仕事柄、こんな質問を受けることがあります。

「どうすれば、もっとうまく動けますか?」

これは自然な問いです。そしてこの質問を受けるたびに、私は少し考えます。なぜなら、「うまく動けない理由」が、その人の思っている理由とは違うことがあるからです。

 

動きがうまくいかないとき、私たちは「筋力が足りないのかな」「柔軟性が足りないのかな」と考えがちです。もちろん、それが理由であることもあります。けれど時には、能力の問題ではなく、「別のやり方を知らない」ことが理由になっていることもあります。

 

前回、身体拘束条件について書きました。身体にはそれぞれ固有の条件があります。骨格、関節の可動域、筋肉のつき方。そうした条件は人によって異なり、変えられない部分もあります。けれど生物の面白さは、その条件のなかで驚くほど多様な動き方ができることにあります。同じ骨格を持っていても、使い方は一通りではありません。

 

問題になるのは、その多様な可能性を「知っているかどうか」です。自分が知らない動き方は、使おうとも思えません。「そんな動き方ができるとは思っていなかった」のですから、選択肢として浮かびようがないのです。

 

それを示す興味深い研究があります。ピアニストに外骨格グローブを装着し、自分では出せないような速さと複雑さで指を受動的に動かされる。すると、すでに十分な練習を積み、それ以上の上達が難しくなっていたピアニストの演奏能力が向上したというのです。筋力がついたわけではなく、自分で練習したわけでもありません。しかも、トレーニングしていない反対の手にまで効果が見られました。

 

 

外骨格グローブが教えてくれたのは、「そんなふうに動けるのか」という身体の可能性だったのではないでしょうか。それを知ることで、神経系は新しい選択肢を利用できるようになったのかもしれません。

 

ここから、「身体を変える」ということの意味が少し違って見えてきます。条件をなくすことではなく、その条件の中で使える選択肢を増やしていくこと。そのためには、まず「知らなかった動き」を経験してみること。それが新しい可能性への入り口になることがあります。

 

身体には条件があります。けれど、その条件が動きを決めているわけではありません。同じ条件の中にも、まだ試したことのない選択肢が眠っています。

 

参考文献:Furuya et al. Science Robotics, 2025

 

スタジオアクセス  奈良県桜井市 桜井駅より 徒歩3分

 

■ 講座・ワークショップのお知らせ

外部講師・ワークショップの依頼は info@ajmea.org までお願いします。

■ ピラティスプライベートセッション受付中

お問い合わせはLINEもしくはこちらのリンクから

 

instagram note LINE

 

もし予測が経験からつくられるのだとすれば、その経験とは何でしょうか。

それは、「やってみて、感覚を受け取り、調整する」というプロセスそのものです。つまり、これまで話してきた「予測動き感覚調整」という循環が、予測を育てる仕組みでもあります。

循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。