昨日書いた自分のブログの、きっかけとなったうきふねさんのブログ、「違う意味で心がふるえる曲」を改めて読んだ。
色々な方々のコメントが又、興味深かった。
このテーマ音楽が、「フォークダンスになっていた」という思い出を書いている人も居たし、「ビールの広告に出ていたイージーリスニング」だったという私の知らなかった情報や、「やっぱり明るい曲」といった思いがけない印象等など。
そうか。
印象とは、かくも、人によって、また登場する場によって、異なるものなのか、とちょっと衝撃的でもあった。
ユーチューブで聴いてみても、確かに速いテンポでの演奏が大半なのだが、私の中では、うきふねさんが書いてらっしゃる様に、「それは地の底から響いてくるようで低くゆっくりと。。」というイメージが強い。
数年前に購入した、DVDを改めて見ることにした。
有名な映画だし、ウィーンが舞台の映画だけれど、それまで全編を通してみる機会には恵まれず、購入した際に見たのが初めてであった。
モノクロの、光と影で不気味さを表現している映像。
その不気味さは、戦前のナチを描いた、根底に恐怖が秘められている不気味さとは、ちょっと違っていた。
第三者的立場のアメリカ人の作家、ホリー・マーチンの視点で描かれていたからかも知れない。
考えてみれば彼は、親友ハリー・ライムの事故現場にいたとされる、謎の「第三の男」を探しているのだけれど、視点を変えてみれば、彼自身を「第三の男」とみなすこともできる。
ハリー・ライム役のオーソン・ウエルズは、圧倒的な存在感があるけれど、出演シーンが全体の三分の一にも満たない、という意外性も、この映画の価値を高めている一つかもしれない。
映画の最初のシーンに出てくる風景が、私が昨日ブログに書いた、探し当てられなかったベートーヴェンの銅像と、間違えて教えてくれたヨハン・シュトラウスの銅像、というのも、ウィーンの街をよく伝えている。
アントン・カラスの音楽は、ユーチューブにあらわれる速いテンポバージョンの他にも、様々なシーンによって演奏スタイルが変化していた。
そのことに触れている、コメントもあったなあ。
全体として、私の印象では、この映画を支えているのは、いくつかの背景だと思う。
戦争で荒廃したとはいえ、その尊厳と美しさを変わらずに湛えているウィーンの表情と、アントン・カラスの音楽。
そして、大観覧車と、ラストシーンの中央墓地。
更に、想像を絶する程に、巨大な下水道。
でも、一番心に残るのは、オーソン・ウェルズの初登場シーンかもしれない。
役者の凄さを感じた瞬間だった。
