かなり昔、テレビにでていたとき、「不思議なことをいう人だな」と思ったこと、音楽家って普通の人ではないのだなと認識したことを思い出しました。
今日も不思議感がいっぱいで、東邦でちゃんと先生ができているのかと少々不安になりました。(音楽家の個性という意味においてはなくしてはならない大切な部分ですが)
「見上げてごらん夜の星を」や「ふるさと」を弾き、天満さんの代名詞である「望郷のバラード」も生演奏なさいました。
クラッシックの演奏者のなかで「この曲」なら「この人」という代名詞的なものがあるのはやはり珍しいことだと思います。
「ショパンのバラード1番だったら○○さん!」ということはよくあることでしょうが、こちらは好みに左右されるところが大きいわけで、天満さんの望郷のバラードのような取り上げられかたはすごいことだと思います。
以前よりも成熟した演奏になっていたからなのか、自分自身が大人になったからなのか、曲の内容と演奏がとても心に響きました。
ただ、聞き手の男性が遠藤周作の言葉と交えながらすすめたり、演奏していたのがバイクが後ろに置かれたスタジオであったりと、すべてを肯定的に受け入れられない部分がありました。これは自分自身が年を取ってしまったからなのか、そうではなく自分自身が成熟していたのであれば受け入れられるはずのものなのではないか?などと、うまく受け入れられずに考えてしまっている柔軟性のない自分というものも確認させられました。
望郷のバラードはいろいろな意味において考えさせられる曲なのだ、ということで私の中ではまとまりました
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