翌朝、病院からの電話で目覚めました。
普段ならもう少し早く起きているのにこの日は起きられませんでした。
「S病院のTです。血圧が下がり始めてます。昇圧剤を入れても上がらないです。病院来られますか?急いで来ていただいた方がいいかと思います。」
「分かりました。」
8時30分過ぎていたと思います。
急いで着替え坊ちゃんを母に預けて病院に向かいます。
なんですかねぇ、急いでいると?焦っていると人は思考が止まるんですね。
自宅から病院までバスと電車で1.5時間だけどそのコースしか思いつかずとりあえずバスで駅に。
途中電話来て、
「脈も延びてきた。今向かってるの?
どうする、心臓マッサージとかした方がいい?」
「はい向かってます。いいです。もうそのままで…。これ以上苦しませたくない…。」
「分かりました。自然でいいね。」
「はい」
即答でした。
心マしたところで回復するわけではない。
救命の心臓マッサージとは違うのは分かっていたので。骨が折れるほどマッサージしたって助からないのにやる意味はないと決めてたから。
ですがホームでなかなか来ない電車を待っていると涙しかでず、やっと気がつきタクシーに切り替えてもう乗り換えをするよりはと思い。
結局は時間は変わらなかった。
Uターンしたりするより近くで止めてもらい信号無視してダッシュし病院でダッシュして病棟に着くと病室が違うからと案内されて行くと
モニターの波形は真っ直ぐに…
人口呼吸機だけが動いていました。
父は娘を待っていてはくれませんでした…。
目を開けることも話すことも手を握る事もなくなっていました。
医師と看護師とで時刻を見ることはせず私が着いた時まで待って見てくれました。
虫の知らせとは言いますがタクシーに乗っていたと時なぜか蜂が窓に何度も当たってきた
あのときがきっと終わった時だったのかなと思います。
もう、呼吸機を外して欲しいと言い無理矢理酸素を送ってもかわいそうだからと。
ルートも全部外してもらい、まるで寝てるだけのようになりました。
全部取れたの久しぶりだねって声をかけて。
先生にも剖検の話は伝わっていたので承諾。
父にも娘のわがまま聞いてね。死んだ後まで切る事を許してと言って。
剖検に運ばれて行くまでずっと泣いてました。
ごめんねと言いながら待っててくれなかったと怒ったりして。
59歳で桜が満開になるのと同じくして旅に出てしまいました。
ふらふらする父だったので今も好きな海外に行っているのかもしれません。
これで、この話は終わりです。
こんな読みにくいのを読んいただいてありがとうございました。
イラストが描けたりしたら良かったのですが
絵心もないので…。
この後少し、病理解剖をの事を書かせてもらいたいと思います。
興味がある方は引き続き見てもらえたらと思います。
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