今日は、元パートナーとの長年にわたるカストディ(親権)の問題や、
タックス(税金)に関する一方的で不正な要求、
そしてその裏にあるエモーショナル・アビューズ(精神的虐待)について、
支援団体の事務所を訪れ、相談と法的サポートを受けてきました。
そこで、ディレクターの方が真剣に話を聞いてくれて、
リーガルエイドの弁護士とつなげてくれました。
さらに、身体に蓄積されたトラウマをやさしくほどいていくレッドソマティック・ワークも受けることができました。
私が驚いたのは、支援団体のオフィスでした。
NPOだから、正直「資金がギリギリで、古い机と椅子で、キリキリ舞いしながらやってるのかな」なんて、勝手に思っていたんです。
けれど、実際に足を踏み入れてみると、そこには落ち着いた静けさと、整えられた広さ、プロフェッショナルな空気がありました。
空間そのものが、「ここはあなたを大切に思っています」と語っているようでした。
アメリカでは、富裕層はどんどん豊かになり、
困っている人たちは制度にも言葉にも、たどり着けないことが多い。
でも、そんな中で、本当に困っている人の声を拾って、
リーガルエイドにつなげてくれる場所が、ちゃんとあるんだと思えたこと。
それは、ほんの少しだけ希望を感じる出来事でもありました。
そして、帰り道――突然、それは爆発した。
その数時間後、私は何の前触れもなく、感情の爆発に襲われました。
エモーショナル・フラッシュバック。
まるで身体の中に見えない「時限爆弾」が埋め込まれていて、
そのスイッチが突然押されたような感覚。
脳が恐怖でブワーッと支配される。
「クビになる」「誰にも必要とされてない」「ひとりぼっちになる」
そんな思考と身体の反応が一気に押し寄せてきて、
理性がどこかに吹き飛んでしまう。
CPTSD(複雑性PTSD)を抱える人にとって、
フラッシュバックは単なる“つらい記憶”の再生ではありません。
それは、
「いまこの瞬間」に、かつてのトラウマがそのままよみがえって身体を支配する――
言いかえれば、
“生きている爆弾を抱えながら日常を送るような状態”なのです。
“あの時”が“今”になる時。
日常のささいなきっかけ――
たとえば、仕事のチャットの一言、
書類の提出依頼、
予定の変更、
メールの文面、
誰かの無関心そうな表情。
そんな些細なことが、
「あの時の絶望、あの時の孤独、あの時の無力感」のスイッチになります。
身体は凍りつき、呼吸が浅くなり、
頭は「もうダメだ」と叫び、
「消えたい」「いなくなりたい」と心がざわつき出す。
あなたはおかしくない。これは“生存の記憶”です。
この爆弾は、あなたの中の“弱さ”ではありません。
かつて生き延びるために感じることを凍結した、身体の記憶なのです。
私もその日、クッションの手触りを確かめて、
何度も「大丈夫」「今ここだよ」と自分に声をかけました。
そして少しずつ、“今”に戻ってくることができました。
さらにその後、住宅支援のウェビナーに参加して、
意識が現実に戻っていき、波がすっと引いていくのを感じました。
CPTSDのフラッシュバックは、怖いです。
圧倒されます。
でも、その波を乗り越えるたびに、
私たちはもう少し“今”に根を下ろすことができる。
爆弾を抱えたままでも、私は生きている。
そして、こうして「言葉にする」ことで、
少しずつその爆弾の仕組みを知り、
解体していく力を取り戻している気がしています。
Sofia