K.Akiyama「樹木の年輪と人生」
ふと、公園や山で大きな樹木を見上げることがあります。
何十年、何百年と生きてきた木は、
ただそこに立っているだけなのに、不思議と安心感があります。
もし、その木を横から切ってみると、
そこには美しい「年輪」が刻まれています。
年輪は、春や夏に大きく成長した部分と、
秋や冬にゆっくり育った部分が、
一年ごとに積み重なってできるものです。
木は毎年、一番外側に新しい層を重ねながら、
少しずつ太く成長していきます。
私は、この年輪を見るたびに、
人間の人生によく似ていると思います。
人生にも、勢いよく前に進める時期があります。
新しいことに挑戦し、夢中になり、
毎日が輝いて見える時期です。
しかし、その一方で、
思うようにいかず、立ち止まる時期もあります。
失敗したり、悩んだり、遠回りをしたり。
そんな時間は、
一見すると無駄に思えるかもしれません。
でも、樹木は春だけでは育ちません。
冬があるからこそ、
一年という年輪が完成します。
人生も同じなのではないでしょうか。
苦しかった一年も、嬉しかった一年も、
どちらも欠けることなく、自分だけの年輪になります。
若い頃は、「もっと早く成長したい」
「もっと結果を出したい」と焦ることがあります。
しかし、樹木は隣の木と比べて成長しません。
桜には桜の速さがあり、杉には杉の速さがあります。
誰とも競わず、自分の時間を生きています。
だからこそ、何十年も経つと、
それぞれが堂々とした大木になるのです。
人間も同じです。
他人と比べるよりも、
「去年の自分より、一つ年輪を重ねられたか」
を大切にしたいものです。
新しい知識を一つ学んだ。
誰かに優しくできた。
困難を乗り越えた。
心が少し広くなった。
その一つひとつが、
目には見えない人生の年輪になります。
私は四十歳になりました。
年齢だけを見れば、まだ人生の途中です。
けれど、この四十年間で経験した喜びも、
挫折も、出会いも、別れも、
すべてが今の私という一本の木を支えてくれています。
そして、これからも毎年、
新しい年輪を刻んでいくのでしょう。
十年後には、今より少し太く、
少し強く、少し優しい木になっていたい。
二十年後には、誰かが木陰で安心して
休めるような存在になっていたい。
人生は、一気に完成するものではありません。
一年に一本。
焦らず、止まらず、丁寧に。
今日という一日も、未来から振り返れば、
かけがえのない一本の年輪になります。
だから私は、
今日という日を大切に生きていきたいと思います。