私自身、昨年9月以降変わったこと。
・データチェックを殆どしなくなった
それまでは厚労省や分科会の
データを小マメにチェック
おかしなところはブログに即アップ
することもありました。
己のための備忘録でもありましたが
残念ながらもう自分に関しては不可逆
煩雑なことはメンドーになりました。
抑も私が書いたって蟷螂の斧
もっと然るべき人の分析だって
殆ど読まれていないのだろうしね。
ただ客観的な数字抜きに
雰囲気で流される現状って
とてもキケンかと思います。
「新しい戦前」はもっと以前から
始まっているような気がします。
多くの場合挙げられている数字は
マスコミ発表の「二次情報」で
「一次情報」ではありません。
殆どの場合、都合良く加工された
「感想」にすぎないことは
改めて指摘しておきたいと思います。
勿論私のも「感想」にすぎないのですが
片側の大きな声の「感想」にのみ
翻弄されるのは滑稽かと思います。
一方的な情報に流され怯えるのではなく
それぞれが自分で考え
もっと多様な意見で活発になる方が良い。
しかし時代は逆行していそうです。
「それってあなたの感想ですよね」
が小学生の流行語1位になったのだとか。
概念としては正しい。
しかし発言主は常に見下ろし型、
発言主だってエラソーな「感想」
というパラドックス。
議論ではなく一見「論破」とやらを
カリスマにする風潮は
そのままマネをすると良からぬ傾向
決めつけ、それに伴う排除を
更に助長してしまいますよねwww
事実から何かを感じ取り、
深く掘り下げることが
科学なのでは、あ~りませんか。
今行われていることは
河野大臣の指摘されたが如く
『科学よりも自分の信奉する
イデオロギーに基づいて主張する』
ばかりで、見事なブーメランに
なってはいないでしょうか。
真実の追究はムズカシイ。
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であるからこそ
異なる立場の「感想」をぶつけあう
つまり議論が一番大事。
片側を排除して何の疑問も抱かないことこそが
『新しい戦前』
最近だと山上の凶行によって
今まで不自然に隠されていた
カルト論議が連日活発になりました。
あくまで劇場型、真剣に考えると言うよりも
視聴者の興味を如何に引くかのマスコミ主導
これも他の騒ぎと表裏一体で
『何かが起こってから気づかされる』
それも連日無意味な空騒ぎ……
は言い過ぎかも知れませんが
大変不幸なことだと思うのです。
『自由は突然なくなるのではない。
だんだんなくなっていくんです。
それは目立たない形で徐々に蝕まれ
気がついたときには酸欠で
もうどうにもできなくなっている。
はじめのときを気をつけるしかないのです。
自由が侵されそうになるあらゆる兆しに、
厳しく監視の目を向けなければ
ならないのです。』
・テレビを全く見なくなった
自分一人の時はまずスイッチを入れません。
鬱陶しくなっちゃいました^^;
欠かさず見ていた鎌倉殿も
終善児で残念ながらドロップアウト。
テレビのスポーツ中継も見ていません。
ネット配信のみですね。
例えば「相棒」はTverで
配信されているので視聴。
ずっと見続けていた朝ナマは
年明け直後のネット配信のみ。
野球中継もネット契約で見られる分のみ。
今はもっぱらyoutubeとかですね。
頭の体操、数学系。
懐かしドラマとか、
その他の映像を見ることも多いです。
これについては機会があったら
簡単に書いてみようと思います。