



「モモとハッちゃん」で紹介したばかりのモモが、10月11日の早朝交通事故で逝ってしまいました。
普段踏み込んだことのない、かなり離れた国道のセンターラインで横たわっているのを、偶然家人が発見しました。
「赤い首輪の、モモにそっくりな毛色の猫が死んでいて、今歩道に運んだ、すぐ来てみて」と連絡してきた家人も、連絡を受けた私も、まさかモモが行くには遠すぎる信じがたい場所なので、モモではない飼い猫だろうと初めは思いました。でもこの辺りで、首輪をつけた猫をほとんど見たことがありません。
それに珍しく、昨夜モモは家に帰りませんでした。
疑念を抑えながら、他所の猫でも、早く収容しないと、とタオルと箱を持って車で急ぎました。
顎から頭にかけて一撃を受けて、生前の顔を失ったモモがそこに居ました。
それでも私には一目でモモと確認できたのです。
首輪は市販のものですが、一匹ずつ音が違うように鈴を付け替えていました。
爪も二日前切ったばかりで・・・それより何もかも、やはりモモだったのです。
まだ、やわらかく、温かささえ残る屍となったモモを「どうしてこんな所まで来てしまったの!」と叱りながらの悲しい帰宅でした。
体は綺麗で、国道には血の一滴も、事故の痕跡すらなく、モモの手足はリラックスしており、一撃で即死したのは明らかで、家人がまもなく発見できたのも、心の救いです。
その日家人は、その時間、本来通らないはずの道を車で通りかかった時、「猫が死んでる、役場に連絡しなくちゃな」と思いながらも通り過ぎ、ふと急に待てよと戻ったそうです。時間に追われる家人にはめずらしいことでした。
きっとモモが、「家に連れて帰って」と呼んだのだと・・・。
埋葬を済ませ二日経った今も、なぜあんな離れた所まで行ったのか、どうして命を落とす羽目になってしまったのかと、つらい疑問ばかりが残ります。
何時の日か、「虹の橋」の袂でモモに会ったら一番に問いただしてやらなければ・・・
その時まで、さようならモモ・・・
そして楽しい思い出をありがとう・・・
普段踏み込んだことのない、かなり離れた国道のセンターラインで横たわっているのを、偶然家人が発見しました。
「赤い首輪の、モモにそっくりな毛色の猫が死んでいて、今歩道に運んだ、すぐ来てみて」と連絡してきた家人も、連絡を受けた私も、まさかモモが行くには遠すぎる信じがたい場所なので、モモではない飼い猫だろうと初めは思いました。でもこの辺りで、首輪をつけた猫をほとんど見たことがありません。
それに珍しく、昨夜モモは家に帰りませんでした。
疑念を抑えながら、他所の猫でも、早く収容しないと、とタオルと箱を持って車で急ぎました。
顎から頭にかけて一撃を受けて、生前の顔を失ったモモがそこに居ました。
それでも私には一目でモモと確認できたのです。
首輪は市販のものですが、一匹ずつ音が違うように鈴を付け替えていました。
爪も二日前切ったばかりで・・・それより何もかも、やはりモモだったのです。
まだ、やわらかく、温かささえ残る屍となったモモを「どうしてこんな所まで来てしまったの!」と叱りながらの悲しい帰宅でした。
体は綺麗で、国道には血の一滴も、事故の痕跡すらなく、モモの手足はリラックスしており、一撃で即死したのは明らかで、家人がまもなく発見できたのも、心の救いです。
その日家人は、その時間、本来通らないはずの道を車で通りかかった時、「猫が死んでる、役場に連絡しなくちゃな」と思いながらも通り過ぎ、ふと急に待てよと戻ったそうです。時間に追われる家人にはめずらしいことでした。
きっとモモが、「家に連れて帰って」と呼んだのだと・・・。
埋葬を済ませ二日経った今も、なぜあんな離れた所まで行ったのか、どうして命を落とす羽目になってしまったのかと、つらい疑問ばかりが残ります。
何時の日か、「虹の橋」の袂でモモに会ったら一番に問いただしてやらなければ・・・
その時まで、さようならモモ・・・
そして楽しい思い出をありがとう・・・
写真:ほんの一週間前のモモ。この日は久しぶりに一匹で、のびのびお昼寝を楽しんでいました。
猫家に来たのは昨年8月、ほとんど成長しきっていた生後8~10ヶ月頃のやせっぽちでした。
それから一年と二ヶ月、二年ほどの短い命でした。
猫家に来たのは昨年8月、ほとんど成長しきっていた生後8~10ヶ月頃のやせっぽちでした。
それから一年と二ヶ月、二年ほどの短い命でした。
写真最後:上写真の二日前、ハッちゃんといつものように。ハッちゃんは今日、寂しそうに大きな体を丸くして、同じベットの半分隅で寝ていました。