こんにちは、ぴぴです![]()
ついにとんでもない頭痛と不調から解放されました![]()
途中、ナチュラルに死ぬのかな…とか思いましたが大丈夫でした。苦笑
そうしてまたちょっといろんなことの見え方が変わったのでシェアさせてください。
主に精神的自立と使命、経済的自立、彼との関係性です。
今日は精神的自立と使命に関して書きます。
主にサイレント後期~統合期にいる方向けの内容になっています。
使命のカタチ
具体的な活動を思い浮かべがちですが、最初の接触はどちらかというと具体的な活動に転換できる素、エッセンスのようなものだと思います。
私の場合は「自己犠牲をせず100%利他であれる何か」という一見矛盾したようなものがコアです。
私がこれだったんだ…と感じた瞬間、使命の形はそんな無形のものでした。
使命はいったん自覚すると、その後のすべての意思決定の中心になります。
成長の芽であり、幸せの芽であり、自分が自分であるためのもの。
むしろ、使命=私
自分の存在意義そのものと確信せざるを得ないくらいの強さのあるものです。
使命を”思い出す”ということ
使命を”思い出す”という表現ですが、普段日常で何かを思い出す感覚とは少し違いました。
個人的には出会ったorやっと納得できたという感覚が近いです。
なのに思い出したと書くのには理由があります。
それは、彼に出会ってからずっと、ここに至るための行動しかとっていなかったからです。
振り返ってみると、全くブレずに、この使命に形(言葉)を与えるための模索しかしていませんでした。
表向きは彼への執着や恋愛感情で揺れていたようで、その解決を求める方向がまっすぐこの使命を目指していたのです。
はじめからここだとわかっていたとしか思えないくらいそれしかやっていませんでした。
精神的自立によって促される使命への目覚め
使命を思い出したとき、経済的にも精神・肉体的にもかなり厳しい状況に追い込まれていました。
(今もまだ厳しい状況が尾を引いています)
やっと経済的不安から抜ける兆しが見えたと思った矢先に今回の不調で、またもとことん自分に向き合わされました。
このなかで、『無形の価値』を思い出すことになりました。
よく言うところの『ただ在るだけで価値がある』、この無形の価値への実感です。
この部分を認めたい自分自身に気づかず、無自覚にその評価を他者に求めた結果が依存や執着生んでいたことに気付きました(他人軸ですね)
この無形の価値は本来他者に評価をゆだねられないもの、自分で評価しなければいけないものだったのです。
それこそが自分軸の芽。
ついに精神側が満ちたのがわかりました。
彼へ向けていたエネルギーで自分が満たされ、完全に自分に軸が戻ってきた瞬間でした。
これ以降、意思決定の中心に彼を含め自分以外の存在が上ることがなくなりました。
精神的自立の完了はこういう形でかなりはっきりとわかるものでした。
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精神側が満ちたことで使命が明確になり、そして現実へとシフトしていく…
この流れもあまりにも綺麗で、もはや面白くなってきました![]()
なぜお金が必要なのか、それは「お金がないことには自由になれないから」ではありません。
身体的変化なども含めて、次回はそのことについて書きたいと思います。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました°✧˖°
あなたのすべてがあなたの愛で満たされますように°˖✧˖°♡