2021年4月30日記
再送信
☆ケアマネさんから私のことも尋ねられた。
やっぱり外見から分かってしまうのか^^;
頸椎が痛そう、曲がった手首、
どこかをかばったような歩き方、
らしい……
こうして改めて指摘されてしまうと……
おそらく表現を選んでコレってことは……
ふだんとにかく鏡をみないからねw
今は何とも思わず
気にしないよう努めているが
やっぱりそう見えているのか……
歩き方については物心がついた瞬間から指摘されているのだが、自分ではどこが変なのかが全く分からない。と言うか嘲りの形態模写をされるのだが、どう直せば良いのかパニクるだけ、余計にからかわれるのだった。
幼少時は人一倍遊び、走った。それでも運動能力はサイテーだったが、持久力だけはついた。人よりへばらず長時間歩けてきたことは、これまで書いてきたとおりである。
「壊れたバネ仕掛けの人形」と
陰口をたたかれていたのは知ってるよw
一人歩きだと校舎の上の階から揶揄とともに石を投げつける複数のクソ下級生もいた、だがガキどもによる悪戯は日常茶飯で何ともなかった。堪えたのは大人によるイジメ。
半世紀も同じ状態で、自分でもよく分からない、とケアマネさんに答えたら、母をこれまで介護してきたのと同様驚かれた。
親戚が大学病院の教授で、医者に関しては一般よりは恵まれた環境だったのだが、どうにもならなかった。
オカシイ→病院に行く→医師の無配慮で余計に悪化するのループだったと説明。
無配慮の具体例を挙げると
「今なら訴訟モノかも知れませんね」
『昔は今とは違いましたからねぇ』
これは私とケアマネさん、同じセリフ。
「受けられるべきサービスを
受けられないのはオカシイと思うんです」
私が望めば、然るべき相談相手を
紹介してくださるとのこと。
これまでずっとしのいできたし、幸い命にかかわるような大病とは無縁。昔はともかく、この年齢になると大病をされ、私より大変な不自由を抱えている方は、沢山いらっしゃる。みんなどこか小さく壊れてるんだよね。
今は母のことで手一杯なので保留。
もしかしたら、50年前が今と同じ環境だったら、私の不自由も正しいリハビリで克服できたのかな。これも何回も書いてきたが、昔は突き放しと排除 だった。
この前、母の転倒に気遣いながら、母の手を引きながら5時間さまよったときに熟々感じたのだが、人生ってうまく出来ている。約半世紀近く前、自分が母に手を引かれて、ありとあらゆる評判の病院や相談所、施設を回ったんだよね。どこも反応が芳しくなかったんだ。却って症状悪化の一因、私も嫌な思い出なのだが、その時母が抱いたであろう徒労感を、今自分が味わわされているのかなぁって。私の母に対する接し方は、その時に受けた自分に対する仕打ちのアンチテーゼなんだよね。
恥ずかしき半生の決算 一
自分は颯爽と、何ともないつもりでも
他者からはそう映っていないの?
壊れたバネ仕掛けの人形