本日、身体障害者手帳をもらってきた。

2級。
脳性麻痺による体幹障がい。

病名がハッキリしないので、こんなところ、、みたい。

1年前は、こんなもん絶対もらわない!もらいたくない!って思ってた。

でも、この1年
色んなことがあった。

1番辛かったのは、保育所からの嫌がらせ。
ただでさえ、子供の発達で思い悩んでいた私に、追い打ちをかけるように、
世の中の除け者にされた。

悔しかった。
今でも、こんなことがあったの、と知り合いに話すと涙が出る。

でも、そのおかげで今の児童発達支援センターに出会えた。

色々な向かい風を受けたり、避けたり、
そうして、少しだけ強くなってきたかな。


お手帳、ありがたく頂きます。


さっ、まずは装具を作ろうっと!

前向きに、
be positive.

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もしも、次男のことが出生前診断で分かっていたら、私は産んだのだろうか?

よく考えることがあった。
でも、ずっと答えが出なかった。
考えても考えても、答えが出なかった。

今日、コウノドリを見て、
障がいが分かり、中絶した夫婦が小さな骨壺を持っている姿を見て思った。

次男が、あの骨壷に入るなんて絶対に嫌だって思った。

そりゃもちろん
言葉が通じなくて歩けないから、大変なことは多いし、
思い描いていた育児とはかけ離れているし、
街に溢れる健常児を見ては落ち込むし、
知り合いの子供を載せたSNSを見ては、一喜一憂するし、
長男の将来を想うと、悩ましいし、

マイナスを見たらキリがない。

でも、彼は
笑っている。
動いている。
生きている。

不思議なもので、
色々な葛藤を乗り越えて
どんな子であれ、かわいい我が子。

私は、その葛藤が2年ちょっと。

まだまだ、浮いたり沈んだり
涙が出る日もあるけれど、
2人の子供が笑っていれば、それで幸せ。

家族仲良く、笑顔を絶やさず。

それが何よりも子供のためだから。



妊娠がわかった時、普通はどんなことを思うかな。

男のこかな、女のこかな?
どっちに似るかな?


今の私なら、真っ先に思う。
健常児かな?異常はないかな?

障がいのある子を持つと、「普通」が当たり前ではないことに気づかされる。
健常に産まれていれば、もっともっと欲深いことを願っただろう。

頭が良くなるかな、とか。
運動ができるかな、とか。

でも、今はこう思う。

お話しできなくたって、歩けなくたって、

泣けるって素晴らしいこと。
笑えるって素晴らしいこと。

生きてるだけで素晴らしいこと‼︎

世の中には、生きて産まれてこれない赤ちゃんもいれば、生きて産まれてきたけれど、重い障がいを持つ子もいる。


周りから見たら、大変そうとか、かわいそうと思われることもあるけるど、
全然そんなことないですから!

もちろん健常児に産まれていたらな、という想いは一生ついて回るけれど、
どんな子であれ、
親にとっては大事な子ども。

特別な気遣いは不要。

子ども同士のコミュニティのように、
人と比べるんじゃなくて、その個々人の発達を見守ることが、障がいに対する差別がなくなる一歩なんじゃないかな。



人と比べないこと

ものすごく難しいことのような気がする。

障がいのある子供を持ってみて、、

外に出ればいやでも目にする健常児たちとの差にゲンナリする
健常児たちの親の発言に悲しくなる
「もう歩いちゃって〜〜。もう少し赤ちゃんでいて欲しかった。」
「言葉が遅くて〜〜。パパママしかまだ言えないの。」
とか、
歩けるだけいいじゃん。
パパママ言えるだけいいじゃん。

それを感じたくなくなると、自然と家にいる時間が長くなり、閉鎖的になる。

そして、何1つ月齢どおりのことができない次男についてタラレバばっかり考える。
「せめて歩けたら。」
「せめてごはんが食べられたら。」
「せめて知能がしっかりしていたら。」

思ったって叶うわけないし、現実になることはないのに。

あ〜〜障がいのある子を持って、ますます私腹黒くなったなぁと思う。


でもその反面、、
障がいのない長男にだってら周りと比べないことはない。
「○○君はできてるよ。」とか、
「4歳なら〜〜できるはずだよ。」

なんてことを、無意識に言ってる自分に気がついた。

健常児であれ障がい児であれ、周りと
比べない
こと自体が非常に難しいことなんだ。

○○ちゃん、可愛いな〜〜
とか、
○○くん、お利口だな〜〜
とか、
それだって比べていることに変わりない。

障がいのある子は、その比べる土俵が違うだけ。

そして、障がいのある子たちの間でも、もちろん比べる土俵があって。

歩けるだけいいじゃん。
ごはん食べられたらいいじゃん。
知能が正常かんだからいいじゃん。
自発呼吸出来てるんだからいいじゃん。
医療ケアないからいいじゃん。

長男のときには、知ることもなかった世界の比べる土俵を知っただけ。

どの世界に行きていたって、人と比べないことって、簡単なようで、心で分かっていても、ものすごく難しい。

大人になれば、それが野心になり、目標となることもあるけれど。

必要以上に人と比べると、疲れちゃうし虚しくなる。

私は私。
自分は自分。
息子は息子。

人それぞれの個性大事にすること。

それが比べないことの第一歩なんだと思う。


先週、身体障害者手帳の申請に行った。

まぁ、取得できるでしょう、とのこと。


なんとも複雑な気持ちになった…


なぜ?
どうしてなの?

原因不明の発達遅滞のわが子は、この先どうなるかも分からない。
先が見えない中、突きつけられた現実。

保育所をクビになってから、浮き沈みの毎日を過ごしている。

人と比べないことって、実はものすごく難しくて、いやでも目に入ってしまう健常児たち。
周りを見ては、比べて落ち込むばかり。

でも、
次男だけを見たら、彼なりのペースでしっかりと着実に成長している。


1ヶ月ほどで手帳が届くそう。
これからは、社会福祉のお世話になりつつ、働きながら彼のサポートをしていきたい。

目をそらさずにしっかりひとつひとつ彼の成長を見つめていこう。
それでいい。
それがいい。