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ぴあらーのコラム

なんか気になるなぁと思うことを、つれづれと綴る…予定。

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2010年11月3日午後5時直前、東京ドーム。

開演時間は午後5時なのに、お客さんの入場は、まだまだ絶え間なく続いていて、空席も目立っていた。
「まもなく開演いたします。」というアナウンスもまだ、ない。
これは開演までは、しばらくかかるなぁ…。
そんなことを考えていて、考えているうちに、午後5時になった。

その時間になった途端、東京ドームに流れるBGMの曲に合わせて、手拍子が始まった。そして、曲が終われば、歓声と拍手…。
これが何回も繰り返され、繰り返される度に、ボリュームが増していく。

やっぱり、このユニットの強みは、この熱いファンによって、足もとをしっかり根強く、支えられている部分だなぁ…。

そんなことを考えていたら、「まもなく開演いたします。」というアナウンスが、東京ドームに流れる。

一斉にファンは立ち上がった。
「もう待ちきれない!」。
今回のライブは、このユニット初めての東京ドームでのライブ。
しかも、東京ドームで2日間とか、全国ツアーではない。まさにこの日、一日だけの東京ドームでのライブなのだ。

チケットは、各種先行予約でも、驚くほどの入手困難。そして一般発売も、もちろん即完売。ネットオークション市場でも、ずいぶんな値段がついていた。

そんないろんなことが、高揚感をあおる。
今回のライブのパンフを手に入れたくて、開演1時間前にグッズ売り場に行ってみたら、もう既にというか、とっくに売り切れていた。
まさにお祭り的雰囲気だ。
この雰囲気に浸るために、ここに来たんだよ…!。

そんなことを考えていているうち、目立っていた空席がなくなり、これでもか!と言わんばかりに、ドームがパンパンに膨れ上がっているように見える。

歓声と手拍子は、ずっと鳴り止まない。

そして、暗転。一段と大きくなった歓声のなか、ライブは始まっていった…。


ずいぶんと前置きが長くなったけれど、東京ドームで行われたPerfumeのライブ「1234567891011」に足を運んだ。

Perfumeのライブに足を運ぶのは、今回で2回め。
昨年の「直角二等辺三角形ツアー」に、ライブDVDなどを一切観ないで、ふらっと行ってみたら、これがシングルやアルバム、テレビでの姿などから想像していたのとは全くちがって、いい意味で想像は破壊され、すっごく気持ちのいいライブだった。
Perfumeのパフォーマンスがいいのはもちろんなんだけど、お客さんが作る雰囲気が心地いい。
それがとても印象に残るライブだった。

そして今年、結成10周年記念、新たな11年めを迎えるにあたり、ツアーではない、たった一日だけの東京ドームライブを行うことが発表され、これはすごいことになるぞ!という期待を持って、11月3日、東京ドームに足を運んだというわけだ。


そろそろライブの話をしないといけない(笑)。

序盤から、不自然なガール、ワンルーム・ディスコ、ナチュラルに恋して、love the world。
シングル曲中心で押してくる。

中盤は、Perfumeライブ恒例のMCが中心。
あーちゃんが喋りすぎて、聞いているこちらが、くたびれてくる印象があるんだけれど、この日はちょっと抑えめ。これはとてもよかった(笑)。
でも、どんな会場でもやってきた、いろんなお客さんいじりを、やたら広いドームでもやって、そのことが客席との距離をぐっと縮めて、一体感を上げる。

そして後半は、パーフェクトスター・パーフェクトスタイル、ジェニーはご機嫌ななめ、Perfume、チョコレイト・ディスコ、Puppy love。
ライブならではの曲中心で、盛り上げていく。

Perfumeという曲の時には、リリーフカーに乗って、ドーム一周したりもした。

そして本編の最後は、wonder2。

初めてPerfumeのライブを観た人は、ちょっと「えっ」という感じの後半だったかもしれない。僕が初めての時がそうだったから(笑)。
でも、これがわかるようになると、本当に気持ちがいい!。

アンコールは、最新シングルである、ねぇ。
そして、この曲が私たちに多くのチャンスと出会いを作ってくれて、その時の気持ちを忘れないように、敢えて最後にこの曲を、と語っていた、ポリリズム。

約3時間のライブだった。

やっぱり今回も、とても気持ちのいいライブだった。
敢えて、敢えて苦言を呈するとすれば、「1234567891011」と銘打ったライブで、1~10までについては、記念碑的ライブになって、本当にとてもよかったと思うんだけど、「11」の部分がちょっと見えなかったというか、提示がなかったというか…。
それが、「ねぇ」であったとするならば、もうCMでも、ずいぶんとかかっている曲なので、新鮮さに欠けると思うし。
昨年末から企画をして臨んだドームライブらしいですので、だとしたら、東京ドームで初めて発表するシングル曲というものがあった方が、受け止める側も、「とうとうPerfumeがドームまでやってきた!」という嬉しい気持ちで臨んでいるライブで、ここでの新曲発表となると、「これからもPerfumeを応援していこう!」という気持ちを強くする効果満点だったと思うので、そのあたりは、今後のPerfumeというものを考えた時に、「11」の提示をして欲しかった。これからも応援していくぞ!という気持ちにさせて欲しかった、という部分はある。
まぁ、これだけ根がしっかりファンが、こんなについているのだから、それは杞憂かな。
でも、同系のライバルはたくさん出てきている現状もあるので、そこはやって欲しかった。

しかしながら、バックダンサーなどのサポートメンバーが一切なしの3人だけで、ドームライブをやりきったということに対しては、このライブに懸けてきた姿勢というものが、びしびし伝わってきて、本当に素晴らしかったと思うし、最後のポリリズムの時に、涙を流していた人がたくさんいたんだけど(Perfumeのプロデューサーである中田ヤスタカさんばりに、ばっちりサングラスな男性たちが、止めようと上を見上げつつも、涙が流れて、嗚咽まで始まってしまったのが、数々繰り広げられている光景には、失礼ながら、くすっとしてしまいましたが…(笑))、これはサポートメンバーがいたら、果たしてこんな光景になっていたかどうか。
3人だけでやりきったからこそ、これだけ感動したんだし、素直に、本当にすごい!と思う。


そして、本当にすごい!をもう一つ。それは、このライブを支えたスタッフのみなさん。

このライブは、ものすごくタイトなスケジュールで行われたかもしれないライブでした。
11月3日といえば、プロ野球は日本シリーズの真っ最中。この日は千葉マリンスタジアムで、第4戦が行われていました。
ジャイアンツが日本シリーズに出ていなかったので、ひょっとするとスケジュールに余裕が生まれたかもしれませんが、仮にジャイアンツが出ていたとしたら…。
10月30・31日は、東京ドームで日本シリーズ第1・2戦。
11月1日は移動日。だけど、パ・リーグ優勝チーム本拠地に乗り込む前に、東京ドームで練習を行う可能性が。
そして、第3~5戦を敵地で行って、11月5日がまた移動日。おそらく東京ドームで練習。
この間を縫って、行わないといけなかったかもしれないライブでした。

ばらしは一日で終わるだろうから、それでもすごい量の作業なので、野球をまたちゃんとできる状態にするには、すごいパワーを集めないといけないとは思うんだけど。

何より設営の方!。へたをしたら、まる二日ぐらいで、ライブをできる状態にして、リハーサルをやって、という作業をしないといけない。
ただ単にステージと椅子並べなら簡単にできるんでしょうけど、少なくない舞台効果・映像効果、ドームの端から端まであるステージ。そして、何台あるねん!というぐらいのテレビカメラの設営。
それが終わって、初めてテストやリハーサルができる。

結果としては、ジャイアンツが日本シリーズに出なかったので、スケジュールに余裕ができたかもしれないけれど、企画段階ではわかるわけもないわけで、敢えてこのタイトなスケジュールのなかで、このライブに挑もうとした、チームPerfumeに、本当に敬意を表したい。

Perfumeのスタッフさんから、「3人の晴れ舞台を、どうかどうか観てやってください!。」と言われました、という話を、ある方から聞いたのですが、そんな気持ちが十分伝わってくる、チームPerfumeの仕事ぶりでした。
素晴らしい意気込みと仕事ぶりでした。


先ほども述べた通り、K-POPの襲来、敢えて分類すれば、おたく系アイドルだったAKBの爆発的な一般化など、同系のライバルが多く現れて、Perfumeを取り巻く環境は明るくはないかもしれないけれど、このクオリティーのライブを続けて、そのライブで、この熱いファンをずっと引き連れていけば、きっと生き残っていけると思う。
生き残って欲しい。

そのためにも、Perfumeという、アイドルとかテクノとかいう枠組みにとらわれない、独自の領域を切り開いていって欲しいと思う。


あぁ、またPerfumeのライブに行って、「パ、パ、パ、パ、パ、パ、パフューム」とか、やりたいなぁ…。
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今でも、このお芝居のことを思い浮かべると、ついつい笑いが出てしまう。

これはお芝居だったのか?。

いや、コントだ!。延々80分に渡る、歌舞伎界と演劇界の両巨頭が作り上げた、壮大なコントだ!。

しかし、ずーっと笑いっぱなしだったぁ…。


9月5日~28日に、東京芸術劇場小ホール1で行われていた、NODA・MAP番外公演 「表に出ろいっ!」に足を運んだ。
ただ足を運んだだけじゃない。最前列で拝見させていただいた。

僕自身、野田秀樹さんの作品、NODA・MAP の作品は、実は特段好きなわけではない。

おもしろい!と、おっしゃる方の話をうかがうと、確かにおもしろそうなのだが、実際に自分が足を運んだ作品だけで言えば、やたら大げさなテーマと、やたら多い台詞数。
お芝居を観ている時には、その勢いで「ほーっ。」と思ったりするのだが、実は冷静に思い返してみれば、殊更に重厚なわけでもなく、特に凄いわけでもないと思っていて、だから、たとえ二ヶ月のロングラン公演であっても、チケットが即日どころか、一瞬で完売になる、そんなNODA・MAPのことを、「なにをそんなに、みんなありがたがって、観はるんかなぁ。」と思っていたりもするのである。


では、そこまで言い放っておきながら、何故、今回は劇場まで行ってしまおうと思ったのか。
それは、歌舞伎界の超大物、中村勘三郎さんの登場に、ほかならない!。

これまた別に、普段は歌舞伎を観るわけでもないんだけど、勘三郎さんが現代劇の劇場の芝居に出る。しかも、誉高き野田秀樹作品。これは事件だ!。

しかも、野田秀樹さんと娘役の方との三人芝居。
そして、劇場のキャパは、300人にも満たないというのだから、これは観ないわけにはいかないでしょう!、ということで、劇場に足を運んだわけだ。


今回も、いつものとおり、ずいぶんと大げさなテーマが掲げられていた。
東京芸術劇場のホームページより、かいつまむと、こんな感じである。

「信じるとは何なのか?。これは一夜にして崩壊する家族の物語。
人間の存在理由を思索する哲学という学問が廃れてしまった。けれども、人間は何かしら生きる意味を見出ださないと、生き難い。その空白を埋めるために、自らの趣味嗜好に過剰な価値を置く。
換言すれば、偏愛。その歪みにも気づかない。疑うことすらしない。ただの趣味嗜好なのに。
アミューズメントパークを偏愛する父、アイドル系を偏愛する母、ファーストフードを偏愛する娘。そんな3つの偏愛が混在する、バラバラな家族の物語である。」


ただの趣味嗜好に過剰な価値を置くんだってさ。

これをまともに演劇にされてしまうと、実はわたくしは耳が痛くなるんじゃないかと思ってですね、劇場に行ってみたわけです(笑)。

ところが、いざ幕を開けてみれば、「存在理由の思索」とか「哲学の退廃」とか、そんなんどこ行ったん?。今年55才の二人の男性による、「おばかなお芝居80分!」だったというわけですよ。

娘役の存在は、ちょっと傍らに置かせていただいて、(でも勘三郎さんと野田秀樹さんに臆せず、堂々とした演技とアドリブでした。)、父と母に絞って話を進めると…。

「東京ディスティネーションランド」という、どこかで聞いたことのあるようなテーマパークを偏愛する、勘三郎扮する能楽師の父。
一方、「ジャパニーズ」という、これまたどこかで聞いたことのある、アイドル集団を偏愛する、野田秀樹扮する母。

「東京ディスティネーションランド」「ジャパニーズ」、お互い、どれだけそれを愛しているかを語る一方で、お互いに相手方の価値観は全く受け入れない。
双方に見え隠れする「うさんくささ」を徹底的に攻撃しまくり、ののしりまくるのだ。

この「ののしりまくり」が、最高におもしろかった!。野田秀樹の圧倒的な言葉数、そして言葉世界が炸裂しまくりだった!。

最高のなかでも、特に気に入ってしまったのが、ジャパニーズが歌っているという「世界に3つや4つの花」。

この曲のオリジナル?となっている曲が、個人的には大嫌い(笑)。
何が、オンリーワンだか知らないけれど、僕が勝手に名づけている「負け組開き直りオンリーワン症候群」という、大っ嫌いな発想の元凶となっている曲だ。
大晦日の紅白歌合戦で、平和な世界を祈って、みなさん一緒に歌いましょう!、だなんて、恥ずかしいと思わないのかね。何が「特別なオンリーワン」なんだろうね。笑っちゃうよね。
あっ、口調が本谷有希子のお芝居になってしまってますが(笑)、これは僕がオリジナルだと思ってる曲は…、という話ですよ(笑)。

話を戻して、この「世界に3つや4つの花」をはじめとして、「ジャパニーズ」こばかにしまくりワールド炸裂だった。


一方の「東京ディスティネーションランド」のメインキャラクターは、鼻がやたらと高いねずみ。名前は確か、マッキーといったような…(笑)。
まぁ、勘三郎さんにねずみの耳をつけさせたり、マッキーだったかなぁ、キャラクターTシャツを着せては、脱がして、派手に破りまくって、投げ捨てるとか、もうやりたい放題。

そして、能楽師ということになっている勘三郎さんに舞わせてみたり、勘三郎・野田秀樹の二人揃っての階段落ちなどなど、芝居としては必要なん?、でも、やりたかったからやりました的な要素満載!。


最後の10分は、もう息も絶え絶えで、やっておられましたが、そらそうですよ。それまでの70分間、落ち着く間もなく、ずーっと高いテンションなままで、やっていらっしゃったわけですから(笑)。


もう本当に笑いっぱなしの80分。
この徹底した「ばか芝居」は、野田秀樹の言語感覚と、勘三郎・野田秀樹の好奇心と向上心が見事にはまって、観てから一ヶ月は経っているのに、いまだに笑えるほど、強烈なものだった(笑)。


最後に真面目な話。
このお芝居を自分に跳ね返してみると、様々な価値観を許容しながら、趣味嗜好に、いや自分にとっては仕事だと思っているが、これからも、いいと思ったものには過剰に走ろう!と。
そして、人生の大先輩である55才のお二人が、「自分のやりたいこと」を体当たりで表現して、懸命に走っている姿を、目の当たりにさせていただいた。
自分が55才になった時、そんな自分でいられるために、今の自分は何をするのか。
野田秀樹さんは「廃れてしまった」と言っていたけれど、「自らの存在理由を思索する哲学」に、ふけってみたりすることも悪くないと思う、今日この頃である。
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僕は、F1日本GPの日、鈴鹿サーキットに向かう時には、決まって赤飯を食べることにしている。
日本中からモータースポーツが大好きな人々が集まってくる、最大の祭典。
そのお祭りの日を祝いたいという一心から、そういう習慣が身に染みついてしまった。

そして今年は、家路に向かう時も、赤飯を食べた。
それは、こんな風に思えたからだ。
「本当におかえりなさい。日本グランプリ。」と。


10月10日日曜日、F1日本GP。鈴鹿サーキットに足を運んだ。

F1日本GPは、1987年から2006年までの20年間、鈴鹿サーキットで開催され、長くなるので経緯は省略するが、2007年と2008年は富士スピードウエイで開催。

そして昨年の2009年、再び鈴鹿サーキットで開催された。

2006年の「鈴鹿はこれが最後。」と言われた日本GPは、鈴鹿サーキット史上最高の16万1000人の観客が集まった。
地から沸いてくるような、凄まじい熱気。僕は、その雰囲気に酔いしれた。

あれから3年。僕は、あの熱気が忘れられず、鈴鹿に足を運んだ。

「ただいま、SUZUKA。おかえり、日本グランプリ。」

そんな言葉をあちらこちらで見かけた。

だけど…、それとは裏腹に、たとえるなら、気の抜けたコーラみたいな、そんな雰囲気…。

近鉄白子駅から乗る三重交通のバスに関わる人々も、なんだか活気がない…。
鈴鹿サーキットにいても、熱いものが沸いてこない…。
レースが終わってから、必ず立ち寄っていた、津にある居酒屋さん。看板はあったが、営業はしていなかった…。

F1のなかった3年間、鈴鹿に携わる人々は、ずいぶんと研究したと思う。

鈴鹿サーキットに向かうバス。バス専用道路を作ったりして、画期的に便利になった。
鈴鹿サーキット自身も、かねてから老朽化が指摘されていたが、この3年の間に、かつての姿が想像できないくらいに、施設が改修されて、整備されていた。

だけど、便利になったり、整備はされたけれど、何か、かつての鈴鹿にはあった、雑然とした中で生まれる熱気まで削ぎ落として、整備されてしまったのではないか、と。

日本でのF1人気は急落していると感じてはいるが、ここまで変わってしまうものなのか…。
そして、日本GPの前週に行われたシンガポールGPに足を運んで、活気にみなぎる雰囲気を味わってすぐの出来事だったので、あまりの落差に、茫然としてしまった。

「このままだと、日本GPは終わってしまう…。」

そんな危機感を持ったのが、昨年の日本GPだった。


そして足を運んだ今年、2010年F1日本GP。

どうしても昨年の、気の抜けたコーラの味が頭をよぎる。
危機感・不安感いっぱいで、鈴鹿へ向かった。

すると、近鉄白子駅で降り立った途端から、ものすごい勢いを感じた。
人の「声」がたくさん聴こえる。

昨年は、どんよりしていた三重交通のバスに携わる人々が、すごく大きな声で、そして親切に、僕たちを誘導してくれる。
一気に便利になったバス専用道路は、また今年、もう一工夫加えられていた。

そして、鈴鹿サーキット。昨年とは、まるで違う場所に来たようだった。

レースは、すでにたくさん報道されているとおり、ベッテルが日本GP二年連続で優勝。
そして、小林可夢偉が、鈴鹿サーキットの、他のサーキットのそれと比べても、狭くてきついヘアピンカーブで、そのヘアピンで1レースで5回も追い抜くという、今まで聞いたことのない、エキサイティングな出来事があって、7位に入った。
このレース展開が、熱気が沸き上がる素地を作った部分というのも、もちろんある。

しかしながら、僕が特に大きな声で言いたいのが、このレースを鈴鹿サーキットで支えている人々が、今年、どれだけの努力をされたことか。

まずは、場内実況のピエール北川さん。
2006年の時も、2009年の時も、というか、最近はどの鈴鹿サーキットのレースに行っても、実況はピエールさんだ。

2006年、「F1は鈴鹿ではなくなるかもしれないけれど、鈴鹿では必ずレースをしているし、モータースポーツの灯を消さないためにも、僕たちはいつも、またみんなが鈴鹿に来てくれることを待ってるので。」という泣かせるコメントがあったなぁ。

2009年、ピエールさんは「F1が鈴鹿に帰ってきました!。」と、何回も叫んでいたと思うんだけど、鈴鹿にはなんだかどんよりとした雰囲気で、その言葉が虚しくなるくらい、反応がなかったなぁ。

そして、2010年。
ひょっとしたら、ピエールさんも相当な危機感を持っていたんだと、自分では勝手に解釈をしてるんだけど、冴えてましたなぁ、今年の実況は。
レース前は、「ワールドチャンピオンを懸けた5人による熱戦となるのか、速すぎるマシンによる、つまらないレースになってしまうのか。」
「安くないチケット(どんなに安くても1万円台。高いのは数十万円。)を買って、ここに来たんだ。盛り上がって帰らないと、損じゃないか。」
F1事情に詳しい方ならわかると思いますが、サーキットでは大爆笑。

そしてレース中は、刻々と入る情報をきっちりさばいて、正確な実況。
一方で、タイヤが外れるという初歩的なミスでリタイアしたルノーに対しては、「もう何やってんだ、ルノー。本当に頼みますよー。」と、僕らの気持ちを代弁して、感情をむき出しにしてみたりする。

このあたりは、この日のフジテレビの中継は、竹下陽平アナウンサーが実況をされていたが、全く雲泥の差。
何を言っても許されるサーキットの場内実況と、制約があるテレビの実況とは、環境は全く異なるとはいうものの、根本的な問題として、竹下さんは全くF1をわかっていない。
聞いて呆れる場面が、いくつもあった。
言い出したらきりがないので、ここでは言わないけど、まずはもっとモータースポーツを観ないとだめ。
残念ながら、モータースポーツの感性が、竹下さんには伴ってない。
もっと観込まないと、レースというものを。サラリーマンとはいえ、プロのアナウンサーとして、実況するならば。

とか、聞いて呆れる実況しかできないアナウンサーから話を戻すと、ピエールさんの場内実況は、今年も本当にモータースポーツに対する愛情が、びしびし伝わってくる実況だった。

そして、F1の主役は、もちろん車を走らせる人たちなんでしょうが、もう一つの主役たち。それが、敬意を込めて、写真で紹介させていただきました、オフィシャルのみなさまです。

この方たちの一番大切な仕事は、レースを安全に進行すること。
このレースは、スタートして、第1コーナーまでで、いきなり4台の車がクラッシュなどをしてしまって、止まってしまった。これはそんなに数多く起こることではない。大変な事態と言ってよい。
オフィシャルは、まずドライバーの無事を確認し、車から火が出ないかを確認して、コース外の安全な場所へ車を移動。また、コースに散らばった車の破片や部品を迅速に回収して、レースを続行している他の車が当たったり、踏んだりして、車を壊したり、タイヤをパンクさせないようにする。
その仕事ぶりが迅速かつ確実で、パーフェクトだった。

比較すると、シンガポールGPでは、逆にオフィシャルの動きが遅くて、とても苛立った。
現実に、コース上に止まった車に、後ろから来た車がぶつかってしまい、二重トラブルの形になってしまった。
しかしこれは、オフィシャルが早く現場に駆けつけ、他の車に合図・指示をすれば、防げたはずの事故だった。

それに比べれば、なんと素晴らしい仕事ぶりだったことか!。

ところが、鈴鹿のオフィシャルのすごいところは、これだけにとどまらないところだ。
悪い言い方をすれば、迅速かつ正確な事故処理などをすればいいだけの仕事かもしれない。
それを、レースの盛り上げ役までやってしまう。しかも、必死にやってしまう。

レースが始まる少し前、まずはスタンドに向けて、挨拶がある。
今年の僕がいた場所のオフィシャルの方々なら、こんな感じだ。
「今年も鈴鹿に来ていただきまして、ありがとうございます。みなさんに、このレースに来てよかったと思っていただけるように、安全なレース進行のため、一生懸命がんばります。それから、僕たちもみなさんと一緒に盛り上がりたいので、協力しあって、一緒にこのレースを作りましょう。よろしくお願いします。」
あーっ、なんと素晴らしい御挨拶。
そして、スタート前の記念式典の時は、盛り上げ役を買って出てくれた。

レースが始まると、今年はいろいろあって大変だった。

レースが終わって、片づけが終わると、スタンドの観客は自然と立ち上がり、オフィシャルのみなさんに対して、一斉に拍手が起こった。
それに応えていらっしゃるところが、この写真の光景だ。
どれほどの喝采であったかは、写真にちらほら入っている、他の方の手をご覧いただければ、想像できるであろう。

僕がモータースポーツの好きなところは、レースのおもしろさはもちろんのこと、こういったところだ。
レースに臨むドライバー・ライダーには、握手で送り出す。お互い手と手を自然と出して、握手する。
いい仕事をした人には、その人がどんな立場であろうと、拍手を惜しまない。
そんなモータースポーツ・スピリッツが、本当に大好きだ。

わかったかな?、フジテレビの竹下くん(笑)。あなたは、F1放送の世界でしか、モータースポーツを感じたことがないんじゃないかい?。


昨年は、失望感に満ちて帰ったけれど、今年の日本GPでは、いろんな人が、いろんなところで、このレースへの愛情を、びしびしに表現していた。

確かに、鈴鹿に向かうバス乗り場がある近鉄白子駅前は、多い時には二つあったコンビニが、姿を消した。
白子駅前商店街は、シャッターしか見えない商店街になってしまった。
だけど、この期間だけシャッターが開いて、例えばフェラーリのグッズショップになっているところがあった。
それは、雲間に見える一筋の光のようだった。

ひょっとしたら、地元では、一気に一日に10万人超の人間が押しかけて、ご厄介なイベントだと思っている人も多かったかもしれない。

「僕たちには、本当にこのグランプリが必要なんだ。大好きなんだ。」

厳しい現実も後押ししてなんだろうけど、今年は地元の方々の「おもてなしの心」みたいなものが感じられて、ようやく地元に根づいた感もあったし、観客も含め、モータースポーツに携わる人々の思いが、熱気が、また鈴鹿に戻りつつある。
そんなことを感じたら、うれしくなってしまって、家路に向かう途中で、赤飯をまた食べてしまったわけだ。

ちなみに、毎年帰りの通っていた津にある居酒屋も、今年はちゃんと営業していた。
これもまた、「戻ってきたな。」と(笑)。

では、昨年の雰囲気はなんだったのか。
あまりにも3年間でいろんなことが劇的に変わり、整備されて、まだみんなが慣れてなくて、戸惑っていたんだと、都合よく思うようにしている。


しかし、それでも日本全体として、F1への注目度は下がっていることは否めない。
このままだと、ホンダ・トヨタ・ブリジストンが、F1の世界からいなくなる。日本での人気が下がる。ずっと日本GP開催のメインスポンサーだったフジテレビが、放送はしているけれど、スポンサーからは降りた。F1を開催したがっている国はたくさんある。となると、日本GPはなくなってしまう可能性がある。

F1は、国際影響力が大きい。シンガポールなどは、その大きさを利用して、国の繁栄ぶりを世界にアピールしている。

どうか、日本の皆さまには、F1を見放さないでいただきたい。
F1から「日本GP」の名前がなくなることは、今の日本そのもの、国際影響力低下の象徴となる出来事となるということを、ご認識いただきたい。

今年は優勝したベッテルに、国土交通大臣の馬渕さんがトロフィーを渡した。
馬渕さんにも訴えたい。ぜひ国にも、引き続き日本GPが開催できるよう、尽力いただきたい。


あらためて最後に、僕は、鈴鹿のF1日本GPが大好きだ。