前回の記事で紹介した研究では、自分で動かしていない指の運動から、ピアニストの演奏能力が向上していました。その鍵になっていたのは、感覚です。動きを感じることが、学習につながっていたのです。

 

では、その感覚を得やすくする方法はあるのでしょうか。実はこの問いは、ピラティスが長く大切にしてきたテーマとも重なります。ピラティスでは、ただ形を真似ることよりも、「今、身体で何が起きているか」に気づきながら動くことを大切にします。これはawareness(気づき)と呼ばれています。

 

なぜ気づきが大切なのでしょうか。前回の話を踏まえると、その理由が見えてきます。

身体は感覚を通じて学習するからです。感じることができなければ、学習は始まりません。

 

そして、その気づきを助ける環境の一つが、ピラティスのマシンなのではないかと思います。リフォーマーやチェアなどのマシンは、単に負荷をかけるための道具ではありません。スプリングは抵抗を与えるだけでなく、動く方向を教えてくれます。少し軌道が変われば身体に伝わる感覚も変わり、力を入れすぎればスプリングの反応が変わる。身体の位置が変われば、負荷のかかり方も変わります。

 

つまりマシンは、「正しい動きを教える装置」というより、「今、自分がどう動いているのかを感じやすくする装置」と考えることもできます。マシンは感覚フィードバックを豊かにしてくれるので、「そこに力が入っていたのか」「こんな動き方もできるのか」「この方が呼吸しやすい」といった発見をしやすくなります。その発見が、新しい学習の入り口になります。

 

前回紹介した外骨格グローブも、新しい感覚を身体に与えることで、これまで使っていなかった運動の可能性を引き出していました。ピラティスのマシンもまた、身体と環境との関係を変えることで、新しい感覚を経験させてくれる存在だと言えるかもしれません。

 

私は、マシンの価値は筋力を高めることだけではないと思っています。身体に豊かな感覚を与え、新しい選択肢に気づく機会をつくること。それもまた、マシンエクササイズの大切な役割なのではないでしょうか。

 

動くことで感覚が生まれ、感覚が学習を生み、学習が次の動きを変えていく。そう考えると、身体を変えるとは、何かを教え込むことではなく、学習が起こりやすい環境を整えることなのかもしれません。

 

この時期の田んぼの水面に映る空が好きです。
 

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もし予測が経験からつくられるのだとすれば、その経験とは何でしょうか。

それは、「やってみて、感覚を受け取り、調整する」というプロセスそのものです。つまり、これまで話してきた「予測動き感覚調整」という循環が、予測を育てる仕組みでもあります。

循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

私たちはつい、「動きは、自分で動くことで学ぶ」と思っています。確かにそれは間違いではありません。けれど身体は、ときどき私たちの予想とは違う方法で学習します。

 

前回紹介したピアニストの研究では、自分では動かしていないのに、演奏能力の向上が起こりました。筋力がついたわけでもなく、自分で練習したわけでもない。それなのに、演奏は上達した。なぜそんなことが起きたのでしょうか。その答えの一つが、感覚フィードバックにあります。

 

指を受動的に動かされるとき、私たちは「動かそうとしている」わけではありません。けれど身体は、その動きをしっかり感じています。関節がどのように動いたか。どんな速さで、どんな順番で指が動いたか。そうした感覚情報は、自分で動かしたときと同じように神経系へ届きます。脳はその情報をもとに、「こういう動きをするには、こんな指令が必要なのかもしれない」という動き方の地図を描いていきます。受動的な経験であっても、感覚さえ入れば脳はその地図を更新することができる。だから、自分では動かしていないのに、動かせるようになっていたのです。

 

これは、運動学習の考え方を少し変えてくれます。「うまく動けるようになるには、正しい動きを繰り返すしかない」と思いがちです。もちろん、それも大切です。けれど脳が学習するために必要なのは、「正しい動きをすること」だけではありません。「動きの感覚を受け取ること」もまた、学習の重要な材料なのです。

 

動くことで感覚が生まれ、感覚が学習を生み、学習が次の動きを変えていく。身体は、感覚を通じて動きを育てています。

 

家の近所は田植えが進んできました。
 

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もし予測が経験からつくられるのだとすれば、その経験とは何でしょうか。

それは、「やってみて、感覚を受け取り、調整する」というプロセスそのものです。つまり、これまで話してきた「予測動き感覚調整」という循環が、予測を育てる仕組みでもあります。

循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

仕事柄、こんな質問を受けることがあります。

「どうすれば、もっとうまく動けますか?」

これは自然な問いです。そしてこの質問を受けるたびに、私は少し考えます。なぜなら、「うまく動けない理由」が、その人の思っている理由とは違うことがあるからです。

 

動きがうまくいかないとき、私たちは「筋力が足りないのかな」「柔軟性が足りないのかな」と考えがちです。もちろん、それが理由であることもあります。けれど時には、能力の問題ではなく、「別のやり方を知らない」ことが理由になっていることもあります。

 

前回、身体拘束条件について書きました。身体にはそれぞれ固有の条件があります。骨格、関節の可動域、筋肉のつき方。そうした条件は人によって異なり、変えられない部分もあります。けれど生物の面白さは、その条件のなかで驚くほど多様な動き方ができることにあります。同じ骨格を持っていても、使い方は一通りではありません。

 

問題になるのは、その多様な可能性を「知っているかどうか」です。自分が知らない動き方は、使おうとも思えません。「そんな動き方ができるとは思っていなかった」のですから、選択肢として浮かびようがないのです。

 

それを示す興味深い研究があります。ピアニストに外骨格グローブを装着し、自分では出せないような速さと複雑さで指を受動的に動かされる。すると、すでに十分な練習を積み、それ以上の上達が難しくなっていたピアニストの演奏能力が向上したというのです。筋力がついたわけではなく、自分で練習したわけでもありません。しかも、トレーニングしていない反対の手にまで効果が見られました。

 

 

外骨格グローブが教えてくれたのは、「そんなふうに動けるのか」という身体の可能性だったのではないでしょうか。それを知ることで、神経系は新しい選択肢を利用できるようになったのかもしれません。

 

ここから、「身体を変える」ということの意味が少し違って見えてきます。条件をなくすことではなく、その条件の中で使える選択肢を増やしていくこと。そのためには、まず「知らなかった動き」を経験してみること。それが新しい可能性への入り口になることがあります。

 

身体には条件があります。けれど、その条件が動きを決めているわけではありません。同じ条件の中にも、まだ試したことのない選択肢が眠っています。

 

参考文献:Furuya et al. Science Robotics, 2025

 

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もし予測が経験からつくられるのだとすれば、その経験とは何でしょうか。

それは、「やってみて、感覚を受け取り、調整する」というプロセスそのものです。つまり、これまで話してきた「予測動き感覚調整」という循環が、予測を育てる仕組みでもあります。

循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

仕事柄、こんな質問を受けることがあります。

 「どんな姿勢が理想ですか?」 「身体は安定させた方がいいですか?」 「もっと力を抜いた方がいいですか?」

どれも自然な問いです。けれど、一言で答えるのは難しい。 

理由は二つあります。身体の条件が人によって違うこと。そして、その人が何をしたいのかによっても、答えが変わることです。

 

たとえば「身体は安定していた方がいいか」という問いを考えてみましょう。

重い荷物を持ち上げるときや、カップに並々と注がれた熱いコーヒーを運ぶとき。ここでは安定性が必要です。一方、歩く、走る、スポーツをする場面では、環境の変化に合わせて調整できる柔軟さも同時に必要になります。身体を完全に固めてしまえば変化への対応が難しくなるし、逆に安定性を作れなければ力を効率よく伝えることができない。

だから問うべきは、 「安定がいいか、ゆらぎがいいか」 ではなく、 「今の目的に対して、どんな安定性が必要か」 なのです。

 

姿勢も同じです。骨盤は立てた方がいいのか。胸は開いた方がいいのか。その問いにも、いつも同じ答えが当てはまるわけではありません。ある人には呼吸をしやすくする工夫が、別の人には余計な緊張を生むことがあります。

だから私は「こうすればいい」と断定するよりも、 「こうすると楽になる人が多いかもしれない」 「この場合には役立つことがある」 という言い方をすることがあります。

 

歯切れが悪く聞こえるかもしれません。けれど、身体は思っている以上に複雑です。同じ人でも状況が変われば最適解は変わります。

 

もちろん、何でも「人による」わけではありません。

 

呼吸がしやすいこと。必要以上に力を使わないこと。やりたい動作を効率よく行えること。そうした共通する原則はあります。ただし、その原則にたどり着く道筋は、人によって違います。

 

身体を見るということは、正解の形を探すことではなく、その人の条件と環境、目的を理解していくことなのだと思っています。前回の身体拘束条件も、そのための一つの視点です。

 

自分の身体を知ることも、同じかもしれません。「理想の形に近づく」ことより先に、「今の自分にはどんな条件があって、何を目指しているのか」を知ること。そこから始めると、身体との付き合い方が少し変わってくるように感じます。

 

台風が近づいてきています。皆様、どうぞお気をつけてお過ごしください。

 

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循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

同じ動作でも、人によって動き方は違います。それは単なる技術や努力の差だけではありません。

 

股関節の可動域や筋力のバランス、脚の長さ、体重の配分など。私たちの身体には、それぞれ異なる「条件」があります。

 

工学では、このような制限を「拘束条件」と呼びます。ロボットが、関節角度や重さの制限の中でしか動けないように、人間の身体にも「動きやすい範囲」と「動きにくい範囲」があります。

 

ただ、人間の身体の拘束条件は、それだけではありません。骨格や筋力のような比較的変わりにくい条件だけでなく、「今この瞬間の状態」も、動きに大きく影響します。

 

疲れているときには筋肉は普段より早くこわばるし、痛みがあるときには身体はその部位を避けるように動きを変えます。前の動作で生じた疲労が、次の動きの準備に影響することもあります。つまり、身体の条件は固定されたものではなく、常に変化しています。

 

たとえば、椅子から立ち上がる動作を考えてみます。

立ち上がるには、重心を足の上へ移動させる必要があります。身体はその前から、体幹を前傾させたり、足で床を押す準備をしたりしながら、重心が移動しても崩れない条件を先回りして整えています。

しかし疲労が強い日は、その準備が遅れ、立ち上がりが不安定になることもあります。

このように、私たちはいつも、その時々の身体条件の中で動いています。

 

赤ちゃんが転ばなくなるのは、単に筋力がついたからではありません。

 

転んで、起き上がり、また手を伸ばす。その反復の中で、身体は少しずつ「自分の条件」を学習していきます。

「このくらい腕を伸ばすと、重心はここまで移動する」「このタイミングで体幹を準備しておけば、崩れにくい」「この方向へ体重が動くと、足で支える必要がある」そんなふうに身体は、「次に何が起こるか」を少しずつ予測するようになります。

 

「うまく動く」とは、ただ正しい形を真似ることではなく、今の自分の身体がどうなっているのかを感じ取りながら動けることなのかもしれません。

 

そしてそれは、自分の身体を知っていくことでもあるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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もし予測が経験からつくられるのだとすれば、その経験とは何でしょうか。

それは、「やってみて、感覚を受け取り、調整する」というプロセスそのものです。つまり、これまで話してきた「予測動き感覚調整」という循環が、予測を育てる仕組みでもあります。

循環の中で動くことが、次の予測を少しずつ精緻にしていく。予測と経験は、別々のものではなく、同じ循環の中にあります。

だから、身体を動かすことには、二つの意味があります。ひとつは、今この瞬間の動きそのもの。もうひとつは、次の予測を育てるための経験を積むことです。

ただし、ただ繰り返すだけでは、予測はあまり変わりません。

同じ動きを何度やっても、「どうだったか」に気づかなければ、脳に届く情報は少ない。フィードバックが薄ければ、予測はほとんど更新されないのです。

「動いた結果、どうだったか」。重さは変わったか、力みは残っているか、動きの前後で何かが違うか。その小さな気づきのひとつひとつが、脳への情報になります。やってみること、感じること、調整すること。この三つが揃ったとき、経験ははじめて予測を更新する力を持ちます。

日常生活の中で、環境は常に変化しています。床の硬さ、履いている靴、その日のコンディション——同じ条件が続くことのほうが少ないかもしれません。

その中で大切なのは、「正しく動けること」よりも、「変化に応じて調整できること」です。

試行錯誤を重ねてきた身体は、新しい状況に対しても、予測と結果のズレを手がかりにしながら柔軟に更新していくことができる。うまくいかなかったときでも、そこから立て直すことができる。

予測の精度が変われば、出てくる動きも変わります。

やってみて、感じて、調整する。その循環の中で、予測は今この瞬間も少しずつ書き換えられています。

その積み重ねの先に、環境に適応できる身体が育っていきます。