厚田村☆猫家便り -156ページ目

厚田村☆猫家便り

北の日本海に面した小さな漁村に移住してからの日々

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強風で海がしけた日の翌日は、雲ひとつない秋晴れの一日でした。
空気も秋らしく乾燥して、透明感のある抜けるよな空。
遠く海の向こうには手稲山や積丹半島がくっきり見えます。
こんな日は、スカッとしたまばゆいばかりの夕日で、写真を撮るより、早めの時間から猫達とゆっくり夕日浴?とビールを楽しみます。
この日も、猫達の写真を何枚か撮っただけで家に入りました。
すると、ダイニングの壁にもう一つの窓が開き、夕日に染まっています。
ちょっと遊んでみました。
遊んでいる内にスッカリ陽が沈み、本当の窓からは月と宵の明星が薄っすらと見えます。
二階に駆け上がり、やはり西の高窓から写真に撮り、振り返るともう部屋は闇に。

写真1:左は外の閉じたパラソルの、右は室内の撮影者の影。でも何だか良く分かりませんね。
写真2:これなら分かります。
写真3,4:2005.10.6 17:56~18:01

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「モモとハッちゃん」で紹介したばかりのモモが、10月11日の早朝交通事故で逝ってしまいました。
普段踏み込んだことのない、かなり離れた国道のセンターラインで横たわっているのを、偶然家人が発見しました。
「赤い首輪の、モモにそっくりな毛色の猫が死んでいて、今歩道に運んだ、すぐ来てみて」と連絡してきた家人も、連絡を受けた私も、まさかモモが行くには遠すぎる信じがたい場所なので、モモではない飼い猫だろうと初めは思いました。でもこの辺りで、首輪をつけた猫をほとんど見たことがありません。
それに珍しく、昨夜モモは家に帰りませんでした。
疑念を抑えながら、他所の猫でも、早く収容しないと、とタオルと箱を持って車で急ぎました。
顎から頭にかけて一撃を受けて、生前の顔を失ったモモがそこに居ました。
それでも私には一目でモモと確認できたのです。
首輪は市販のものですが、一匹ずつ音が違うように鈴を付け替えていました。
爪も二日前切ったばかりで・・・それより何もかも、やはりモモだったのです。
まだ、やわらかく、温かささえ残る屍となったモモを「どうしてこんな所まで来てしまったの!」と叱りながらの悲しい帰宅でした。
体は綺麗で、国道には血の一滴も、事故の痕跡すらなく、モモの手足はリラックスしており、一撃で即死したのは明らかで、家人がまもなく発見できたのも、心の救いです。
その日家人は、その時間、本来通らないはずの道を車で通りかかった時、「猫が死んでる、役場に連絡しなくちゃな」と思いながらも通り過ぎ、ふと急に待てよと戻ったそうです。時間に追われる家人にはめずらしいことでした。
きっとモモが、「家に連れて帰って」と呼んだのだと・・・。
埋葬を済ませ二日経った今も、なぜあんな離れた所まで行ったのか、どうして命を落とす羽目になってしまったのかと、つらい疑問ばかりが残ります。
何時の日か、「虹の橋」の袂でモモに会ったら一番に問いただしてやらなければ・・・
その時まで、さようならモモ・・・
そして楽しい思い出をありがとう・・・

写真:ほんの一週間前のモモ。この日は久しぶりに一匹で、のびのびお昼寝を楽しんでいました。
猫家に来たのは昨年8月、ほとんど成長しきっていた生後8~10ヶ月頃のやせっぽちでした。
それから一年と二ヶ月、二年ほどの短い命でした。

写真最後:上写真の二日前、ハッちゃんといつものように。ハッちゃんは今日、寂しそうに大きな体を丸くして、同じベットの半分隅で寝ていました。

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10月に入ってから、猫家のダイニングの西の高窓の真向こうに陽が沈むようになりました。
このところ夕暮れ時が忙しく、そして又、ビールを飲むにも、この時間になると涼しすぎて、益々ずぼらを決め込み窓辺からの撮影です。
カラス達はねぐらに帰る前に必ずと言ってよいほどお気に入りの何処かに止まり、夕日を眺めてから、暗くなり過ぎず明る過ぎずのタイミングを捉えて飛び立ちます。
カラスが飛び立った後は、雲の色が急に濃くなり、あっという間に足元も暗くなり、部屋にも灯りが欲しくなります。

写真:2005.10.4  17:16~17:22