松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~ -17ページ目

松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に人生と社会を豊かにしていきましょう。~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!

昨年のISCM国際現代音楽協会の世界音楽祭ポルトガル大会に出席した訪問記を再掲載しています。

暫くの連載となっています。どうぞご覧ください。

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《ISCM World New Music Days 2025 Portugal》訪問記の本編も4回目、

今日は Miso Music が2014年にオープンした実験的イベントスペース、

0'culto da Ajuda の紹介を軸として綴っていきましょう。

 

6月2日夜の公演【新オペラプロジェクト「A LAUPH TO CRY」】

(音楽祭コンサートno.11)で既に 0'culto da Ajuda を訪ねていましたが、

翌日から4回にわたって行われたISCM国際現代音楽協会の年次総会

(General Assembly)やその他のいくつかの公演もこの会場で実施され、

WNMD2025 の拠点会場の一つになっていました。

 

リスボンのベレン地区の緩やかな坂道の途中の路地を入って一角曲がったところに、

ひっそりと佇む 0'culto da Ajuda は、古い家屋を改造・改装した施設でした。

内部は小演劇公演でよく見かける芝居小屋のような雰囲気で、

そこに階段状の客席と最後方の調整卓が常設され、

また壁際や天井などに数多くのスピーカーや照明ライト、

そしてプロジェクターなど、所狭しと仮設されていました。

これらのスピーカーや照明装置を駆使して、ラウドスピーカーオーケストラ公演や、

音響と映像を加味した総合舞台作品の上演などに、

自在に活用できるスペースであるとお見受けしました。

いかにも Miso Music らしい本拠地であると感心しました。

 

↓ アフリカ原産のジャカランダが咲く坂道を登って右に曲がると

  0'culto da Ajuda にたどり着きました。

 

↓ 0'culto da Ajuda 前の風景

 

↓ O'culto da Ajuda 内部の様子

↑ 壁や天井などに数多くのスピーカーや照明器具が配された

↓ 実験的イベント空間でした。

 

6月3日午前中の ISCM総会 1st session の後の公演

【EXTRAORIDINARY CELLO】(音楽祭コンサートno.12)は、

Felipe Quaresma の独奏により5作品が演奏されました。

この日の次のコンサートだったサクソフォンのコンサート

【EXTRAORIDINARY  SAXOPHONE】(音楽祭コンサートno.13)と共に、

ポルトガルの素晴らしい演奏者による充実した演奏会でした。

 

【EXTRAORIDINARY  CELLO】(音楽祭コンサートno.12) の

プログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

6月4日の総会の後の午後の公演2回は、O'culto da Ajuda 常設に機材を活用した

電子音楽分野の演奏会【Cinema for the Ear #1】(音楽祭コンサート15 & 16)でした。

前後左右上下に約20台も配されたスピーカーのフェーダーコントロールを、

作曲家自身がリアルタイムで操作しながら作品を再生するコンサートでした。

プログラムには MMP LPOUDSPEAKER ORCHESTRA と記載されていましたが、

日本ではCCMC等で行われているアクースマティックにほぼ近い形の

音響コンサートと考えていただければお分かりいただけるでしょうか。

 

6月6日の総会の後の午後公演2回も、ほぼ同様のスタイルの音響コンサートでした。

中には映像を伴う作品もあり、さまざまな作品を作曲者自身のスピーカーバランスの

制御の下に楽しむことができました。

ライドスピーカー・オーケストラ・コンサートは、

この施設の特性を活用した Miso Music らしい設えのイベントとなっていました。

 

【Cinema for the Ear #1】(音楽祭コンサートno.15 &16) の

プログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

 

【Cinema for the Ear #1】(音楽祭コンサートno.22 &23) の

プログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

 

ISCM総会の様子はまた後日にまとめてレポートすることとして、

明日は6月4日の夕方公園から新たな拠点会場となっていた

Sao Luiz Teatro Municipal の紹介を中心に訪問記を続けていきます。

 

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追記:私は現場に居合わせることができなかったのですが、

O'culto da Ajuda では、上述の公演の他、6月5日の昼公演として

【THIRST FOR CHANGE / INTERNATIONAL COLLOQUIUM】

(音楽祭コンサートno.19)も行われました。

Keynote speaker, speakers, Portuguese guitar, violin などを組み合わせた

作品やパフォーマンスが並ぶ、コラボレーションの新展開だったようです。

 

【THIRST FOR CHANGE / INTERNATIONAL COLLOQUIUM】

(音楽祭コンサートno.19) のプログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

 

 

2023年の1月31日をもって閉館となった東急百貨店渋谷本店の1階に片隅に
嘗て展示してあった、昭和40年頃の渋谷駅のジオラマを撮影した写真を
毎日1枚ずつアップしています。

今日のカットは、山手線のホームの上に覆いかぶさるように建っていた
東横百貨店の様子がよく判る1枚です。

山手線に覆いかぶさる東横百貨店

この場所には、渋谷川も流れていて、
それを暗渠として塞ぎながら建設された玉電ビル
等を基盤として増改築を繰り返しながら
複雑に発展してきたのが東横百貨店、
現・東急百貨店東横店です。

昭和40年頃の山手線には、茶色の旧型国電もまだ残り、
新性能電車の最初期形式101系(黄色)に続き、
その後続型103系(ウグイス色)も走り始め、
編成両数も6~7~8と増えていっていた時でした。
脇を走るのは山手貨物線で、まだ蒸気機関車が牽引する
貨物列車も時折見ることができました。
現在ではこの線路を、埼京線や湘南新宿ラインや
成田エクスプレスが走っています。

アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた
「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、
全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。
今回は第224巻の紹介です。

 

 

毎号のお楽しみになっているNゲージサイズ車両模型ですが、本号では、

東北本線や仙山線など、仙台周辺で採用された「仙台色」を纏った

クハ455形の端正な姿をお楽しみいただけます。

 

 

それではいつものようにパッケージを解いて、

奥底から第224巻の冊子を取り出しましょう。

 

 

巻頭記事はこのところの通例で、付録模型の車両形式の解説です。

国鉄時代に交直両用急行形電車は600量近く製造されましたが、

クハ455形は東北エリアの勾配用とされた455系の制御車です。

国鉄晩年からクリームに緑帯の通称「東北色」(仙台色)に装いを改めて、

普通列車に充当されて活躍しました。

 

 

次のページは、JR西日本オリジナル初の通勤形電車、207系の特集です。

国鉄分割民営化から間もない平成の初頭に、大阪市中心部の地下を横断する新線が計画され、

新たなアーバンネットワークの構築を目前にしていた時に、

自社オリジナルの通勤形電車が開発され、1991年から投入が開始されました。

関西圏の通勤輸送を担う直流電車の新たなスタンダードとして、

多彩なバリエーションを展開しつつ21世紀まで増備が続けられました。

 

 

更にページをめくると、新時代の青函トンネル専用機関車、

EH800形交流電気機関車の特集です。

2016年に北海道新幹線の新青森ー新函館北斗間が開通して、

青函トンネルを通るようになり、架線電圧の引き上げなどの条件が変わることになり、

それに対応する新たな電気機関車として、EH800形が開発されました。

 

 

「日本の鉄道の歴史」シリーズは、鶴見線の特集です。

京浜工業地帯の臨海部の奥深くに向かう元は私鉄の電鉄線です。

短距離の細かい路線が巡る「工業地帯のローカル線」と呼ばれる、独特の通勤路線です。

中には工場に面していて外に出られない、ミニ支線の終着駅もあります。

嘗ては茶色の旧型国電の単行運転も見られましたが、

現在では205系3両編成で運行されています。

 

 

巻末記事はいつものように「観光列車」シリーズです。

本号では、南海電気鉄道6000系の特集となっています。

高野線向けに開発された南海初のオールステンレス車両で、

しかも急勾配・急カーブが連続する高野線としては初めての20m級車体でもありました。

車齢50年を過ぎても約半数が今なお現役で活躍している、優秀な車両です。

 

 

「国産鉄道コレクション」シリーズは、まだまだ続きます。

 

 

このブログのマーラー交響曲談義も、そろそろ終盤に差しかかってきました。
今日は、交響曲第9番です。

マーラーは、ベートーヴェン以降の作曲家が、
第9番を越えて交響曲を書いていないこと、
つまり第9番を書くか書かないうちに鬼籍に入っているという事を、
非常に強く意識していたようです。

指揮者・作曲家として確固たる地位を獲得していった
壮年期のマーラーでしたが、一方では、
若く美しい妻=アルマの恋愛に悩んだり、
また自身に生来の心臓疾患があることが判り、
自分の人生に残された時間があまり長くはないのではないか
という予感を強く抱いてたり、心の葛藤があったようです。

それでも、このシリーズ前々回の記事=
第8番までは、ベートーヴェンが
第1番から第9番まで上り詰めていったような、
漸進的・前進的進化の様相を見せていましたが、
あの記念碑的大作=第8番の初演の大成功の後、
いよいよ次は第9番という段になって、
マーラーはその「9」という数字の呪縛に
自ら陥っていきます。

まずオーケストラ歌曲の集積のような特異な作品=
交響曲「大地の歌」を作曲したのです。
その後で満を持して、自分は既に交響曲を9曲書いたという
自信を持って、第9番を作曲したのです。

ここでは、今一度、
器楽のみによる交響曲に立ち返っています。
楽章の数も4つですから、一見したところでは、
古典派以来の伝統の基本に立ち返っているようにも
思われますが、実は相当に独創的な楽章構成になっています。

第1楽章は、まるで緩徐楽章かと思われるような、
不思議な導入によって開始される
マーラー流ソナタ形式楽章です。
しかし、第8番までの冒頭楽章のような、
肯定的・前進的な楽想ではなく、天国を夢見るような、
或いはまた厭世的な音楽が支配しています。
緩徐楽章の性格を併せ持った冒頭楽章と言えるでしょうか。
但し、構成分析としてはマーラー流ソナタ形式(ABABABAABA)を
敷衍していると考えられます。
ただ、A(第一主題楽想)が緩徐調で
B(第二主題楽想)がむしろ力強くクライマックスに繋がるという、
従来のソナタ形式における二つの主題の役割が逆転していると捉えることも可能な、
新たな境地に至っていると考えることができる、独特の楽章です。

第2楽章はマーラーが好んで用いるレントラー(田舎風ワルツ)ですが、
スケルツォの要素も途中で顔を覗かせます。
つまり。レントラー+スケルツォと言える楽章です。

第3楽章は「ロンド・ブルレスケ」と題されていて、
ほとんど終楽章と考えて差し支えないような、
目まぐるしくまた量感たっぷりな音楽が展開されます。
特に終盤は、オーケストラの即興演奏のような闊達な熱気を発散しながら、
爆発的な結尾に向かって炸裂します。

そして、第4楽章が、まるで天国への階段へ誘うような
結尾に向けて、緩徐調のフィナーレを紡いでいきます。
交響曲第3番の終楽章(第6楽章)にも近似性を持つ、
シンプルに俯瞰するとABABA+Coda構成のアダージョ楽章です。
但し、各主題は現れるたびに綿密に変奏を施されて発展的に提示されるため、
マーラー流ソナタ形式楽章にも一脈通じる発展性も感じられます。
主要主題が再現された後の弱奏に支配されたコーダは、
実演を会場で聴衆として聴く時は、息もできないような緊張感に包まれます。
死を予感し、死を恐れ、しかしまた死に憧れているかのような、
妖しいばかりに美しい終楽章です。

このように見てくると、実はこの楽章構成は、
チャイコフスキーの最後の交響曲=第6番「悲愴」と
近似していることに気づくのではないでしょうか。
ロマン派を代表する作曲家が完成させた最後の交響曲が、
どちらも似たような独自性を持った楽章構成で
現世と静かに惜別するかのような結末を持った作品に
なっていることは、単なる偶然ではない、
19世紀末から20世紀初頭の時代の空気の影響を感じます。

この作品もまた、マーラー自身が指揮することも
聴くこともなく、マーラー自身が他界してしまいました。
そう思ってこの曲を聴くと、尚更のこと、
厭世観が濃厚に感じられます。


私のライブラリーには
この曲の数種類のディスクがありますが、
珍しく懐かしい名盤としては、
このLPを挙げておきましょう。

ジョン・バルビローリ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ANGEL RECORDS / EAC-85035~36

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー9番バルビローリ盤


そして、お勧め盤としては、この作品を世に知らしめた
最重要指揮者と言って過言ではない存在だったバースタインが、
一度だけベルリン・フィルを指揮した演奏会ライヴCDに
留めを刺します。

レナード・バーンスタイン指揮/
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
グラモフォン / POCG-1509/10

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー第9・バーンスタイン盤

先日、WOWOWで放送されていた映画「惑星ソラリス」を鑑賞しました。

上映時間165分というSF超大作でした。

先進的科学技術にまつわる近未来の出来事を抽象化した映像美で表現するという点において、

1968年の公開されたスタンリー・キューブリック作品「2001年宇宙の旅」と、

同じ時代の匂いがする作品でもあります。

1972年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、

一躍国際的に注目された話題作となりました。

 

しかし、この映画「惑星ソラリス」は、1972年に旧ソ連で誕生した映画ということを考えると、

よくぞこのような作品が旧ソ連の体制の中で製作されて公開できたな。。。と思います。

とにかく、一度は観ておくべき作品と言えるでしょう。

 

 

♫  ♫ ♫ ♫ 映画「惑星ソラリス」♫  ♫ ♫ ♫

 

監督:アンドレイ・タルコフスキー

脚本:アンドレイ・タルコフスキー フリードリヒ・ガレンシュタイン(英語版)

原作:スタニスラフ・レム/『ソラリス』

音楽:エドゥアルド・アルテミエフ

美術:ミハイル・ロマージン

撮影:ワジム・ユーソフ

製作国:ソビエト連邦

上映時間:165分

公開:ソ連 1972年3月 日本 1977年4月

 

キャスト:

 ナターリア・ボンダルチュク

 ドナタス・バイオニス

 ユーリ・ヤルベット

 アナトリー・ソロニーツィン

 ウラジストラフ・ドヴォルジェツキー

 ニコライ・クリニコ         他

 

 

 

 

 

 

昨年のISCM国際現代音楽協会の世界音楽祭ポルトガル大会に出席した訪問記を再掲載しています。

暫くの連載となっています。どうぞご覧ください。

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《ISCM World New Music Days 2025 Portugal》訪問記の連載を始めています。

2回にわたる導入編を経て、一昨日から本編に入っています。

 

今日は、私の題材中としては6月2日と3日にかけてのメイン会場となっていた

ベレン文化センター(Centro Cultural de Belem)での公演を中心に、

6月3日の公演などについてお話ししましょう。

 

  

 

ベレン文化センターはジェロニモス修道院や発見のモニュメントに程近い立地の、

壮大な現代的な建築で、音楽ホール、イベントホール、展示室、会議室、

資料室、美術展示などが複合している施設です。

昨日の記事で既に触れた6月2日の【ピアノ・マラソン】3公演

(音楽祭コンサートno.8〜10)は、その中の小ホールで行われました。

 

翌日に夕方の公演【EXTRAORIDINARY  SAXOPHONE】(音楽祭コンサートno.13)

は、同センター内の別の会場、Sala Luis de Freitas Bronco で行われました。

下の写真の通り、普段は演奏会場として使用してはいないと思われたものの、

雰囲気の良いスペースでした。

サクソフォン奏者:Henrique Portovedo 氏は、大小各種の楽器を駆使しながら、

6作品を見事に彫琢して、喝采を浴びていました。

 

【EXTRAORIDINARY  SAXOPHONE】(音楽祭コンサートno.13) の

プログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

 

6月3日夜のコンサートは室内アンサンブル演奏会【Rough Shapes】

(音楽祭コンサートno.14)は、同センターの小ホールに場所を戻して行われました。

演奏団体は Concrete [LAB] Ensemble(指揮:Joao Quinteiro)でした。

日本で例えると アンサンブル・ノマドやアール・レスピラン のような規模の

室内アンサンブルで、世界各国の作曲家による6作品が演奏されました。

 

【Rough Shapes】(音楽祭コンサートno.14) の

プログラムをこちらにリンクしておきます。↓

 

開演前のステージ

 

終演後の客席

 

6月3日の昼公演(音楽祭コンサートno.12)のレポートが抜けていますが、

明日の記事の中で紹介します。

明日は、Miso Music が2014年のオープンした実験的イベントスペース、

0'culto da Ajuda の紹介を中心として、ISCM総会や6月4日の公演などについて

お話ししていきます。連日のご精読、ありがとうございます。

 

 

今日は1月の第2月曜日、「成人の日」ですね!
新成人の皆様、おめでとうございます。

2011年の東日本大震災・大津波、その後も続く
熊本大地震、やここ数年多発する各地の自然災害、
そして世界各地の発生した災害や紛争、
日本の財政赤字累積の増大と年金や税金の問題、
ここ四年ほど世界中を混乱に陥れている新型コロナウィルス禍、
近年のウクライナへのロシアの侵攻やガザ地区の問題・・・
更には昨年は年始早々に大震災や航空機事故の報も相次ぎ・・・
悩ましい時代ではありますが、今年の安寧や発展を祈りたいと思います。
ピンチこそチャンスと考える位の発想と気力と度量を持って、
これからの日本・世界を、活気ある社会にしていってください。

「私には才能が無いから・・・」とか、
「あの子は才能があるのに惜しいね・・・」等と、
「才能」という言葉を使いますが、
私の考えでは、「才能」という言葉を、
世間一般が上手く使いこなしていないケースが、
多々あるように思われます。

私に言わせれば、一番目の例は、
自ら尻込みしている時点でもう才能が無いという事になりますし、
二番目の例は、「素質は有るかもしれないのに才能が無いね・・・」
ということになります。

「才能」とは、他人が呆れるほど或る事に熱中し
続けたり、辛い努力を継続できたりする、
持続的な精神力だと考えています。
それに「素質」が噛み合えば鬼に金棒、正に天才が出現します。
「素質」がそれ程でなくても、「才能」があれば、
相当の線まで到達することは可能だと考えてもいます。

つまり「才能」とは貴方の心の中に存在しているのです。
諦めたらその時点で才能は無しということです。
好きで好きでたまらない事に向かって
尋常ではない努力を継続できる好奇心と忍耐力こそが
「才能」だと、私は考えています。

音楽家や作曲家を目指そうと考えている貴方、
まず音楽を好きになって
様々な音楽を聴きまくってください。
そして、このブログの内容等を参考にして、
自分の成すべき努力を長期にわたって継続してください。
才能は自分で形成していくものなのです。

音楽の世界のみならず、どのような道においても
同様のことが言えると思います。
「成功するまで継続」しつづければ、
「才能があった」ことになるのです。


季節と縁起の良さに因んで紅梅の写真をアップしましょう!

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-紅梅咲く!
写真素材 - フォトライブラリー http://www.photolibrary.jp

私のお薦めのパワースポット、
九頭竜神社(箱根神社境内に分祀)で
新成人の皆さんの前途の健勝を祈願しましょう!

九頭竜神社

そして、成人された皆さんの将来の無限の可能性に、
乾杯!

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-キール・ロワイヤル
2023年の1月31日をもって閉館となった東急百貨店渋谷本店の1階の片隅に
嘗て展示してあった、昭和40年頃の渋谷駅のジオラマを撮影した写真を
先日から1枚ずつアップしています。

地下鉄が路上を跨ぐ渋谷駅

渋谷駅の東口の前は、明治通りが山手線と並行して
通り抜けていて、駅前広場と一体になっています。
昭和40年頃は、都電の数多くの路線が終結していました。
天現寺・中目黒方向に向かう線路と、
青山方面からループ状に渋谷駅にアプローチしてくる
線路の二系統に大別できる線路がお判りいただけるでしょうか。

その上を直行して跨いでいるのが、
営団地下鉄(現・東京メトロ)銀座線です。
地下鉄が路上の天空を走ると言う奇妙な風景は、
今も渋谷の風景の名物となっています。

アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた
「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、
全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。
今回は第223巻の紹介です。

 

 

毎号のお楽しみになっているNゲージサイズ車両模型ですが、本号では、

JR九州色を纏って日豊本線や鹿児島本線で運用された急行形電車、

457系の先頭車、クモハ457形の端正な姿をお楽しみいただけます。

 

 

それではいつものようにパッケージを解いて、

奥底から第223巻の冊子を取り出しましょう。

 

 

巻頭記事はこのところの通例で、付録模型の車両形式の解説です。

国鉄時代に交直両用急行形電車は600量近く製造されましたが、

最後に登場した457系は、50・60Hz共用で使用路線を選ばない汎用型として、

重宝された存在でした。九州、北陸、東北で活躍しましたが、

国鉄民営化の後にJR九州に引き継がれた車両は、

アイボリーに青帯を巻いた端正な塗装を纏って、2007年まで運用されました。

 

 

次のページは、東武鉄道6050系の特集です。

私鉄随一の広範な路線網を持つ東武鉄道では、豪華な特急車両に伍して、

地味ながら国鉄の急行形に近い雰囲気の車両も長く活躍しました。

快速などの料金不要の種別も設定されて、長距離輸送を担っていたのが、

この6050系です。2両編成単位で運用できるので、2両〜6両編成で、

浅草から日光、鬼怒川、野岩鉄道方面を結んで活躍しました。

 

 

更にページをめくると、特殊なSLの記事が興味をそそります。

台湾の阿里山森林鉄道のシェイギヤードの特集です。

急曲線や急勾配に威力を発揮する駆動方式で、内燃エンジンのように

シャフトを回転させて動力を伝導する方式の蒸気機関車が、

阿里山森林鉄道では大活躍してきました。

現在でも、動態・静態で多くの車両が保存されているということです。

 

 

「日本の鉄道の歴史」シリーズは、天竜浜名湖鉄道の特集です。

海からの攻撃を避けるために内陸を通る路線として、東海道本線の北側に、

浜名湖と浜松市を迂回して敷設された二俣線が前身で、現在は第三セクターとなっています。

茶畑や浜名湖が眺められる、遠州らしい風景の中を走る路線です。

車庫も駅舎も国鉄時代のままの施設が多く、懐かしさも漂う鉄道風景があります。

 

 

巻末記事はいつものように「観光列車」シリーズです。

本号では、地下鉄などと直通運転をする「S-TRAIN」用に投入された

西武鉄道の40000系電車の特集となっています。

近年になって私鉄各社が導入している「デュアルシート」を搭載して、

座席指定制の有料列車に運用されている電車です。

池袋、新宿方の先頭車には"パートナーゾーン"が設けられて、

大型の側窓は異彩を放っています。

 

 

「国産鉄道コレクション」シリーズは、まだまだ続きます。

 

 

グスタフ・マーラーは、交響曲第8番の初演で、
交響曲作曲家としての人生最高の成功を収めました。

しかしその後、クラシック音楽界の大ジンクスに
呵まれることになっていきます。
所謂「第9の呪縛」です。

ベートーヴェン以降のシンフォニストで、
交響曲を9曲を超えて発表した者が居ないという
有名なジンクスを強く意識したのです。

シューベルトも然り、
(当時は「ザ・グレイト」が第9番とされていました)
メンデルスゾーンやシューマンやブラームスは4~5番止まり、
ブルックナーも第9番を未完で鬼籍に入ってしまいました。

生来の心臓疾患が判明して自分の死期が
そう遠くないと悟るようになっていたマーラーは、
第9番を書いてしまったら寿命が尽きるのではないかと
考えるようになってしまったのです。

そこで、第9番を書く前に、
番外編としてこの「大地の歌」を発表して、
既に交響曲を9曲書いたのだからもう大丈夫という
自己暗示の下に、次に<第9番>を書いたという
心理的な事情があったのです。

さて、その交響曲「大地の歌」を紐解いていきましょう。
全6楽章構成で、すべて独唱を伴った楽章になていて、
非常に大規模なオーケストラ伴奏付歌曲といった趣の
作品になっていますし、ソナタ形式楽章は在りません。
しかし、作品の精神的な質量から、
やはり紛れもなく交響曲と言える風格を持っています。

第1楽章=地上の悲愁を詠える酒席の歌(テノール独唱)
 李太白の詩による、厳しさを感じさせる楽章です。
第2楽章=秋に独りいて寂しきもの(アルト独唱)
 銭起の詩による、もの思いに沈んだような楽章です。
第3楽章=青春にふれて(テノール独唱)
 李太白の詩による、快活な情熱を放射する楽章です。
 小粒ながらピリリと辛い、スケルツォのような存在です。
第4楽章=美しさについて(アルト独唱)
 李太白の詩による楽章が続きます。
 静かに始りつつ、次第に熱気を孕んでいきます。 
第5楽章=春にありて酔えるもの(テノール独唱)
 更に李太白の詩による楽章が続きます。
 陶酔感の強い楽章で、最後は激しいコーダで音楽を閉じます。
 終楽章を第二部に見立てると、前半5楽章が第一部となり、
 そのフィナーレと位置付けられる楽章です。
第6楽章=告別(アルト独唱)
 第5楽章までが10分以下の規模であるのに対して、
 この終楽章だけは30分を超える規模を持っています。
 孟浩然と王維の詩を組み合わせて使用しています。
 厭世観に満ちた重々しい楽章です。

テキストを東洋(中国)の詩に求めたことが注目されます。
ハンス・ベトゲが大意訳した漢詩集「支那の笛」から七つの詩を選んでいます。
東洋的でありまたユダヤ的であり、独特の存在感と厭世観に彩られた音楽が、
しみじみと心に滲みる作品です。

マーラー自身は、この作品の演奏を聴くことなく、
この世を去ってしましました。とても残念な気がします。


写真は、私の仕事場のライブラリに在るCDです。
ニューヨーク・フィル常任指揮者時代の
レナード・バーンスタインによるマーラー全集の第5巻で、
「交響曲第9番」、交響曲「大地の歌」、そして
「交響曲第10番からアダージオ」が収録されています。

この「大地の歌」のみ、ニューヨーク・フィルではなく、
イスラエル・フィルを起用しているところが特徴です。
(同様に、第4巻の「交響曲第8番」では、
 ロンドン交響楽団が起用されています。)

マーラーの交響曲受容の歴史上、
最重要と目される全集の最終巻にあたります。
若々しいバーンスタインのポートレートが印象的です。

指揮=レナード・バーンスタイン
管弦楽=イスラエル・フィルハーモニック
アルト=クリスタ・ルートヴィヒ
テノール=ルネ・コロ
バーンスタイン/マーラー全集第5巻
CBS/SONY / 73DC 233-5
交響曲「大地の歌」
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-バーンスタイン盤・大地の歌