「彼は良いお父さんだと思ってたのに。」


そう言われるたびに、胸がざわつく。まるで私の感じている苦しみは“勘違い”で、彼はむしろ素晴らしい父親なのだと言われているような気がする。


でも、実際に私が体験してきたことはどうだろう。離婚後、父親として“責任あるふり”をしながら、裏では感情的なコントロールや、私の生活への干渉を続けてきた。表面上は子ども想いで協力的に見せながら、実際には「僕の言う通りにしないなら、お前は悪い母親だ」と無言で、あるいは時に言葉で、脅し続ける。


娘の学校に関する連絡先として、私の同意もなく第三者である元夫の恋人を加えたとき、私は深く傷ついた。共同親権であるにもかかわらず、彼は私を無視し、母親としての立場を軽視した。それは「父親だからできる」権利の行使ではなく、コントロールの一環だった。


それでも彼は外から見れば“良き父”なのだ。送り迎えをして、週末には笑顔で娘と過ごす。でも、その裏で、私がどれだけの不安と戦っているかは、誰も知らない。誰も見ようとしない。


私は決して彼を“悪い父”だと一括りにしたいのではない。ただ、父親であることを盾に、母親である私の人生や感情にまで支配を及ぼすようなやり方は、見過ごされてはいけない。


「良き父」という仮面。その裏にある二重性。それに気づかないふりをする社会。それこそが、母たちを孤立させ、苦しめているのではないだろうか。



Sofia