預けてた坊ちゃんを回収して帰宅してしばらくすると病院から電話…。

今までこんな時間に電話が来ることはなかった。
一気に心拍が上がったことを覚えてます。
電話に出ると

「S病院のT(医師)です。娘さんが帰られた後また呼吸数が落ちて、先ほど挿管しました。一応そのご連絡です。」

「それはもう危ないってことですか?」

「現時点では駆けつけてくださいと言う事ではないです。じゃ明日いつも通りで大丈夫ですか?」

「大丈夫だと思います。」

「分かりました、よろしくお願いします。」

電話を切り、不安を抱えて寝る事に。
普段なら調べて義父に聞いてみたりするのに
この日はその気にならず寝てしました。
きっと現実逃避だったのですね。

翌朝、病院からのモーニングコールで目覚めます。



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痙攣のあと時間をもらい看護師さんに話を聞いてもらいました。


入院していたのは大学病院なので病気によって入院出来る日数が決まっている
(もちろん日数ピタで出される事はありません。病状、治療、転院先の受け入れによっては延ばしてくれます。)
今後どうしたらいいかも考えておきたかった。
紆余曲折あったけれどこの病院から次転院するのは看取るためだと思うしそれなら自宅から近い病院にしたい。
ただしそれは可能なのか。
今回のように痙攣を起こしたときなどに対応が素早く出来るところとすればやはりそれなりの病院なのか。

万に一つでも放射線で良くなりリハビリが出来るところに移すのか。
パターンはいくつかある。
でも、私は一つだけ譲れないことがありました。
まだ危篤でもないけれど、この病状が確定したときから検体に出したいとだけは思ってました。

家族、娘としてそんなことを考えるのはと思う方もいらっしゃると思います。

ただ、私がやりたいと思っていたのは検体ではなく病理解剖(剖検)だった事を義父に聞き知りました。
検体は健康な人の場合で医学生のため。
剖検は病状や珍しい病気の解明のため。

父の病気、組織球肉腫は頭蓋内に出来る事は非常に稀で国内での報告は数例。海外を合わせても十数例。日本名のない病気。なので診断書は悪性リンパ腫となってしまいます。
難しいだろうけど、次の人が助かる少しでも楽に生きられるように次への足がかりを作りたいと思いました。もしかしたら次は私かもしれないし。
そんな思いから受け持ち看護師のTさんに話をしました。

少しTさんは驚いてから、
「本当に良く考えてるね。まず転院はしばらくはないから大丈夫。まだ治療もあるし今後の目処は立てられないから。
病理解剖はここは大学病院だからもしものときは皆様に声をかけてるのね。
その時決めてくれたら、でも先生には伝えておくね。娘さんの気持ちは。
もし転院することになったら病理解剖はどうするかは相談して連携になるかもしれない。」
私の考えを知ってもらっていればその時が来た時にスムーズだと思う思って話ました。

まさか、そんな現実が翌日に迫っているとは思わず。いや、どこかでもう時間がないと思い始めてはいました。この日痙攣を起こした時の父の顔を見た時に気がつきました。
それでもまだ先だと思うきっと。数日かもしれない、1週間かもしれないでも痙攣が起きなくなればもっと…って。

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買い物して病院に。
オムツにコットン拭き取り化粧水ハンドクリームを。

昨日顔が汚れてたのに気になり拭いてあげるものが欲しくて照れ
目やにと鼻まわりのカピカピとかびっくり

病院に着くとまずは総合相談の窓口で
緩和ケアについて相談。
父は対象になるか。
結論は病棟の判断だけど、痛みのケアだから痛みを感じてないなら対象にはしずらいとのこと。
まぁそうですよね…。
判定を受けてみたらと言われ今日の相談は終わりにして病室に。

やはり意識は戻っておらず、看護師に聞くととりあえず痙攣は起こしてないよとの事で一安心。

今日は主治医がいないので何事なければいいと。

下垂体が働かずひどく乾燥してる足を拭いて
ハンドクリームを塗って。
顔を拭いてあげていると妙な方頬の引きつり?
ピクピク………ピクピク………ピクピク
止まった?
しばらくするとまた?
違和感がある。ナースコールして見てもらうと念のため先生呼ぶねと。
口から微妙に泡を吹いてるよう見えなんとなく痙攣する!と思って
再度ナースコールして看護師が来ると痙攣がでて
る。嘔吐してると体を横にってあれよあれよと看護師が集まりすっと私は出て外で待機。

先生が来て処置すること15分程度だったと思います。
でも、私には30分1時間にも思えました。
徐々に看護師が減りもう少し待ってねと言われ先生が処置して痙攣は抑えたと。
「今後は起こさないように出来る限りしたいとは思うけどかなり難しいので、異変を感じたらすぐに教えてください。」
といい去って行きました。
そしてそれからしばらくして主治医が明らかにダッシュして来た。

「痙攣起こしたんだって?手強いなぁ。放射線まで1週間あるから全身状態整えようね」
心強いと思いました。
この時はまだ闘いは終わらないと思ってました。
とりあえず痙攣には勝って放射線をやれると。


呼吸数も安定したのを確認したので帰ることし看護師に帰ることを伝えると
「必ず、連絡は取れるようにしてください。」
と今まで言われた事なかったのに言われました。
ドキっとして帰りました。






痙攣起こしたとき当たり前ですがこの時の父の開いた目は辛そうな目をしてました。
そして、私が見た最後の目でもあります。

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