前回、アニポケの脚本家である首藤氏について語ったけど、そんな彼の残した作品群は、やはりというか『無理やりにでも子どもをアニメファンから卒業させよう』という意思が強いものが多いと感じてしまうんだよね。

 

 この、宇宙戦士バルディオスも、そんな作品の一つだと俺ちゃんは思ってるのよ。

 世界観やエピソードだけで見ると、バルディオスはSF要素や人間描写も突き詰めたスーパーロボット作品ってことで、その部分は普通に素晴らしいと思う。

 スーパーロボットが異星人の侵略と戦うってコンセプトではあるけれど、単なる熱血ロボアニメじゃないからね。

 

 主人公は地球の敵である異星人側の裏切り者、敵の幹部との交流やすれ違いなど、敵メカとの戦闘以外にも見所はあって、それだけ見ているとなかなか良作に思えてしまう。

 でも……知っている人は知っている、驚愕のラストで全てがひっくり返されちゃう。

 

 ここから先は、ネタバレになるから知りたくない人は読まない方がいいかもね。

 母星が放射能汚染されて地下生活を余儀なくされていたせいで、地球侵略を仕掛けていたSー1星人なんだけど……彼らとバルディオス&地球軍との戦いで、ついには水星や金星も破壊され、地球の環境もメタクソになる。

 最後はとうとうラスボスが核ミサイルをブッパしたことで、地球は放射能汚染により誰も住めない星と化してしまい……その時点で、Sー1星人達は気づくんよ。

 自分達の手で地球を汚染し、その汚染された地球の遥か未来の姿がSー1星であるということ……要するに、卵が先か鶏が先かのパラドクス状態になってしまっていたということにね。

 

 こんなラストだからして、最後は誰も勝利者がいないまま、地球が半壊して終わってしまう。

 人々は地下に逃げるしかなく、Sー1星人もとい未来の地球人達も無責任にも他の天体を探して太陽系から逃亡。

 地表を津波が襲い、そのまま終了という身も蓋もないエンディング。

 

 なお、打ち切りの影響もあって駆け足になったとのことで、後に映画版が作成されたんだけど……そっちはもっと悲惨なエンドで、主人公が事実上の敗北(ラスボスには逃げられ地球も守れなかった)となり、放射能汚染された地球で静かに死んで行くしかないという、更に酷いラストだったとか。

 

 もうね……なんというか、視聴している側からしたら『ぽか~ん』とするしかないのよ、これは。

 全滅エンドで有名な黒富野でさえ、こんな酷い終わらせ方はしていない。

 転生含め、どこかに希望を残す全滅なのに、バルディオスにはそれさえない。

 小説版では、逃亡したSー1星人達は更に過去の地球へとタイムスリップし、そこで人類の祖先となったとされているので、これは映画に輪をかけて救いがないね。

 なにしろ、人類という種そのものがタイムパラドクスの袋小路に迷い込んだが故に誕生した存在であり、どう足掻いても地球も人類も滅亡するしかない……それこそ、単に地球という星を破滅させるためだけに存在している、本来なら存在してはいけなかった生命体みたいな扱いなんだもの。

 

 最近はスーパーロボット大戦に参戦したことで、この酷過ぎる全滅エンドは救済されているっぽい。

 でもねぇ……そもそも、全滅エンドにしなくても、地球を救う方法なんていくらでもあったはずなのよ。

 未来の地球人達は環境回復や放射能除去の研究もしていたらしいから、過ちに気づいたSー1星人達がそれを使って過去改変するとか、あるいは地球を脱出する者と残留する者に分かれた上で、脱出した者達は未来の地球であるSー1星に、ラスボスがいなくなった後に戻ってきて地球を救うとか……ご都合主義ではあるかもしれんけど、希望の種くらい残す終わり方にはできたはず。

 

 でも、それを全くやらなかったところに、なんというか無理矢理にでもアニメ卒業させたいという作り手の意図を感じてしまうのは、俺ちゃんだけかな?

 『スーパーロボットが頑張っても地球は救われず、そもそも人類自体が害悪なので勝手に自滅しましたw 世界は滅んじゃったから、お前たちもこんなアニメのこと忘れて大人になれよw』ってことか?

 

 真剣に楽しんでいた人達や、夢中になって視ていた子ども達からすれば、『フザンケンナ!』って思うわな。

 鬱エンドで伝説になったことで、それ以外の評価点が霞んでしまうことも含めて、やっぱりこういう展開や演出ってのは控えた方がいいと思っちゃうのよね。

 最近、知り合いに促される形で初期のアニポケの映画を見直した。

 『ミュウツーの逆襲』『ルギア爆誕』の二つね。

 子どもの頃に視た思い出補正もあると思うんだけど、大人になった今だからこそ、教育エンタメとして完成度が高いと改めて納得したねぇ……。

 

 ただ、俺ちゃんは、この二作品は奇跡の上に完成した作品だと思ってる。

 ぶっちゃけて言っちまうと、この二作品と初期のアニポケの脚本家である首藤剛志って人……俺ちゃんは、あんまり好かんのよ。

 

 既に故人である人を悪く言うのも気が引けるんだけど、この人の脚本は『モラトリアムからの脱却思想』が強過ぎるんよな。

 とにかく子ども達を『アニメからはさっさと卒業させたい』という思想が諸に脚本に出てしまうから、最終的に夢をブチ壊されたり、大人になってからガッカリさせられたりする人が多い。

 彼の関わった作品を挙げるだけでも……

 

 宇宙戦士バルディオス:地球滅亡エンド

 戦国魔神ゴーショーグン:後に小説版で夢のエネルギーの存在を全否定

 魔法のプリンセスミンキーモモ:主人公事故死エンド

 機動戦艦ナデシコ:オタクに媚びたアニメと見せかけた、オタクを馬鹿にし皮肉るためのアニメ

 

 まあ、こんな感じでかなり酷いんよね。

 個々の作品については後に語ることにするとしても、よくもまあこれだけファンを絶望したり揶揄したりする作品を世に出せたな、と……。

 

 そんな彼がアニポケの初期に考えていたのは、なんと今までの話はサトシの夢だったという身も蓋もない夢オチエンド。

 それができないと知るや、今度はポケモン映画に本物の恐竜の化石を登場させることで、アニメの中の人物にまで『この世界が虚構である』ことを認識させてやろうと画策していた模様。

 しかも、その際に『監督に本心を告げたら絶対に却下されるから、あらゆるパターンを想定して論破できるように準備していた』とのことで、なんというかここまで来ると、自分の思想を押し付けることありきになっているから笑えない。

 

 まあ、そこまで準備していたのに、却下の理由が自分の想定外だったものだから、論破もクソもなく『アニポケを否定するポケモン映画』はお蔵入りになったんだけど……当時の監督には、マジでファインプレイだったとしか言えんわ。

 ここで全否定されていたら炎上不可避だったし、下手すりゃポケモンというエンタメそのものが、ここまで生き残っていないかもしれんのだからね。

 

 『命』というものをテーマに二つの名作映画を世に送り出し、ホウオウルギアという後の看板伝説ポケモンを金銀でアニメから逆輸入させたという功績は素晴らしいものだと思うけど、やっぱり俺ちゃんは、この人の思想には賛同できんわ。

 子どもにトラウマ与えたり、夢をブチ壊したりして、強引に大人にすることに意味はあるんかな?

 この人は『アニメキャラに萌えるアニオタ』や『大人になってもゲームを趣味にしているような人』が大嫌いだったらしいけど、そういう人を生み出させないという理由でバッドエンドの量産や世界観の破壊を繰り返すのは、かなり毒のある荒療治よね。

 

 結果として、夢を強引に壊された人達は、大人や社会に対して斜めに構えたリアリストになるしかないと思うんだけどね。

 大人は嘘吐きとか魔法なんて絵空事とか……そういう考えの人こそ真の大人であるって言いたいんかな?

 

 もう既に亡くなってしまった以上、この人の真意を実際に聞くことはできんけど……結局のところ、須藤氏は魔法少女アニメとかロボットアニメ、そしてゲームなんかが嫌いだったんだろう。

 それらは子どもが喜ぶ幼稚な玩具というフィルターが常にあって、だからこそそういったもので楽しんでいる大人が気持ち悪く見えたのかもしれない。

 

 でもねぇ……世の中の子ども向けエンタメを大人が作り出している以上、童心を忘れた人間が本当に子どもを楽しませることのできるエンタメを作れるとは思えんのよね。

 ずっと子どもなままなのも問題だけど、夢を全否定されて無理矢理大人にされた人には、もう子ども達に夢を与えることはできないんじゃないかな?

 彼らができるのは、せいぜい子ども騙しであって……昨今の子ども達は色々な意味で目も肥えているから、そういうのは敏感に見抜く。

 相手が自分達のことを舐めている、馬鹿にしているのだと察する力はとても強い。

 

 首藤氏の理想とするような大人が増えれば増えるだけ、子ども向け作品はエンタメ性を喪失し、教育番組的なものか子ども騙しの作品しかなくなるわな。

 確かにミュウツーの逆襲は名作だったけど、なんでもかんでもあんな雰囲気のアニメばかりだったら、さすがに息も詰まってしまう。

 

 結局のところ、彼のやっていたことは、作品を通した思想の押し付けでしかないんよね。

 ガンダムの富野監督もそういうところあったけど、ガチでそれやったのは鬱病状態の時期に作ったVガンダムだけ。

 彼は怒りを作品制作の原動力にすることはあっても、見た人間に『●●な人間になれ!』と押し付けるようなことはそこまでしていない。

 

 でも……首藤氏は、むしろそういう思想を諸にアニメに込めちゃっているから、やっぱり俺ちゃんは好きになれない。

 視聴者を最後の最後で裏切るような展開を用意して、それで『お前ら、もっと大人になれよw』と上から目線で馬鹿にされているようにしか思えんから、そういうやり方は、やっぱり良くないんじゃねぇかと思うのよ。

 俺ちゃん、あんまり子どもの玩具には興味ないんだけど、だからこそ思うことがあるんよね。

 最近の特撮玩具……どう考えても、子どもが集めたり遊んだりするためのものじゃなく、一部の金持っているオタクから搾り取ることしか考えてねーだろ、と……。

 

 そもそも、ロボットの玩具だけでゲームソフトよりも高額で、その他のアイテムまで揃えたらDLC込みのゲームソフトよりも金が飛ぶって、普通に考えてありえんよ。

 お父さんの財布をなんだと思っているんだ!

 いや、それ以前に、こんなクソ高い玩具、コンプリートできる子どもはおらんやろ!?

 

 まあ、原材料の高騰とか、そういった理由もあるのは理解できなくもない。

 それでもあれこれ工夫して、どうにかして合体ロボや変形ロボなんかを6000円前後に抑えてくれるなら、まだマシなんよ。

 ところが、実際は貧相なギミックのオプションを1つ500円以上で大量に販売するという、なんともセコい方法で小銭稼ぎしている感じだからやってられない。

 

 こんなことばっかり繰り返しとったら、それこそどんどん顧客離れすると思うんだけどね。

 なにより残酷なのが、親が買ってあげると言ったところで、子どもの方から拒否するようになる。

 誕生日やクリスマスみたいなイベントでしか高額商品買ってもらえない子からすると、末永く遊べるものが欲しいわけで……ゲームソフトは本体の敷居こそ高いものの、そこさえ突破しちゃえば後はずっと遊べるわけだし、なにより遊びの幅も広いから、ロボ玩具が完敗してしまうってわけ。

 

 なんでもタイパとコスパばかり重視する必要はないんだけどさ……限られた懐事情の子ども達が、末永く遊べる玩具ってやつを、もっと世に出して欲しいんだよな。

 そういう玩具は思い出補正もあって、大人になった際に復刻版が出たりすると、買ってくれる人もいるはずだから。

 少なくとも、今の売り方では10年後、20年後に復刻版が出ても買ってもらえないどころか、そもそも復刻さえしない可能性の方が高いわな。