K.Akiyama「人生なんて適当で良いんだよ。」
人生なんて適当で良いんだよ。
人生を真面目に生きすぎて、
疲れてしまう人は多い。
何かを成し遂げなければいけない。
立派でなければいけない。
失敗してはいけない。
そんなふうに、自分で自分を縛りつけてしまう。
でも本当は――
人生なんて、適当で良いんだよ。
ここで言う「適当」とは、
いい加減という意味ではない。
「ちょうどいい加減」という意味だ。
完璧を目指さない。
無理をしない。
背伸びをしない。
流れに身を任せる余白を残しておく。
それだけで、人はずいぶん楽に生きられる。
よく考えてみると、
人生はそもそも思い通りにならない。
どんなに計画しても、
予想外のことが起きる。
どんなに努力しても、
結果がついてこないこともある。
それなのに、
「すべてをコントロールしよう」
とするから苦しくなる。
天気を変えられないのと同じように、
人生の流れも全部は変えられない。
だったらどうするか。
傘をさす。
雨を眺める。
時には濡れてみる。
そのくらいの軽さでいい。
適当に生きる人は、実は強い。
うまくいかなかったら、
「まあ、そんな日もあるよね」と笑える。
予定が崩れたら、
「別の楽しみができたな」と思える。
期待が外れたら、
「違う道が見えてきた」と考えられる。
柔らかい人は折れない。
力を抜いている人ほど、長く歩ける。
そしてもう一つ、大切なことがある。
人生は思ったより長い。
今日うまくいかなくてもいい。
今年遠回りしてもいい。
数年迷ってもいい。
それでも、まだ時間はある。
むしろ、焦って固くなる方がもったいない。
人生は短距離走ではなく、
散歩みたいなものだから。
景色を見て、立ち止まって、寄り道して、
気が向いたらまた歩けばいい。
真面目に頑張ることは尊い。
努力することも素晴らしい。
でも、それだけが人生じゃない。
ぼーっとする時間。
意味のない時間。
何もしない時間。
そういう「余白」があるから、
人生は豊かになる。
音楽も、休符があるから美しい。
絵も、余白があるから広がりが生まれる。
人の人生だって同じだ。
だから、もっと適当でいい。
完璧じゃなくていい。
立派じゃなくていい。
説明できなくてもいい。
「なんとなく幸せ」
それで十分だ。
人生なんて、もともと自由なものだ。
誰かの正解をなぞる必要はない。
歩幅も、速さも、方向も、
全部、自分で決めていい。
そして、決めなくてもいい。
肩の力を抜いて。
深呼吸して。
空を見上げて。
そして、こう言ってみよう。
「まあ、適当でいっか。」
その瞬間、人生は少しだけ軽くなる。
そして不思議なことに――
軽くなった人ほど、遠くまで進めるのだ。