「誰かとちゃんとつながりたい」



「本音で話せる友達が欲しい」



「心から安心できる人間関係を築きたい」




そんな思いをずっと抱えているのに、

なぜかうまくいかない。

どこかで壁を感じてしまう。



人と一緒にいるのに、心がひとりぼっちになる。




それは、あなたに問題があるからじゃない。




それは、あなたの“心の仕組み”が、痛みからあなたを守ろうとしてるだけなんだ。




私たち、虐待されて育った子どもたちは――

最初に出会った“人間関係”が、すでに傷だらけだった。




愛されるはずの場所で、否定され、責められ、無視され、コントロールされ、

「人と関わること=怖いこと」「本音を見せる=危険なこと」だと、

身体と心に深く刻み込まれてしまった。





■ つながりたい。でも、怖い。


本当は、人と分かち合いたい。

優しさも、喜びも、涙も、抱きしめるように分かち合いたい。



でも――

心のどこかが、ささやく。




「また裏切られるかもしれないよ」


「嫌われるんじゃない?」


「重いと思われるよ」


「大切にされるわけないじゃん、私なんか」




そうして、近づくほどに自分で距離をとってしまったり、

本音を出せなくなってしまったり、

いつの間にか、またひとりで泣いてしまっている。




■ 愛を知らないから、愛を渇望する。


人間関係の“土台”が壊れたまま大人になった私たちは、

「誰かとちゃんと関係を築く」という感覚を知らない。


だから、心から「それを知りたい」と願ってしまう。




本物の関係、嘘のない安心、丸ごと愛される経験――

それをずっと渇望してる。




でも、それがなかなか手に入らない。

そのことが、さらに自己否定を深める。



「やっぱり私なんか無理なんだ」って、また心を閉じてしまう。




■ あなたは、悪くない。


このジレンマを抱えているのは、あなただけじゃない。

私もそうだし、今これを読んでくれている“あなたのような人”が、他にもきっといる。




これは、「弱さ」じゃない。



これは、「おかしさ」じゃない。




これは、生き延びてきた心が作り上げた、精一杯の防衛なんだ。




あなたは、ずっと自分を守ってきた。

それだけ、ちゃんと生きようとしてきたんだよ。



■ つながりは、諦めなくていい。


今はまだ、心から信じられる人に出会えていないかもしれない。


でも、あなたがその願いを抱き続ける限り、

その想いは、ちゃんと誰かに届く。



少しずつ、自分を開いていくこと。


無理のないペースで、感情を感じてあげること。


「もう怖くない」と思える瞬間は、きっと来る。




あなたは、


重くない。


変じゃない。


浮いてない。





そして、軽く扱われるような人じゃない。




あなたは、

ちゃんと、心からのつながりを築ける人。


ちゃんと、愛されていい人。




このジレンマの中でもがきながら、

それでも“誰かとつながりたい”って思ってるあなたは、

もうその時点で、愛の中にいる存在なんだと思う。


ソフィア