私は、ずっと小さく生きてきた。
人に嫌われないように。
怒られないように。
目立たないように。
期待されないように。
そうやって、檻の中で膝を抱えて、
「これ以上傷つかないように」
「生きてるだけで十分だ」と言い聞かせながら、
息を殺すように生きてきた。
でも、それがどれだけ苦しかったか。
本当は誰よりも、
自由になりたかった。
自分を表現したかった。
愛されたかったし、大切にされたかった。
それなのに、自分を守るために、
私は「小さく生きること」を選び続けていた。
そしてその「小さく生きること」の象徴が、
**元夫という“盾”**だった。
彼の影に隠れていれば、
自分の責任で立ち向かわなくてすんだ。
社会とのやり取りも、彼に任せてしまえばよかった。
自分の弱さも、無知も、怖さも、彼がなんとかしてくれると思っていた。
私は、彼を利用していたんだと思う。
彼の力を借りて、自分の小ささを見ないようにしていた。
でも――
その盾は、ある日崩れた。
離婚をしてから、もう6年が経つ。
あのとき私は、ようやく自由になれると思っていた。
これで自分の人生を歩ける――そう思っていた。
でも実は、私はまだ彼にしがみついていた。
潜在意識の深いところで、
「彼が何とかしてくれるはず」
「まだつながっていたい」
「自分では抱えきれない」と、
無意識に依存し続けていたのだった。
それに気づいたのは、
彼がタックス(税金)に関して裏切ったときだった。
私の名前を使い、不正に申告を進めようとした。
私の権利を軽視し、説明もなく署名を求めてきた。
私をまだ「自分のコントロール下にあるもの」として扱った。
その瞬間、私ははっきり気づいた。
「私はまだ、彼に自分の人生を預けていたんだ」
気づいた時は、心の底から愕然とした。
あの離婚は、形だけだった。
私はまだ、自分の人生の責任を本当には引き受けていなかったんだ。
そこから、私は本気で決めた。
もう、誰かの影に隠れて生きるのはやめよう。
怖くても、自分の足で立とう。
タックスの問題に対処することは、
それまで避けてきた「社会的な責任」と直面することだった。
本気で「お尻を自分で拭く」覚悟が必要だった。
正直、怖かった。
書類を読むのも、法律を知るのも、弁護士を探すのも、
すべてが未知で、震えるほど不安だった。
でも私は決めた。
**「私は、私の尊厳のために戦う」**と。
それからの私は、今までの私とは違う。
攻撃的なメッセージが来ても、以前のように崩れたりしない。
心臓がドキドキしても、
**「これは私を守るための戦い」**と受け止められるようになった。
私は今、
彼のマニピュレーションや支配の証拠を淡々と集めている。
感情ではなく、法的根拠で自分を守る。
裁判官の目線で、自分のケースを整理する。
これは単なる対立じゃない。
**「自分自身との再契約」**なんだと思う。
私は思う。
小さく生きるって、決して楽な道じゃない。
傷つかないように生きているつもりで、
ずっと、自分自身を見捨ててきた道だった。
でも今、私はようやくその檻の鍵を外しはじめている。
本当に「自分の人生」を生きようとしている。
もう、誰かの影に隠れて生きない。
私は、私の声で、私の足で、私の人生を歩いていく。
同じように、今も小さく生きている誰かへ。
あなたがもし、
「誰かに守ってほしい」
「ひとりじゃ無理」って思っていたとしても、
それはあなたが弱いからじゃない。
それは、あなたの命を守ってきた証なんだ。
でも、もし今ほんの少しでも、
「このままじゃいけない」って心が揺れているなら――
その心の声に、そっと寄り添ってあげて。
あなたは、自分の人生を生きていい。
あなたは、自分を信じていい。
心からそう思うよ。
ソフィア
あなたは飛ぶことが出来るから
