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ピアノ途(みち)

自宅と大学でピアノ指導に携わっています。杉並区でピアノ教室を開いています。最寄は中央・総武線(・東西線)阿佐ヶ谷駅。西武新宿線鷺ノ宮駅。レッスンで使用するピアノはスタインウェイです。

4時に起きてしまいました。
録画したものを軽く流し観ています。

いろいろな車両の登録台数
救急車 6002
消防ポンプ車 22304
全国の自治体がもつゴミ収集車 約13000
全国の法人個人タクシー数 251466
佐川急便配送車 26869
日本赤十字社が所有する献血バス 293
都営バス 1462
陸上自衛隊の戦車 796
日本郵便の車両 31229
アート引越センター引っ越し車両 約2500

献血バスが意外に少ない感じがしました。
都道府県ごとで換算していいものではありませんが、7台(/都道府県)くらいとすると、町で見られたら結構幸運なのかもしれません。

昔、献血に結構はまっていたなと思いだしました。
おやつやジュースがたくさん飲み・食べられる吉祥寺の献血ルームに友人たちとよくいきました。
だるくなってピアノが弾けなくなったりもしました。
変な青春の1ページです(苦笑)

狂牛病の献血制限さえなければきっと今もやっていることでしょう。
緩和されたようですが、微妙に渡航時期、渡航期間が重なっております。
すごく騒がれた後で、けっこう慎重に肉などは扱われていた時期なのですが・・・。

といろいろt考えつつ、7時くらいに2度寝しそうで怖いです。
演奏会でした。
上野まで車で行きましたがGW最終日にもかかわらず道路はものすごく空いていました。予想ではかなり混雑しているはずだったのですが、1時間前に到着、嬉しい誤算でした。

控室は1週間前のコンサートのためににリハーサルをした部屋でした。ここのスタインウェイも非常に弾きやすいので待っている間に弾けるとよかったのですが、今回はリハではなく、あくまで控えるための部屋。残念でした。
演奏はほぼ考えていたように弾けたのですが、1か所反省点がありました。

帰路もすいていました。

夜、久しぶりにキーシンさんの演奏をEテレで聴けました。もう40歳だそうです。
自分よりも年上だったのかとちょっとびっくり。

曲目はショパンのピアノコンチェルトの第一楽章、指揮はアッシュケナージさんでした。ピアノがつかない部分とついた部分の指揮の振りがあまりにも違うのでなんとなく変な感じがしました。

コンチェルトって本当に一体になるって難しいなと思います。コンチェルトで一体感を目指すと、指揮者もしくはソリストが相手方の音楽を『予想』し『多少の遠慮』をもちつつ作り上げるような感覚があるし、反対に丁々発止、指揮者VSソリストVSオケが戦うような音楽を作り出すコンチェルトは面白いけどガチャガチャした印象になり、三位一体で聴かせるべきところまで戦ってしまったり。
そういう理由で、本当に満足するコンチェルトにはなかなか出会えていません。

今回のキーシンさんの演奏は、説得力がありすぎでした(笑)
強音も弱音もとても美しく、さすがでした。

ショパンのコンチェルトでは、どこか壊れそうな、音がまるで涙がポロポロこぼれおちているようなそんな音色感を求めてしまいます。それは曲の中で数回あらわれるパッセージなのですが、その部分がそう聴こえなかったときは他の部分がいくら素晴らしくても、ある種興ざめしてしまうのです。今回のキーシンさんの演奏は期待していた涙のようには聴こえなかったけれど、興ざめするどころかどんどん聴き入ってしまいました。
珍しいパターンでした。
聴き終わってから、安易に涙のような音とかを求めてはいけないんだなと反省しました。

こういう話題にも目が向けられるゴールデンウィーク。

「いがみあったわけじゃない」
ということですが、考えていることがなかなか読みにくい羽鳥さんはいつか離婚するんじゃないのかななんて心配していました。(←よけいなお世話)
テレビで2回くらい、羽鳥さんの本音というか本心が聞けた場面を観ましたが、なぜこの部分がアナウンサーという仕事の中で垣間見られないのかな?ともったいなく思ったりもしています。
でも、あのキャラが唯一無二でもあるわけですが。

最近の傾向として、離婚に際していがみ合っていないというようなことをよく聞きます。いがみ合って離婚することよりもいがみ合わないことの方が良いこととされるが、そもそも離婚するならいがみあってこそ正常な離婚ではないのかな、なんて思ったりもするのです。
「円満離婚」という矛盾は一般人である自分にはちょっとついていけない概念です。
まあ「私たちはいがみ合って・・」ということはだれも言わないでしょうけど。

他にも「お互いのことを考えて離婚します」というようなこともあるが、本当は「お互いが『自分』のことを考えて・・」という表現の方があっているような気もします。

3組に1組が離婚する時代に突入したわけで、離婚自体前向きなものとしてとらえるようになってきました。
一緒に生きる苦しみと、解放される喜び。それは夫婦だけに限ったことではない永遠のテーマです。

・・・つまり何が言いたいかといいますと、こういう落ちのない話もできるゴールデンウィークであるということです。