還暦過ぎたピアニスト

還暦過ぎたピアニスト

青が好き。色も、響きも、そしてその意味も。若々しい躍動的なイメージがあり、未熟な初々しいイメージもある。「ヨーロッパの赤には、青が一滴」という発想も素敵だと思う。シニアになった今も、できれば青の近くで、楽しみたい・・。

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昨日書いた自分のブログの、きっかけとなったうきふねさんのブログ、「違う意味で心がふるえる曲」を改めて読んだ。


色々な方々のコメントが又、興味深かった。



このテーマ音楽が、「フォークダンスになっていた」という思い出を書いている人も居たし、「ビールの広告に出ていたイージーリスニング」だったという私の知らなかった情報や、「やっぱり明るい曲」といった思いがけない印象等など。


そうか。


印象とは、かくも、人によって、また登場する場によって、異なるものなのか、とちょっと衝撃的でもあった。


ユーチューブで聴いてみても、確かに速いテンポでの演奏が大半なのだが、私の中では、うきふねさんが書いてらっしゃる様に、「それは地の底から響いてくるようで低くゆっくりと。。」というイメージが強い。



数年前に購入した、DVDを改めて見ることにした。


有名な映画だし、ウィーンが舞台の映画だけれど、それまで全編を通してみる機会には恵まれず、購入した際に見たのが初めてであった。



モノクロの、光と影で不気味さを表現している映像。


その不気味さは、戦前のナチを描いた、根底に恐怖が秘められている不気味さとは、ちょっと違っていた。


第三者的立場のアメリカ人の作家、ホリー・マーチンの視点で描かれていたからかも知れない。



考えてみれば彼は、親友ハリー・ライムの事故現場にいたとされる、謎の「第三の男」を探しているのだけれど、視点を変えてみれば、彼自身を「第三の男」とみなすこともできる。


ハリー・ライム役のオーソン・ウエルズは、圧倒的な存在感があるけれど、出演シーンが全体の三分の一にも満たない、という意外性も、この映画の価値を高めている一つかもしれない。



映画の最初のシーンに出てくる風景が、私が昨日ブログに書いた、探し当てられなかったベートーヴェンの銅像と、間違えて教えてくれたヨハン・シュトラウスの銅像、というのも、ウィーンの街をよく伝えている。


アントン・カラスの音楽は、ユーチューブにあらわれる速いテンポバージョンの他にも、様々なシーンによって演奏スタイルが変化していた。


そのことに触れている、コメントもあったなあ。



全体として、私の印象では、この映画を支えているのは、いくつかの背景だと思う。


戦争で荒廃したとはいえ、その尊厳と美しさを変わらずに湛えているウィーンの表情と、アントン・カラスの音楽。


そして、大観覧車と、ラストシーンの中央墓地。


更に、想像を絶する程に、巨大な下水道。


でも、一番心に残るのは、オーソン・ウェルズの初登場シーンかもしれない。



役者の凄さを感じた瞬間だった。





「秘密の花園」という話が、子供のころ好きだった。


同じバーネットの作品である「小公子」や「小公女」に比べて、どこか謎めいたストーリーと、ヒースに覆われた荒地のヨークシャー、という背景も魅力的だった。


小学校低学年の頃、「少年少女世界文学全集」か何かで読んだ「秘密の花園」


母親があまり本好きではない実務的な人だったせいか、我が家には子供向きの本が多くはなかった。


父の本は沢山積み上げられていたけれど、子育てはやはり身近な母親の影響が強いからか、それらは叔父のお土産だったり、祖母が買ってくれたり・・。


でも、今から思えば少ない本だったからこそ、繰り返し読み込んで、全ての文章が、すぐに探し当てられる位に刻み込まれたのだろう。

そして、「秘密の花園」にしても、「アンクルトムの小屋」にしても、文章に加えて挿絵もはっきり記憶に残っている。


時が流れて、カナダで子育てをしていた頃。


子供の通う図書館で、「The Secret Garden」という絵本を見つけた。



昭和20年代に読んだ本はきっと、挿絵を描いた人にとっても英国の荘園等、遠い世界だったのではないだろうか・・。


まず、建物や部屋の大きさ、そこに並ぶ家具の荘重さ、そして広大な敷地に生い茂っている植物。


それは、いくら西洋思考が強くても、小さな子供には到底想像しえない、英国領主の住む館であった。


今ならば、クリスティの映画やテレビ番組を持ち出すまでもなく、簡単に想像を膨らませる事ができるだろうけれど。


昔、子供ながらに、人々から忘れられている「秘密の花園」という存在は、実に不思議であった。


挿絵には、花園の内側しか描かれておらず、高い塀に囲まれているらしいその花園の外回りは、一体どうなっているのだろう・・。


カナダで出会った絵本も、その辺の疑問を解いてはくれなかったけれど、英国の荘園の格式ともいうべきものは、想像がついた。


そして今日、フランシス・コッポラの映画を、DVDで見た。


地平線まで広がっていそうな、ヨークシャーの荒地では、どうやら花園の一つや二つ、人々から忘れ去られたところで、不思議でもなさそうであった。


それは、国土の狭い日本の都会で生まれ育った子供の尺度で理解するには、なかなか奥の深い問題のようでもあった。

そして、其処に描かれていた10数枚の絵は、私の記憶に残るいくつかの挿絵とは、まさに似て非なるもの、と思わせるほどの衝撃で、私の心を捉えたのだった。

久々に、リパッティの演奏を聴いた。


この、透明な音色と、強じんな技術は、一体何なのだ。


比べるのもおこがましいながら、お気楽にピアノを弾いている自分が恥ずかしくなった。


まあ、恥ずかしくなるのは日常茶飯事で、今日に限った事ではないけれど。



私がまだ中学生だった、「音楽の友」という雑誌を愛読していた頃。


ある日、ディヌ・リパッティに関する記事を初めて読んだのだ。


見開き二ページで、書いていた人の名前はもう覚えていない。


でも、そこに載っていた、二枚の写真ははっきり記憶にある。勿論、その後にも何度も目にしたからだけど。


ディヌ・リパッティ。ルーマニア生まれのピアニスト。


白血病の為、1950年12月、わずか33歳でこの世を去った、不世出の天才。


彼の録音したレコードは、わずか5枚しか残っていないにも係わらず、それらの曲のベスト演奏といったランキングには、必ず選出される程、極めて感動的な演奏を遺している。


亡くなる数か月前に、病床から抜け出す様にして演奏した、ブザンソンで開催された、文字通りの「告別リサイタル」


彼のお得意のレパートリーである、ショパンのワルツ集は、力尽きて最後の一曲は弾いていない、というエピソード。


その頃はまだ、伝説のみしか日本には届いていなかったけれど、それから間もなく、一枚、また一枚といった風に、LP版に復刻されたレコードが発売された。


今から考えると、あの記事はレコード発売を見据えたものだったのだろう。


でもその頃の私は、演奏を聴く前から、そのリパッティの写真にすっかり魅せられてしまった。


くぼんだ奥から見据える、リパッティの深いまなざしに、一瞬にして心を奪われた気がする。


最初に聴いたレコードは、シューマンとグリーグ、それぞれのピアノコンチェルトのカップリング。


私は、グリーグの潔さに夢中になった。


私が記事から思い描いていた様な、病的な演奏では全くなくて、感傷に溺れずあくまでも上品に、そして繊細に、そしてダイナミックに、そしてブリリアントに、言葉をいくら尽くしても、言い足りない程の感動と言おうか。


そして、何よりもそのタッチから響いてくる、鋼鉄の様な力強さ。


今日ユーチューブで聴いたのは、亡くなる年にライブ演奏をした、その録音が後に発見されてレコード化したという、シューマンのコンチェルト。


この時も、ベッドからやっと起き上る様な体調であったそうだが、その完璧な技術には、微塵の揺らぎもない。


その精神力。


というよりは天賦の才能というべきだろう。


67歳にして、練習不足の自分を深く反省した1日であった。






直木賞作品の「サラバ」の本が品切れである。



いつもは芥川賞作品掲載の「文芸春秋」を買うのだけど、今月は、話題になっていたので、一緒に直木賞作品掲載の「オール読物」も買ってきたのだ。


「サラバ」に関しては、せっかく面白く読んでいたのに、長編の為、冒頭部分を掲載しました、という何とも欲求不満な結果となった。


普段は、話題作でも文庫本になってから購入することが多いのだけど、途中でポツンと切られては気になってしまい、書店の側を通った時に探してみた。


でもそのお店には、直木賞受賞作品コーナーがあったにも関わらず、並んでいたのは「サラバ」の下巻ばかり。


大きな書店だったが、レジで訊いてみると、上巻は在庫切れしているという。


注文しても、数週間かかるというので、帰宅してAMAZONで検索してみると、こちらも一時的に在庫切れ。


今朝、再度検索したら、今度は無事に注文できたけれど、つくづく自分に感心してしまった。



私の行動は、平均的な日本人という意味で、秀逸である。


先日、アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」の文庫本を探した時も、しかり。


三谷版のテレビ番組を見て、比較したいと思い、70年代の英国製映画のDVDを購入。


更に、小説の文庫版を探して書店めぐり。AMAZONで注文したけれど、配送までには、数週間待たされた。


私が訊いた人の殆どが、三谷版のテレビを見ていたから、小説が一時的に品切れになるのも、うなづけた。


そして、「サラバ」である。


私は余り常識のある人間とも思えないけれど、感覚的に世情に流されるその傾向は、自分でも驚くほどだ。




「私の行動を見ていたら、世情がわかるよ」と、冗談で言うほどに、平均的日本人の反応をしている様である。



「フランス人は10着しか服を持たない」という本を読んだ。



ベストセラーとして、新聞に紹介されていたので、早速購入してみたのだ。


何処かで「毎日を”特別な日”として生きる事」というキャッチコピーを見かけたので、興味をそそられたのだ。


でも今日、ざっと読んだ範囲では、その文章はみつからなかった。


西洋志向の私にとっては、面白い内容でもあったし、森瑤子と共通したライフスタイルにも、共感が持てた。


シックな生活に感嘆するアメリカ娘の意見は楽しいし、本のタイトルにもなっている、無駄を省き上質なものだけに限った、洋服や食事や生活環境を、ごく自然に味わいながら毎日を過ごす、フランス人の様子には、大いに自制を促された。



只、読み進んでいくにつれて、「シックな生活をする為には、本を読もう」、「旅をしよう」、「プライベートな話題は避けて、ミステリアスな雰囲気を醸し出そう」といった、いかにして教養人たるべきかといった、指南書めいた話題が並び始めたのには、いささか閉口した。



それにしても、あのキャッチコピーは一体何処にあるのだろう。


私は何度もページを繰って、探してみたのだけれど・・。


結局、著者がお手本として描いているシックなフランス人の生き方とは、もしかしたら逆の発想ではないかと思い当り、探すのを諦めて本を片づけようとしたら・・。


何と、本のカバーの見返しに、その文章が記されていたのだった。


どうやら、このコピーは、タイトルと同様に、著者のつけたものではなかったようだ。


翻訳物のもつ、面白さである。



ベストセラーになった大きな要因も、オリジナルからは遠く離れた、このタイトルにあったらしいから。

村上春樹の「小澤征爾さんと、音楽の話をする」は、私にはすこぶる面白い本である。


村上春樹が、ジャズに精通している事は、有名な話だ。


何冊かのエッセイで、それは充分周知済みである。


でも、クラシックを題材にして、小澤征爾と語り合える、その知識力と理解力と判断力は、脱帽どころの話ではない。


そして、そのことに感心した小澤征爾に答えた、村上春樹の言葉が、


「僕は暇だし、だいたい家にいるから、ありがたいことに朝から晩まで音楽を聴く事ができるのです」


立派な仕事をしている人が、「自分は暇だし」、と言える、その精神的ゆとりに、私は憧れる。



更に、読み進んでいくうちに出てきた言葉、「その人の書く文章にリズム感があるかどうか」

これは、私が長年感じてきた思いであった。


芥川賞が発表された月の、月間雑誌「文芸春秋」は、毎回とはいかないまでも、結構興味を持って読んでいる。


そしてさすが、それらの文章からは、根底にあるリズム感が、心地よく伝わってくる。


でも、今まで誰とも共有したこともなく、無意識に感じていたこの感覚を、村上春樹が簡潔に言ってくれた。


大それた言い方をすれば、そんな思いであった。


分前に、Anderson & Roe という、ピアノデュオの演奏を、ユーチューブで偶然見つけた。


その映像では、ピアソラの「リベル・タンゴ」を弾いていて、若い奏者が自分達で連弾用に編曲したものらしい、極めてユニークな演奏だった。


プロモーション・ビデオという感じで、それも自作だったのかも知れない。


まず、男性ピアニストが一人で演奏を始めるのだが、相手の女性ピアニストは立ったまま、伴奏の音が出てくる部分の弦を、手のひらで押さえている。


その為、その部分の弦だけからは余韻の殆どない響きが出てくるので、あたかもチェンバロか何か、他の楽器と合奏しているかの様に聴こえてくるのだ。


そのうち、女性が左手は弦を押さえながら、右手で低音や高音を弾き加えてゆき、次第に連弾らしい音の厚みが出来上がっていく。


最初は、意表をつく奏法で驚かせるのだが、本来の姿勢に戻って弾き始めたその演奏は、更に意表をつく素晴らしい技術力で、たちまち惹きこまれた。


ネットで検索してみたら、ジュリアード音楽院で学んだ若い二人の様だったが、既に来日経験もあるらしい・・。


その後、暫くは忘れていたのだが、最近キリ・テ・カナワ繋がりで、二人の演奏する「ヴォカリーズ」の映像に出会った。


「リベル・タンゴ」の頃に比べて、二人とも年齢を少し重ねているし、その演奏姿も、正統的な素晴らしいデュオ奏者に変貌していた。


ゼルキンの演奏に比べて、やや遅めのテンポで始まって、それは悲哀のこもった、実に美しい演奏だった。


この演奏でも、上のパートが男性で、旋律を繊細に繊細に、まるですすり泣くかの様に優しくかなでている。


一方の女性の響きは、母なる大地といった風なスケールの大きな間の取り方で、豊かな音色の低音や、中声部のメロディも、ゆったりと聴こえてくる。


ジュリアード仕込みの二人のタッチは、切れも素晴らしい。


ユーチューブならばこその、貴重な出会いであった。


暫く、森瑤子にはまっていたことがある。


英国人の夫を持って、六本木や軽井沢の街並みが似合う、都会的な彼女とは、随分境遇が違うけれど、何故か共感するところが多い。


本来彼女は、音楽を学んでいたにもかかわらず、そこから抜け出して作家になった、というプロフィールも、魅惑的だった。


のみならず、彼女の抱えている様々な方向性が、私にとって突破口に見えていた、ということもある。



大分前。


高校時代の友人達が集まった時。


我々世代のご多分に漏れず、かつては文学少女だった元気な中年女性のおしゃべりで・・



「私は、森瑤子の与論島の別荘に行ったことがあるのよ」と、一人が言った。


ご主人が出版関係の仕事をしていて、森瑤子の挿絵画家を知っているからという話だった。



「森瑤子なんか、好きなの? 私は読んだ事が無いわ」と一人が、切り捨てる様に言う。


多分、デビュー作の「情事」とか、「誘惑」といった、タイトルだけで、森ワールドを想像しているのだと思われた。


すると、


「作品というよりも、森瑤子のライフスタイルが、魅力的なのね」と、与論島経験者が答えた。


そうなのだ。


森瑤子ファンとしては、それがずっと言いたかった言葉だった。


彼女は高校時代から、いわゆる垢抜けした美人で、そのちょっと短めにはいた制服のスカート姿からは、とても学年きっての秀才には見えなかったけれど。



秀才は数十年たって、たとえ二児の母親で、穏やかそうな主婦になってみた処で、それはあくまでも彼女の表の姿に過ぎず、物事の見方や判断力には、何の変わりもないのだった。



中学の友人が数人集まって、上野界隈のいわゆる「谷根千」を巡り歩いたことがある。


幹事役の一人が、前日解説分をファックスで送ってくれた。今なら、添付メールだろうけれど・・。



皆、とても有難がって、中にはファックス紙を持参する人も居た。



そのうち、見物しながら「ねえねえ、これは何かしら・・」と、声を上げる人に


「これは、昭和の建造物で・・」等と、必ず静かに答える人が居た。


「まあ、物知りだわねえ」と驚く皆に、


「いや、昨日のファックスに書いてあったから・・」と答えた彼女。


我々も、目は通した筈なのに、殆ど素通りだったのか・・。



彼女は、大人しい性格ながら、英語と数学では殆ど満点を取る様な秀才で、今は小児科のお医者さんとなり、皆精神的に頼りにしている仲間の一人だ。


「人と話すのが苦手なので、小児科を選んだんだけど。結局は、小児科医の仕事って、お母さんとの会話が大半なんだよね」


人間は、いくつになっても、大きくは変わらないものなのだな、とつくづく思う。



12月に非公開のコンサートがあって、私はガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」のピアノソロ・バージョンを弾く予定だが、その曲に関して何か文章を書いてみようと、ずっと考えている。


そのコンサートで、「熱情ソナタ」を弾く人は、普段から小説を書いているので、何か曲に沿った小説等を書いてみては如何ですか、と勧めてみた処、その人には既にその企画があったらしく、先日逢った時にほんの少し内容を教えてくれた。


それがとても、良い刺激というか、お手本になっている。


まず、何処に視点を置いて書き始めるのか、といった模索、というか、わくわく感。


多分曲が段々弾けて来れば、見えてくるものも違ってくるだろうしと思いながら、今は練習を重ねているのだが・・。


そんな時に、糸井さんの書いた、清水ミチコ応援ティッシュのコピー「あなたは、ティッシュを貰う人ですか。はい、いいえ」を見て、まさにノックダウンされてしまったのだ。


あの視点のユニークさ!


自分もあれこれと発想を試みるのは、右脳にカツを入れる手段として、最高のエチュードかもしれない。

「ほぼ日刊イトイ新聞」は、在宅日には必ずアクセスするサイトだ。


対談するゲストも、私の中ではストライクの人が多いし、何といっても「ほぼ日」のコンセプトがいつも新鮮で楽しい。


それにしても・・。


1月2日に、武道館でライブをする清水ミチコを、勝手に応援するというコーナーの、糸井さんのコピーにはしびれた。


地下鉄の入口で、宣伝のティッシュを配るという事で・・。


清水ミチコの顔写真があって、其処に入れる糸井さんのキャッチコピーは、



「あなたはティッシュを貰う人ですか、 はい、いいえ」


そして、はい、に○が付いているという、コピー。


さすが一世を風靡した糸井さんならではの、独特な発想だ。