足袋に、出ます」?

 

**********

 

美津子) どうすんのよ、お父ちゃん。

今松) 「足袋」と「旅」掛ける余裕があるなら、心配ないですよ。

美津子) そういうことじゃないでしょ?

 二人会が独演会になっちゃうでしょ?

志ん生) 俺が2席やればいいんだよ。

 はなから分かってんだよ、本当に。どうってことはねえ。

今松) よし、じゃあいきますよ師匠。

美津子) さあいいかい? いくよ。

今松) せ~の! はい、よいしょ。

 よいしょ! はいいきますよ。はいはい…。

(今松の背中に志ん生)

りん) 行っといで!

(石を打ち、火花を散らすりん)

 

**********

 

今松) 師匠、お時間です。

志ん生) ああ。

美津子) お父ちゃん、しっかりね。

志ん生) ああ。

今松) 段差あります。はい…。

(今松に支えられ、高座にあがる志ん生)

今松) はい、ゆっくり行きますよ。はい。

志ん生) ありがとな。

(座布団に座る志ん生)

今松) お願いします。

(幕が開く)

♪(出囃子)

 

**********

 

(拍手と歓声)

志ん生) え~地獄のえんま様に、呼び止められまして、

 お前はまだ、しゃばでしゃべってろって言われましてね。

 え~三途の川から、戻ってまいりました。

美津子) 待ってました~!

(2階の桟敷に美津子)

志ん生) え~まああの、酒というものはですね…。

今松) おっ、「替(かわ)り目」だ!

志ん生) ちょっと飲むだけなら、薬でございますけども、

 世の中に酒に、妙に強い人とですね、また弱い人がい

 て、弱い人なんかは、すぐ、駄目になっちゃうんですね。

 

**********

 

<バー・ローズ>

政治) ♪オリンピックの顔と顔 ソレ トトント トトント 

 顔と顔~。おい、いいだろうママ。

マリー) えっ?

政治) 2番の歌詞がまたいいんだよ~! 

 ねっ、聴いて…聴いてほら。

テレビ) ♪「ハァー 待ちに待ってた 世界の祭り」

政治) いくよ…これ!

テレビ) ♪「西の国から 東から 北の空から 南の海も

 越えて日本へ どんときた ヨイショコーリャ どんときた。

政治) 呼んだの誰?

マリー) えっ?

政治) 俺だよ~! ママ…俺が呼んだんだよ…。

(椅子から転げ落ちる政治)

マリー) あららららら! ちょっと…。

 ねえ、もう帰ってよ。毎晩毎晩飲んだくれて…。

政治) 俺のオリンピックだよ…。

マリー) 帰るおうちがあるんでしょ?

 

**********

 

<田畑家>

政治) ♪オリンピックの顔と顔 ソレ トトント トトント 顔と顔

 ハハハ~。おい…おい! 元オリンピック男のお帰りだよ。

 酒! 菊枝ちゃん、酒くれほら。

 

**********

 

<高座>

志ん生) 「おい、酒くれ」。「いけませんよ今日は。今日は

 出さない」。「何だよ…飲ませねえってのは何だお前。

 言うほどのお前権利があるのか? お前に。えっ?

 お前はこの家の何だ?」。

 

**********

 

政治) かかあじゃねえかよ!

 

**********

 

志ん生) 「かかあのくせしやがって、女房の女…」。

 「何言ってんだ? あんた」。「100万年前の、トカゲ

 みてえな顔しやがって。何かつまむもんない?」

 「ないよ。鼻でもつまんだら?」。「今朝俺が残した、

 納豆の残りが35粒あったろ」。

 

**********

 

菊枝) 食べちゃった。

政治) 食べちゃったって…。そんな口の利き方する女

 じゃなかったよ菊枝ちゃんは。そういう時はね…。

 

**********

 

志ん生) 「頂きましたって言うの」。「頂きました」。

 「らっきょうがあったろ?」。「頂きました」。

 「チーズがあったね」。「頂きました」。

 

**********

 

政治) 頂くね、菊枝ちゃんは。ずっと頂いてる。じゃあ…。

菊枝) 頂きました。

政治) まだ言ってないよ。

菊枝) 分かりましたよ。屋台のおでんでも買ってきましょうか?

政治) おでん、結構! いいね~。もう10月だもんね。うん。

 すぐ駆け出すね、菊枝ちゃんは。よくないよそりゃ。えっ?

 おでん屋の鍋の中にもね、殿様の好きなものと嫌いなもの…。

菊枝) ナニとナニとアレでしょ? 分かってます。

政治) ハハハハ…。あ~。行っちゃった。

(テーブルの上にアイロン掛けが途中のシャツ)

政治) いい女房だな…本当。

 できた女房だよ菊枝ちゃんは。

 

**********

 

(回想)

(稽古する志ん生をそっと見守っているりん)

志ん生) 「俺にはもったいねえ。あ~。この飲んだくれの

 世話をしてくれんのは、三千世界広しといえども、女房

 よりいねえんだ。う~ん。世の中女房ほどありがてえも

 のはねえ。うん。器量だって悪くねえんだ。『あんたの

 かみさんは、美人だねえ』なんて言いやがんだ、世間

 の野郎が。ハッ。いい女だな、チクショウ。

(境内の木陰で笑うりん)

 

**********

 

政治) 本当、すまないと思ってるよ。「バカの一つ覚え」

 みたいに、オリンピック、オリンピックって…。

(アイロン掛けの霧吹きの水をコップにつぐ政治)

政治) 家庭を一切顧みない。えっ? 

(水を飲む)

政治) 新婚旅行も行ってない。オリンピックは何回も

 行ってんのに。子どもの運動会は一回も行ってない。

 駄目亭主だチクショウめ。あ~。命より大事なオリン

 ピック取り上げられて…てめえの敷いたレールを知

 らねえやつが走るんだよ。面白くねえよ。えっ? こう

 なったら、思いっきり女房孝行してやろうじゃんね~。

 菊枝ちゃんの好きな所行って、菊枝ちゃんの好きな

 もん食って、菊枝ちゃんの…。

菊枝) あなた。

政治) おいまだ行ってねえのかい!

 うん? どうしたの? 誰かいんの?

(玄関に競技場の模型)

政治) おっ…俺のオリンピック?

岩田) 忘れ物ですよ、田畑さん。

政治) えっ?

森西) こんな迷惑なもん、置いてかれちゃ困るよ。

大島) それにまだ途中ですよ、これ。

松澤) そうだよまーちゃん! ちゃんと完成させないと。

政治) お前ら…。

 オリンピックの顔と、顔と、顔と、顔と…。

4人) 顔!

(政治を指さす4人)

(笑い声)

政治) ありがとう…。

 

**********

 

何だかなあ…まさかのまーちゃん失脚。何だかなあ。

でも、こういうこと、いっぱいあるよね。今でもきっと

知らない間にいっぱいあるんだと思う。怖いなあ…。

政治って怖い。利権って怖い。人間が一番怖い(^_^;)



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