同国東部ドンバス地方の中心都市=ドネツクで開催された国際現代音楽祭で
オーケストラを指揮した経験は、今なお私の脳裏に鮮明に刻まれています。
私の訪問の暫く後に、突如としてロシアによるウクライナへの介入が始まり、
クリミア半島やドネツク等を中心として情勢が渾沌としたまま、
その後もズルズル時が経過してきてしまいました。
そして遂にここ数日の各種報道の通り、ロシアの侵攻が本格化して、
まるで人類史の時計が100年程逆回りして、
帝国主義の時代に戻ってしまったような状況になってしまいました。
いったいあの美しく豊かな風土に恵まれた国は、
どこまで分裂してしまうのでしょうか。
如何なる理由があるにせよ、一般市民の人権や生活権、国家の主権は、
軍事力で虐げられてはならないと思います。
ウクライナの平和を希求しつつ、
2013年の私のウクライナ訪問記を再掲載して、
在りし日の美しいドネツクの街・人々・文化を振り返ってきました。
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私は、2013年5月にウクライナの大都市のひとつ、
ドネツクの現代音楽祭に指揮者として招聘され、
得難い国際交流の経験をする機会を得ました。
その時は、平穏で平和なウクライナでした。
一般市民の犠牲者が出るような悲惨な事態にならずに、
平和な解決・帰結を迎えられるよう、願ってやみません。
深夜の記事シリーズとして、ウクライナの平和を願って、
2013年の想い出の記事を再掲載してきましたが、
この記事が最終回となります。
ウクライナの友人達の無事と、
将来の再会を祈りながら、このシリーズを閉じます。
*****2013年6月9日の記事*****
初めて訪ねた国、ウクライナは、想像していた以上に、
明るく心地よい所でした。
勿論、冬の寒さは北海道北部並に厳しいらしいのですが、
私が訪ねた五月は、木々が緑を繁らせ、
気温は東京の五月とほぼ同じで、
基本的に好天が続いて、時おり通り雨が降る、
といった気候でした。

また、旧ソ連時代から穀倉地帯として名を馳せていたそうで、
野菜等の食材は豊富で、料理の味付けも比較的に薄味で、
日本人の味覚や好みにも合う料理が多く在りました。
特に、たくさんの種類があるスープ類は、
基本的にどれも具だくさんで、
健康的なメニューに感じられました。
ウクライナの人々は融和で親切で、
演奏会の聴衆はオープンマインドでした。
どんなレパートリーでも、
お国振りを発散する調性音楽でも、無調の現代作品でも、
同じように音楽そのものや演奏そのものを
聴き、楽しみ、良いと思ったら思いきり拍手をする、
という素直な姿勢に、深く共感しました。

オーケストラのメンバーも、リハーサルの時間超過には
神経を尖らせますが、その他の点についてはやはり基本的に
オープン・マインドで、不慣れな西欧的な現代作品にも、
初めて出会う日本的な音響が創出される私の作品でも、
中庸な作アホ(フィンランド)の作品でも、
地元ウクライナの作曲家の作品でも、
同じように真摯に演奏に取り組んでいました。

音楽祭の運営組織もなかなかしっかりしているようで、
特段の混乱は皆無で、私の滞在全体はとても快適でした。
幸いにして、私自身で指揮した拙作2曲は、
楽員と聴衆の双方からかなりの支持を得ることができました。
今回がヴァージョン初演となった
<悠久の書~琵琶と弦楽の為に>の新ヴァージョン、
<Eternal Livre for Guitar, Violoncello and Strings>が、
思いのほか好評だったことも収穫でした。
今回の成果を出発点として、この音楽祭の第2回以降の開催や、
ウクライナ国内外の他のオーケストラへの客演も含めて、
様々なプロジェクトが浮上しそうな感触を持って、
帰国の途につくことができたことは、
壮絶な本番を乗り切った心地よい疲労感の中で、
大いなる歓びとなりました。

最後に、ウクライナの皆さんに感謝すると共に、
このような出会いに結びついた、
スウェーデンのギタリスト=Magnus Anderssion氏との出会い、
そのマグヌスの人脈から今回のクレイジーな企画を画策して
くださったVadim Larchikov氏とOlga Veselina女史のご夫妻、
更には周囲で支えてくださった全ての方々に感謝を捧げながら、
「ウクライナ演奏旅行体験記」シリーズを閉じることにします。
長期にわたる15回の連載のご精読、ありがとうございました。
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追記:ウクライナの平和・人々の安寧・国家主権の維持を、
切に祈念いたします。