大河ドラマ
「いだてん～東京オリムピック噺～」
第28回～走れ大地を
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政治） 「必ず勝つ」と書いて「必勝」、これを
合言葉に、次のロスではメダルをガバガバ
取ってやろうじゃんね！ 名付けて、メダル
ガバガバ大作戦だ！
五りん） 早速、行動に移したまーちゃん。
まず考え出したのは…。
政治） 日米対抗戦をやります。ロサンゼルス
オリンピック直前に、世界の覇者、アメリカの
ベストチームを招いて前哨戦をやるんです。
この日本で、アメリカを徹底的に叩きのめし、
自信喪失に陥れてやるんですよ。シシシ…。
五りん） 昭和6年8月７日。まーちゃん念願の、
日米対抗水上競技大会が、幕を開けます。
さあこちらにご注目！ 1万3000人収容でき
る、神宮プールのスタンドは超満員！
政治） どうだカクさん！ なっ？
みんなうれしそうな顔してるだろ。
五りん） 大歓声の中、日米のベスト
チームがしのぎを削ります。
昭和6（1931）年8月 日米対抗水上競技会
（政治を押しのけ、
高石に小旗を振る着飾った女性ファン）
政治） おお…。
松澤） 痛い痛い…。
政治） すごいな！
女性たち） キャ～！
政治） おい、勝っちゃん頑張れ！ はいはい…
静かにしよう。はい静かにね。
勝っちゃん、集中してるよ。静かにしよう。
男性） レディ…。
（女子のスクール水着型の水着を着た男子選手たち）
政治） いけ！ 勝っちゃんいけ！ いけ、勝っちゃん！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜街灯ラジオ＞
ﾗｼﾞｵ・河西） 「こんにちは。司会の、河西です」。
一同） お～！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜スタジオ＞
河西） 「大成功を収めました、日米対抗戦。え～
本日は、水泳連盟の皆さんをお招き致しまして、
3日間にわたる、熱戦を振り返って頂きます。
え～まず、松澤監督に伺います。
松澤） はい。
河西） 水泳世界一のアメリカを相手に、
蓋を開ければ…。」
ﾗｼﾞｵ・河西） 「40対23の大差で圧勝！」。
一同） お～！
松澤） へへへ…。
河西） この結果は？
政治） はい。私は満足しておりません。
ﾗｼﾞｵ・政治） 「遠征には、2割のハンディキャップ
がある。ロスのオリンピックでは、反対に、日本
が2割不利となるわけです」。
ﾗｼﾞｵ・河西） 「今しゃべったのは田畑さんです」。
政治） 松澤も、同じ意見です。なっ？
松澤） …はい。
政治） はい。更に細かく結果を見れば、アメリカ
は、2日目から作戦を変えた。すなわち、オリン
ピック種目に、カリリやオルトンといった強い選
手をナニして、それ以外を捨てるという作戦で
す。もしこれが、オリンピックなら、日本は負け
です！ なっ？ 更にですよ…。
松澤） まーちゃん！
あの…聞かれてるの僕だから。
政治） あっ…あっそ。
河西） え～競技ごとに、分析して頂けますか？
え～助監督の、野田さん。
野田） えっ？ あっ、はい。まず、100m自由形。
大接戦を制したのは、米国の、ハウランド。
2着は、14歳の新鋭、宮崎康二。3着の高石は、
100mでは初めて、日本人に負けを喫しました。
政治） 練習不足でしょうな。高石は、春から
商事会社に就職して忙しいんです。いずれ
にしろ、ピークはとうに過ぎとります。
松澤） いや、私はまだいけると見ています。
ﾗｼﾞｵ・松澤） 「え～監督の、松澤です」。
松澤） ロサンゼルスまで1年ある。宮崎という
ライバルを得た今、気を引き締めれば挽回
できます。
河西） え～同じことは、平泳ぎの、鶴田選手
にも言えますか？ 200では、16歳の小池に、
勝ちを譲りました。
政治） 鶴田は、脚力が落ちてるんじゃないかな？
ﾗｼﾞｵ・松澤） 「僕は小池が鶴田をよみがえら
せるという言葉を使いたいです！」。
政治） レコードが全てだよ！ 200mに関しては、
2分50秒を切れるかどうかです！
熱っ！ 熱い…熱いよ。
ﾗｼﾞｵ・松澤） 「鶴田はね、世界記録保持者ですよ！」。
政治） そこに固執するのがよくないよ！ カクさん！
問題は、1年後の記録だよ。極論を言えば、50秒
を切ったら、何人でも連れてくさ。
河西） 女子はどうでしょうか？
政治） そりゃあ、前畑だろう。
松澤） 前畑でしょうな！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
五りん） 女子のはつらつとした泳ぎも注目を集め、
日米対抗戦は、興行的にも大成功を収めました。
＜プールサイド＞
ｷｯﾊﾟｽ） マッチャン！ ヘイ、マッチャン！
政治） あっ…何だい？
ｷｯﾊﾟｽ） （英） ロスでは絶対負けないからな、まっちゃん。
政治） （英） オレはまーちゃん。ロスで会おう！
記者） シェークハンド、シェークハンド プリーズ。
政治） キッパス。
（キッパスと握手をし、カメラに向かってニッコリする政治）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
政治） ナニのナニに私を？
野口） 体協の理事に貴様をだ。
これ以上の名誉はなかろう。
治五郎） 会長の岸君も、
君を推薦するそうだ。どうかね？
政治） ちょっと、考えさせて下さい。
治五郎） 無論返事は今でなくともいいんだよ。
政治） あ～はいはい…。うん、嫌です。考えました。
嫌です。絶対嫌。お断りします。嫌嫌嫌。
治五郎） いや、返事は今でなくともいいんだよ。
政治） 水泳総監督として、ロスに行くんです。
それだって会社の上司ににらまれてんだ。
体協理事なんて余計な看板真っ平です。
野口） 余計とは何だ余計とは！
治五郎） まあまあまあまあ…。
はあ～田畑君、私は、君のことが…。
政治） 嫌いでしょ？
治五郎） うん。
政治） 俺も嫌いだね～理事。偉そうに髭生や
してシルクハットかぶって、開会式と閉会式
だけ出て、あと理事って何すんの？ 髭生や
して、お金ちょっとだけ出して、要するにあれ
だ…ご隠居だ。嫌だね～髭生やして…。
治五郎） 髭は生やさんでいい！
政治） 出ますねでかい声が。ハハハ。
ほら、お茶が波打ってる。
治五郎） お前、このあと何かあるか？
政治） なくてもお断りします。
治五郎） あっても来い！
この口を閉じて、ついてこい！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
永田） 昭和15年はね、我が国の、紀元2600年
にあたります。東京市にとって、非常に重要な
年なんだ。こちらは陸上総監督の山本忠興君。
治五郎） 知ってます、ハハハハ。
山本忠興） 先日、IOC委員、エドストロームと
会談いたしまして、可能性はゼロではないと
のお言葉を頂きました。
治五郎） おお…。
山本） ただしやはり、
ヨーロッパからの移動距離が…。
政治） あの～お話中すみません。皆さん
さっきから、何の話をされてるんです？
治五郎） いいですいいです…。
永田） こちらは？
治五郎） あ～見習いです。続けて下さい。
政治） 見習いとは何です？ 水連の田畑。
水泳総監督の、田畑です。
永田） おや！ それはそれは。水陸の、
トップがそろってんだ。これは話早いね。
政治） えっ、何が、何が？
治五郎） 東京でオリンピックをやる。
政治） はあ？
治五郎） 東京でオリンピックをやるんだよ。
市長はそういうお考えだ。
永田） 思い返せばね…大正12年9月1日、
関東大震災…あれから７年ですよ。
まあすっかり元通りという訳にはいきませんが、
昨年の復興祭で、一区切りつきました。うん。
長々とお借りしていた、神宮外苑競技場を、
ようやく、お返しすることができます。
治五郎） いやいや…あれは国民のための、
スタジアムですから。
永田） 国民のためのスタジアムで、国民のため
のオリンピックをやって下さい、先生。立ち直っ
た日本をね、私はね…世界に見せたいんだ。
政治） 日本を、世界に見せる？
治五郎） そこだよそこ、永田さん。世界中の人が
この東京にやって来て、人種も思想も超えて、
スポーツで技を競い合うだ！
永田） 彼らはね、日本のね、文化、精神に触れ
てね、それをね、へへへ…持ち帰るんだ。
治五郎） まさに、平和の祭典。
どうかね？ 東京オリンピック構想！
政治） へっ？ ええ…。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜体協本部＞
山本） いかがでしょう？ 岸会長。
岸） 呼ぶのは結構だが…数々の困難が横た
わっておる。金、通訳、宿泊施設、交通機関、
どれもこれも足りない！ 大体、ついこの間ま
で、補助金を出し渋ってた役人の、手のひら
返しの、戯言に踊らされて…。
治五郎） 戯言から始まるんだよ、こういった
ものは！ 初めて参加したストックホルムは
どうだった？ 私の戯言から始まったんだよ。
たった2人の選手を連れて、右も左も分から
ず参加してから20年。これは、体協創設以
来の、私の悲願でもあり、日本国民に希望
を与える、大仕事なんだよ。やろうよ岸君！
岸） やってみます？
治五郎） やってくれるんだな！ ありがとう岸君！
ほら…。（岸を抱き締める治五郎）
治五郎） さあ、山本君。
山本） はい！
治五郎） まず何をする？ このヨーロッパから、
日本に、選手団がシベリア鉄道に乗ってやっ
て来るんだ。それには何が必要だ？ まず。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
ところが、出鼻をくじく、不吉な事件が勃発
します。日本が所有する、南満州鉄道の
線路が、爆破されました。満州事変です。
昭和36（1961）年
五りん） 満州事変って当時どうだったんですか？
志ん生） そりゃあお前、国民は関東軍、万歳だ
ろう。売られた喧嘩だ。中国やっつけて、満州
まで占領しようってな。
五りん） えっ、でも、関東軍の自作自演だったっ
て学校で習いましたよ。ここにも書いてあるし。
志ん生） そりゃあ、戦後の話だろう。当時はな、
日本に都合の悪い記事は、新聞、書けなかっ
たんだ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜昭和6年・朝日新聞社＞
男性） 号外、来ました！
男性） 来た来た…。
男性） 局長、局長！ 現地の記者は、
このまま戦争に発展すると言ってますよ。
緒方） おい、待て待て待て。
男性） 政府は10時半から緊急閣議を開くそうです。
男性） 10時半？
緒方） じゃあ吉田と、豊川、応援に行ってこい。
吉田・豊川） はい。
緒方） 一旦解散。
一同） はい。
政治） 出来たぞ～！ オリンピックの応援歌
募集の広告だ。ほら！ ハハハハ。
男性） 局長！ これまでどおり、
軍縮路線を貫くんですよね？
男性） 当然だろうが！
緒方） 落ち着け。ただでさえ、新聞は軍部に目
をつけられとるんだ。戦争を避け、平和的解決
を望む。君たちは、情報収集に努めてくれ。
一同） はい。
政治） 局長、ロサンゼルスオリンピックの、
応援歌募集です。ねえ、ねえねえ…どなた
か、オリンピックの応援歌の審査員を。
男性） こんな時に不謹慎だぞ。
政治） わっ…何すんだよおい。
河野） 田畑、今夜つきあえ。
政治） ああ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜バー・ローズ＞
政治） 関東軍の仕業！？ 何？ 中国じゃないのか？
河野） 田畑、お前政治部の記者になって何年だ？
政治） パリ、アムス、ロスで8年か。
河野） オリンピックで数えるな。
政治） ハハハ…。
河野） いいか？ 中国との戦争が長引けば、
日本は国際社会で孤立する。オリンピック
どころの騒ぎじゃなくなるぞ。
政治） どうした？ 河野。何かあったのか？
河野） 実はな…記者を辞めようと思う。
政治） 何？
河野） 新聞なんて無力だ。いくら得意になっ
て政府を批判したところで、庶民の暮らし
はちっとも楽にならない。だったら、代議士
になって、村の用水路一つ直した方がよっ
ぽど世のためになる。
政治） 代議士？
河野） ああ。
政治） 政治やんのか？ お前が？
河野） ああ。田畑…。
マリー） 選挙に勝てるかどうか、
占ってあげようかね。
河野） ちょ…ちょっとおばさん黙ってて。田畑、
新聞はもうダメだ。言論の自由はいずれ軍に
奪われる。俺は政治で日本を変える。お前は
どうする？ 本気で記者を続ける気はあるのか？
政治） ああ、もちろんだ！
河野） だったら…
特ダネの一つも取ってきたらどうだ？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜高橋是清の屋敷）
是清） それで私を訪ねてきたのかね？
政治） はい。トップから下りていった方が、
間違いないと思いまして。アムスの時は、
ご援助ありがとうございまし。はい。これ
お土産、オランダの、木ぐつです。
…で、何かないですかね？ 特ダネ。
（是清に木ぐつで頭を叩かれる政治）
政治） 痛い…。
是清） 君という男は…。
政治） 自分でもあきれます。正直に言います。
頭の中、9割9分、水泳のことで一杯です。次
の総理が誰になるかより、高石と宮崎どっち
をリレーに出すかの方が重要ですもんね～。
是清） 君は、政治部の記者には向いていない。
政治） はい。
是清） ただ…悪運は強いようだ。
政治） はい？
是清） 満州問題を解決できず、若槻内閣が
総辞職して、犬飼さんが、次の総理に指名
されたよ。
政治） えっ！？
是清） 君にとっては、重要ではないかもしれんが。
政治） はい…いや…はい。
女性） 失礼いたします。
是清） はい。
政治） あっ、犬養毅！
（指をさす政治）
政治） …さん。
犬養毅） 夜分に、すまん。
是清） ここでは何ですから、こちらへどうぞ。
（政治を手で追い払う是清）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（電話室に飛び込む政治）
電話・政治） おい…いいかいねえちゃん。やっと掴
んだ特ダネだ。アレがナニに、大蔵大臣にナニし
て、アレがナニしたんだ。いや…ちゃんとナニにし
てくれなくちゃ困るよ！ なあ？ アレが、ナニに、
大蔵大臣をナニして、アレがナニしたんだよ。
高橋是清は、自身４度目の大蔵大臣を打診
され、これを承諾。犬養内閣が、発足しました。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜新聞社＞
政治） ちゃんと書いてる…。これ、田畑の記事
で～す、細田さん。田畑の記事です。
これがまーちゃんにとって、初めてのスクープです。
緒方） お～大したもんだ田畑。金一封出るぞ。
政治） はい！ 田畑、やりました！ やりました！
一同） お～！
緒方） あれも大いにやれ。
政治） えっ？
緒方） オリンピックの応援歌だよ。
政治） いいんですか？
緒方） ああ、大々的に宣伝してやる。
政治） ありがとうございます！
ばんざ～い！ あれ？ ばんざ…あれ？ 何よ…。
緒方） おい、そしてこれは、俺からの祝儀だ。
政治） えっ？ えっ？
緒方） 女紹介してくれって言ってたろ？
政治） あっ…。
緒方） 酒井菊枝嬢だ。
日本橋にある、酒井商店という、工業用品
を扱ってる会社の、社長令嬢だぞ。
政治） 社長令嬢ね～。
それどころじゃないんですよね～。
緒方） えっ？
政治） もうすぐ、強化合宿なんで。あれ？ 河野は？
緒方） おい、田畑…。
政治） 河野…河野？ 河野 河野？
緒方） おい、田畑…おい田畑？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜廊下＞
政治） おっ、河野！ 河野！
やった…やったぞ河野！ お前のおかげだ。
河野） 頼んだぞ、田畑。
政治） ああ、新聞は俺に任せろ。
河野） フッ…誰が任せるか。
お前はスポーツでもやってろ。
政治） 何！？
河野） スポーツが盛んなうちは、国は大丈夫だ。
俺は政治をやる。お前はこの国のスポーツを頼む。
政治） お…おう！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
昭和７年３月、ついに関東軍が満州を占領し、
満州国独立を宣言。ところが、満州国を承認
しようとしない政府に、軍部の不満は高まっ
ていきます。時の内閣総理大臣、犬養毅。困
難な立場にありながらも、自身も記者出身だ
ったため、気さくに取材に、応じたそうです。
＜首相官邸＞
政治） 失礼します。
犬養） うん？ 君…是清さんの家で会ったな。
政治） は…はい！ 朝日の田畑です。
犬養） 緒方竹虎が嘆いとったぞ。あいつは
オリンピックに肩入れし過ぎとると。
政治） そうなんですよ～。ロサンゼルス大会
の、応援歌を一般から募集しておりまして、
是非、式典に参加して頂けないかと。
（応募記事を載せた新聞を差し出す政治）
政治） 5月15日なんですが。
犬養） ロサンゼルスか…。
政治） はい。あっ、失礼します。
（募集記事を見る犬養）
犬養） う～ん…今アメリカでは、反日
運動が盛んだからな。用心したまえ。
政治） はい。東京へ、オリンピックを
呼ぼうという動きもありますが。
犬養） 今の日本じゃ難しかろう。とにかく、満州問
題を一日も早く平和的に解決しなくては。そもそ
も私は、満州国建国を認めるつもりはないのだ。
政治） それ書いてもいいですか？
犬養） ああでもせんと、関東軍は世の中ひっくり
返せんと考えたんだろうが、愚かだ…。いかなる
場合も、武力に訴えてはならん。人間同士、向き
合って、話せば分かり合えるんだよ。
（犬養に見とれる政治）
犬養） スポーツは…いいな。戦争は、勝つ方
も負ける方も、つらく苦しい。だがスポーツは、
勝っても負けても清々しものだ。
政治） いえ、勝たなくちゃ駄目です。
犬養） うん？（笑） 応援歌…楽しみにしとるよ。
政治） ありがとうございます。
犬養さんは、スポーツは何がお好きですか？
犬養） わしは、何にもできん。
政治） えっ？
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜新聞社＞
政治） 「総理は、満州建国を認める
つもりはない。一日も早く、平和的に」…。
（速記係の女が書き取る）
政治） やめた！ これは、俺のやることじゃない。
こんな暗いニュースばかり読みたくないじゃん
ね～？ 特ダネなんぞ要らん！ それよりほら、
あれ…あれどこやった？ あれ。あれあれ…
あれ…。おい、起きろ、お前…おい！あれだ
あれ…あれあれ…。え～っとね…あれ…。
（最終選考に残った応募作品を差し出す速記係）
政治） あっ、よく分かったね。これ、これこれ…。
オリンピック応援歌よ。どれ…。「朗らかに いざ
立たん 我が選手」。これ…君どう？ これ。
（ウキウキした政治の隣に座る速記係の菊枝）
政治） 「若き者 選ばれし者 水を蹴り 地に走る」。
あっ、いいね…。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜神田YMCAプール＞
松澤） デンマーク体操、始め～！
一同） はい！
五りん） 一方そのころ、東洋一といわれた
神田YMCAのプールでは…。
松澤） 大横田腰入ってない！
大横田勉） はい！
五りん） まーちゃん率いる男子水泳の
オリンピック選考合宿が始まります。
政治） やるぞ～！
一同） はい！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
松澤） 無論これは、オリンピックに勝たんが
ための合宿であるが、技のみならず、精神
的な統制のとれたチーム作り！
一同） はい！
松澤） 日本代表の名に恥じない行動！
一同） はい！
松澤） 英会話！
一同） はい！
松澤） マナー講座！
一同） はい！
松澤） 社交ダンス！
一同） はい！
松澤） 洋式便所の使い方。
一同） はい！
松澤） など、国際人としての…。
政治） もう結構だ！ 何が何でも金メダル、いいな！
一同） はい！
政治） 始め！
五りん） えっ、ええ～！？ 素っ裸？ そうなんです。
地下のタンクプールでは、ふんどしや水着で泳い
でいた河童たちですが…衛生面に難あり、と待っ
たがかかったのです。え～従ってここから、特に、
背泳ぎの選手は、上半身中心の映像になります。
政治） いいぞ清川。いいぞ清川…。
松澤） フォームを大事に！
政治） ラスト、ラスト…おい、ラスト！ いいぞ、
清川！ よいしょ～！ よ～し清川、自己ベスト！
松澤） まーちゃん、タイムを気にすると
フォームが乱れるから。
政治） ところでさ、高石鶴田どうした？
松澤） え～勝っちゃんは、
仕事がない日だけの、参加ということで。
政治） ツルさんは？
松澤） え～ツルさんは…。
野田） 実は、鉄道会社に就職が決まったそうで。
政治） 何！？ ツルさんが就職！？
（回想）
鶴田） 金メダルなど一つでたくさんじゃ。
メダリストだからっていい気になっちょったら、
一生飯が食えんくなるからな。
野田） そう言い残して、満州に旅立っていきました。
政治） 満州！？
野田） 南満州鉄道です。
政治） オリンピックは？ ロスはどうなる？
松澤） 事実上の引退です。実に惜しい。
２大会連続で、金メダルを取らせたかった。
政治） しょうがないじゃんね。
松澤） まーちゃん…。
政治） あれも来年30だ。小池がいれば十分。
松澤） 勝ちゃいいって考えには、承服しかねます！
政治） 何？
松澤） 若い選手は、放っといても伸びる。ピークを
過ぎた選手を見捨てず、勝利に導く。それが真の
指導者です。違いますか？
政治） 違うね。情に流されんのが日本人の悪い
癖だ。タイムが同じだったら、若い選手を出す。
世代交代。鶴田高石は過去の存在だよ。
野田） あの～…。
政治） 何だよ？
野田） その小池が、伸び悩んでます。
政治） 何！？
野田） ツルさんがいなくなって張り合いが
ないんじゃないでしょうかね？
政治） 何してんだよ。呼び戻せよ、鶴田を。
電報！ 今すぐ電報だよ！
野田） あっ、はい。何て打ちますか？
政治） 「鶴田」。
野田） 「鶴田」…。
政治） 「小池の練習台になってくれ！」。打て早く。
松澤） まーちゃん！
政治） 早く打てよ！
五りん） う～ん…もうちょっとね、こう、優しい
言い方なかったんですかね～？ え～男子
に遅れること５日、女子の合宿が始まります。
松澤） いいね～！ うん、いいよ。
位置について、よ～い…。
五りん） おっ？ あ～何だこっちは水着かよ。
あっ、いえいえ…。自由形の、松澤初穂、
小島一枝、らが技に磨きをかける中…
（平泳ぎの練習をする前畑）
政治） おい、ご苦労…ご苦労さん。どう？
松澤） 前畑君はまだスランプを脱してないのかね？
野田） 女心はいろいろ複雑ですからね。
政治） どれ、俺に任せろ。
松澤） いや、あの…まーちゃんは…
まーちゃんは行かない方が…。
松澤） 前畑君！ おい、前畑君！ おい、おい！
そんなんじゃ金メダル取れないぞ。えっ？
松澤） まーちゃん駄目！ ちょっと待って待って。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜ロビー＞
前畑） 母は言うんです。勝てやんかったら、おて
んとさまに顔向けできやんって。父も言うんです。
おまんのひとかき、ひと蹴りに、日本中、世界中
が注目しとる。負けたらええ笑いもんやって！
松澤） あ～あのね、前畑君、君のご両親は
誤解をしている。何なら私が手紙を書こうか？
オリンピックは戦争じゃない、勝ち負けが全て
じゃないと。
政治） 勝ち負けが全てだよ。
これはアメリカとの戦争だ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜施設内の監督室＞
高石） 勝ちますとも。
練習不足は、現地で挽回します。
政治） 君を試合には出さん。
高石） しかし…僕はキャプテンですよ？
政治） だからロスには連れてく。
チームを束ねてもらわねばならん。
だが…今の君にはメダルは取れん。
日本が一つでも多く、メダルを取るためだ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜ロビー＞
初穗） あのコーチ、実は…。
松澤） 何よ～。
初穗） もう、ご両親はいらっしゃらないんです。
野田） えっ、えっ？ どういうこと？
初穗） お亡くなりになったんです、去年ご病気で。
一枝） お母さんは脳卒中、お父さんは、
肝臓を悪うして、立て続けに。
松澤） 前畑君、なぜそれを、先に言わん？
野田） 苦労したんだね。
前畑） それ以来、毎晩、母と父が枕元に…。
松澤） えっ？ お化けの話！？
ここ、お化けが出るの！？
前畑） やっぱり、実家の豆腐屋継ぐべきやった
んやろか？ うちだけ、働きもせんで、水泳ばっ
かり…。ついでに三食付いちゃって、英会話と
か、社交ダンスまで教えてもろて…。
鶴田） みんなやっちょるかい？
一同） ツルさん！
鶴田） 小池君がだらしなかで、
満州から連れ戻されたよ。
松澤） 君の人生だぞ前畑君。
（前畑は鶴田の釘付け）
松澤） 家族に申し訳ない。
帰りたいと言うなら…そうすればいい。
でもそれで…天国の、
ご両親は喜ぶかね？ 前畑君？
前畑） あっ、あっ…はい、はい。
松澤） わっ、鶴田！
鶴田） お～勝っちゃん！
今日から合宿に加わることになったよ。
高石） 俺は抜ける！
松澤） お…おい、待て、勝っちゃん！
前畑） あっ…あの…。鶴田選手、ですよね？
鶴田） 君は…。前畑君かね？
前畑） はい！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
松澤） 待ってって、勝っちゃん！ ちょっと、待ってって！
高石） もう我慢ならん！ 選手の気持ちが理解でき
ひん総監督に、僕はついていけません！
松澤） こらえてくれ、勝っちゃん！
何があったか知らんが、こらえてくれ！
高石) いつから田畑さんは、
あんなメダルの亡者になったんですか！
松澤） 勝っちゃん声が大きい…。
（松澤を押しのけ、煙草をくわえる高石）
高石） ピーク過ぎてんのは、わいが一番分かっ
とるわ。今かて、宮崎と並んで泳いでるだけで、
緊張で、飯が喉を通らんほどや。
松澤） おい勝っちゃん、関西弁！
関西の顔になってるぞ！ 合宿中は禁煙！
高石） そもそも何やねん！ 田畑さんって、何なの！？
指導者でっか？ ストップウォッチ片手にうろうろ
しくさって、泳いどるとこいっぺんも見たことない！
ほんまは、泳げんのとちゃいます～！？
松澤） お～…よげる！
まーちゃんは、クロールもできる！
高石） 見たんですか！？
松澤） 見ては…いない！ だ…だが…見た人の話
によると、それはそれは美しい…さざ波のような、
クロールだったそうだ。例え泳げなくとも…それを、
補って余りある、魅力がある！ だから、まーちゃ
んのためなら、一肌脱いでやろうと思うんだよ。
政治家だって、嘉納治五郎だって、まーちゃんの
こと放っとけない！ そう思わせる、何かが…
田畑政治には、ある！
高石） 何かって…何なんですか！？
松澤） それが…分からないんだよ。
教えてくれよ、勝っちゃん。
政治） カクさん、ちょっと出てくる。
松澤） ど…どちらに？
政治） 首相官邸。
犬養さんと、面会の約束が取れたんでね。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
そしてついに、オリンピック応援歌が決定しました。
４万８０００通の中から選ばれたのは、
東京の中学生、斎藤龍君の作品、「走れ大地を」。
そのお披露目の日、昭和7年、5月15日。
♪走れ大地を 力の限り 泳げ正々
しぶきをあげて 君らの腕は 君らの脚は
我らが日本の 尊き日本の 腕だ！ 脚だ！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜首相官邸＞
医師） はい、結構です。
犬養） 至って健康…
あと100年は生きられそうじゃわい。
女性） 100年だって。
（銃声）
男性） 暴漢が闖入しました。お逃げ下さい！
（一点を見つめる犬養）
♪飛べよ雄々しく 地軸を蹴りて 投げよ堂々
青空高く 君らの力は 君らの意気は
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（プールで練習をする高石たち）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
三上卓） 首相の居所を言え！
男性） 知るものか！
（銃声）
（廊下に立ち、微動だにしない犬養）
♪我らが日本の 輝く日本の 力だ！ 意気だ！
（銃を構えた海軍の青年将校）
（空撃ちの音）
犬養） まあ、待て。話せば…分かる。
男性） いたぞ～！
男性） こっちだ！
三上） 待て！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（泳ぐ高石）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
犬養） 靴ぐらい、脱いだらどうだ？ 話を聞こう。
（犬養に銃を向けた将校たち）
三上） 何か言い残すことはないか？
♪揚げよ 日の丸 緑の風に
三上） 問答無用！ 撃て～！
（銃声）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
♪君らの誉は 君らの栄えは
我らが日本の 青年 日本の
緒方） 応援歌の式典は中止だ。
政治） なぜ？
緒方） クーデターらしい。犬養首相が撃たれた。
政治） えっ？
（会場に用意された犬養の席）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
犬養） 傷は…深いか？
大野） いや…浅いです。
（右のこめかみ、左の頬から大量の出血）
犬養） 急所に、当たっておるか？
大野) いや…だから、話もできれば、
タバコも持てるではありませんか。
犬養） それなら…！ それなら…
今の…若い者を…もう一度呼んでこい。
話して…聞かせることがある。
（立ち上がろうとする犬養）
犬養） あっ…ああ…ああ～！ くっそ…。
あっ、ああ、ああ…。
大野） 総理…。
午後11時26分、
犬養首相は、息を引き取りました。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
政治） ♪我らが日本の 尊き日本の
（ズボンの裾をまくり、プールサイドに座った政治）
政治） ♪腕だ！ 脚だ！
（裸足で水面を蹴る政治）
（回想）
犬養） いかなる場合も、武力に訴えてはならん。
人間同士、向き合って、話せば分かり合えるんだよ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜新聞社＞
男性） このままじゃ統制が厳しくなるな。
もはや軍縮なんて現実的じゃないぞ。
男性） このままだと、軍の広報になっちゃいますよ。
緒方） 撃った将校は一部じゃ英雄扱いだ。
世直しだとか、政党政治の終わりだとか
本気で騒いでる。
政治） 犬養さんは、平和的に解決したいと、
おっしゃってました。
（緒方に向き直る政治）
政治） 今後、うちの編集方針は？
緒方） 残念だが、これ以上軍部に睨まれたら、
潰されかねない。こんな時にオリンピックか…。
政治） 何言ってんですか！
こんな時だからこそ、オリンピックですよ！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜ロサンゼルスオリンピック水泳チーム壮行会＞
治五郎） こんな時だからこそ、諸君は、スポーツ
大国へと成長した、日本の姿を、世界に見せな
ければいけない！ 国際社会で、孤立しつつある、
日本を背負って、懸命に、戦ってくれ！
一同） はい！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
＜夜明け・新聞社＞
政治） ロサンゼルスオリンピック、水上競技、
最初の戦い…。ロサンゼルスの、雲一つな
い、青空の下、100m自由形、号砲一発、一
斉に飛び込む！ 日本、宮崎リード。日本、
宮崎リード。日本、強すぎる！宮崎、宮崎、
…ゴール！ 金メダル！ 日本、強い、強す
ぎる！ ワン ツー スリー フィニッシュ！
（そっと政治を見ている菊枝）
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
（人々に見送られ、大型客船に乗る選手達と政治）
政治） おい、すごいぞみんな！ 早く！ 早く早く！
行ってくるぞ～！
志ん生） 次回、ロサンゼルスオリンピック
大会の、巻です。頑張れ！ 行ってこい！
うん、負けんな！
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
勉さん…じゃない、犬養毅…五・一五事件のこと、
全然知らなかった。本当に、近代史に疎すぎる私。
いかなる場合も、武力に訴えてはならん。人間
同士、向き合って、話せば分かり合えるんだよ。
本当にね…。みんながそう信じて、行動できれば
いいのだけれど。武力に訴えてはいけないよ～。
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