5.30〜6時起床
顔を洗い、朝食、お弁当作り

6時過ぎにパパ→長男次男起床

7時から、男3人のごはん
その間に、夕食下ごしらえ、身支度など済ませ、

7.40頃、長男と家を出る。
自転車で15分ほど、この季節は寒さがツライえーん

8時に園についたら、調子がいいとサクサク準備をするものの、ぐずる日はぐずる。

8時15分の電車に乗ると会社に着くのは8時57分の滑り込み。
なんとか、乗りたいのに、グズグズされるとイライラ

8時15分の次は、8時17分、22分と続くが、完全にアウト。

そんな嵐のような朝が過ぎ、出社すると
9時〜15時は、仕事に追われる。

15時15分の電車に乗り、自転車で次男のお迎えに。
そこから、自転車で15分かけて、長男のお迎え。
またそこから、15分かけて帰宅するのは17時頃。

お昼寝がなく、くたくたの長男。
なんとか20時までには寝かせてやりたいわけで、そこからまたまた戦場、、

理想は、、

18時  夕食
19時  お風呂
20時  就寝

なかなかうまくいかない。

1番大変なのは、食べるのが超速な長男とイヤイヤな次男。この2人を同じ時間に動かすこと。

食器洗いや、食べカス拾い、テーブル拭き、着替え、翌日準備などなど、細かな仕事は山積み。


ワンオペワーママの日常は、
これが当たり前。

でも、次男が保育所をクビになって一度は覚悟した退職。

障がい児を持つ母の定職率は極めて低い。

働けているだけで幸せ
残業できるだけで幸せ

ものごとって、なんでも見方を変えるとポジティブに見えたりするもので、
行き詰ることも多いけれど、
頑張りすぎず、たまには息抜きして、
前に進んでいけばよいのかなってニヤリ



保育所をクビになって早3カ月を迎えようとしている。

ご近所なため、通勤中に元保育所の事務員や保育士に会うことも多々、、。
当然、彼らは完全ムシ、というかあからさまに避けられている。

自分の親世代の人間達が、ほんと、肝っ玉小さいなぁと思う。
なぜ避けるか?後ろめたいから?
それなら、堂々と何食わぬ顔して話しかけられた方が、こっちとしてはうんと気持ちが良いのに。

そして、近所で辞めた保育所のママ友にバッタリなんてことも。

「●●くん、大きくなったね〜〜」

話すことも歩くこともできない次男は、ポケー。当然、同じ学年の子達はもう話すし歩くし走り回っている。

隠しても仕方ないので、ありのままを話すと、その反応に色々なパターンがある。
うちの場合、まだハッキリと診断がおりていないので、説明もしづらくて、、

●どもる人
●そんなことないよ、と元気付ける人
●興味本位で色々探ってくる人
●親身に話を聞いてくれる人

1番ニガテなのは興味本位の人。
こうゆう人に限って、影で話を広めているタイプ。ちょっとの心配と、たくさんの好奇心。
それがきっかけで、何人かのママ友とは疎遠になった。
申し訳ないけれど、私はそんな好奇心を満足させてあげられるほどの余裕はない。日々必死なんだから。

そんな中、ときどき耳にするご懐妊やご出産のはなし。当然、おめでたくて、嬉しい気持ちになる。

けれどその反面、素直にお祝いモードになりきれない自分がいるのも事実。

みんなみんな健常児が産まれるのに、なぜ私だけ、、?
なんともやるせない気持ちになる。

きっときっとこんな想いを、ずーっと背負いながら生きて行くんだ。
長男だけの時は、全く感じなかった気持ちを抱いて、、

だから、比べない育児、上も下も見ない
ただ、前を向いて進んで行くって決めたんだ!
頭で分かっていても

街を歩けば、健常児であふれている。
周りには、健常児ばかり。

同じ歳の子が、走り回ったり、お話ししたり、
兄弟姉妹で仲良く遊んでいる姿を見ると
なんとも言えない胸をえぐられたような気持ちになる。

それは、同じように障がいを持つ子に対しても。

ごはん食べられるんだから、いいよ。
歩けるんだから、いいよ。
お話しできるんだから、いいよ。

ひがみ?ねたみ?
そんなつもりはないのだけど、いつの間にかそんなことを思うことがある。

「比べないこと」

1番楽なことだけど、やっぱり難しい。

比べたって何も変わらない。
落ち込んだって何も変わらない。

頭で分かっていても、なかなかカンペキに切替ができないもので、、。

いつしか、人との関わりも持たないようになっていったし、こどもの話はしなくなった。

私って根暗だなー

頑張りやさんの次男くんの今をもっと見て褒めて、周りじゃなく前だけを見て突き進もう!
今日のコウノドリは重かった。

お医者さんは赤ちゃんの命を救えるけれど、子育てはしない。
命が助かっても障がいが残るなら…?

うちの場合は、出産時に何かがあったわけではないので、当てはまらないけれど、もし妊娠中に分かっていたら、私は産んだだろうか。

次男なんかいなきゃ、もっと幸せだったんじゃないか、
子だくさんなおうちには健常児ばかりなのに、なぜたった2人のわが家に障がい児がきたのか、

大きくなったら、と将来を想い悩んだ。
周りを見ては比べては、落ち込んで。

でも、今は、
命あるだけで、息をしてくれているだけで、笑ってくれるだけで、幸せだと思える。

もちろん、街に出れば健常児ばかりの世界。

ものすごく生きづらい。
でも、殻に閉じこもりたくない。

マイノリティだっていい。
後ろ指さされたっていい。
かわいそうって思われたっていい。

次男が生まれて、私の人生も考えかたもガラリと変わった。


健常児の親たちはどんな気持ちでコウノドリを見ているのかな。

わが子じゃなくてよかった
かわいそうだな
大変そうだな
とか??

確かに、孤独だし大変なことは多いかもしれない。

でも、障がい育児だからって大変なわけではなく、健常児の長男だってそれなりに大変。

楽な育児なんてない。

そして健常児でも障がい児でも、
わが子は、可愛いのだから。


妊娠中に、
女の子がいいな、とか可愛い子だったらいいな、とか運動できる子だったらいいな、なんて淡い夢を抱いていた。

健常児の長男には、
「みんなできてるんだから、頑張りなさい」ってよく言っている。

でも、次男には、、?

現状、怒ることもさほどないし、出来たことだけをひたすら褒めている。

泣いたら抱っこされて、悪いことしても怒られない。

健常児の長男なら出来て当たり前なんだから!
障害児の次男は出来なくて当たり前なんだから!

私の心の片隅にそんな気持ちがあるがゆえの発言。

長男からしたら、かなりの不公平。
ちょっと手のかかる次男がいるから、いつまでもほっとかれて、怒られて。。

健常児に対しては頭良くなるかな、可愛くなるかな、なんて将来の期待を持ち、障がい児には、その子の成長に合った期待を持ち。。

もし、次男が歩けていたら、、?
もし、次男が喋れていたら、、?

もっともっと違った期待を持っていたはず。

世の中色んな人間がいる、
だから、こうして息をして、生きている。
それだけで素晴らしいことだって。

無い物ねだりな自分を、少し深呼吸して考えることも必要だな、、