私は怒りで、

人間関係を壊してしまったことがある。



大切な人との距離が、一気に壊れてしまったこともある。



気がつけば、また孤立して、嫌われて、

「なんで私はこんなに怒ってしまうんだろう」って

泣きながら自分を責めていた夜も、何度もあった。




だから私は、いつの間にかこう思うようになっていた。

「怒っちゃいけない」って。




怒りは破壊する。



怒りは怖い。



怒りは、“人を遠ざける毒”だって。





でもね

今日は、自分の中にある「怒り」と、ちゃんと向き合った日だった。




私はこれまでずっと、「怒ってはいけない」と思っていた。


怒る自分は未熟で、もっと内省しないといけない。


そんなふうに、怒りが湧いた瞬間に、「ダメだダメだ」と蓋をして、


すぐに「私の中に問題があるはず」と内観に向かう癖がついていた。





でも、今日の私はちょっと違った。




怒ってるなら、怒っていいじゃん。



怒るって、それだけ真剣だったってことだよね?

そんなふうに、怒っている自分に優しくなれた気がする




私は今日、自分の中にあった怒りを、

久しぶりに、否定せずにただ感じてみた。




誰かにぶつけたり、声を荒げたりしたわけじゃない。




ただ、静かに、心の奥から湧いてきた怒りに

「そこにいていいよ」って、言ってあげた。





きっかけは、職場でのちょっとした出来事。

一見すると、誰も気にしないような、日常のすれ違い。




でも私の中では、

「それだけは許せない」って思う感覚があった。




なぜこんなにも怒っているのか――



その理由を掘っていった先に見えたのは、

怒りの奥にあった、“深い怖さ”だった。



  • 自分が積み上げてきたものが、軽く扱われることへの恐れ


  • 誠実さが報われず、表面だけの人が評価されてしまう世界への絶望


  • また「黙って耐える役」を押し付けられるんじゃないかという不安




…そして何より、



怒った自分が、全てをなぎ倒し壊していく

人生が壊れる恐怖だった。




私は、ずっと

怒りを飲み込んで、自分の感情を殺して、

周囲に合わせて、空気を読んで、

生き延びてきた




でもその締め付け


「怒っちゃっだめ」という締め付けは、


私の中に、積もり積もった怒りとして残っていた。





そして時に、それが爆発して、

大切なものを壊してしまったこともあった。




だから今日、私はとても怖かった。

怒りを感じてしまった自分が、また「何かを壊すんじゃないか」って。




でもね、

怒りを感じても、壊さなくて済むってことを、

私は今日、少しだけ体験することができた。




それは、自分の中の「これは違う」という声を、

静かに、でも確かに、言葉にできた瞬間だった。




怒りが、ただの破壊じゃなくて、

**「境界線を守る力」**に変わったと感じた。




もう静かに黙って怒りたいんだったら、怒り散らしてあげたのね




怒りは、魂の叫び。

「ここに、私の大切なものがあるんだ」っていう合図。



私は今も、怒るのが怖い。



でも、今日の私は「怒ってもいいよ」って言ってあげられた。



それだけで、少し息がしやすくなった。





同じように、

怒りで人間関係を破綻させ、続けてきた人




怒りを感じるたびに、自分を責めてきた人。



虐待やコントロールの中で育って、「怒らないこと」を生き残る術にしてきた人。




どうか、あなたにも届いてほしい。




怒ってもいい。


怒るあなたは、ダメじゃない。


怒りを感じるってことは、それだけ大切にしているものがあるってこと。




Sofia