何度も伝えたはずのお願いを、また無視された。
それを指摘したら、「何が問題なの?」と責め返され、「昔からお前は問題だった」と言われた。
これはガスライティング。私の中でようやく、その言葉がはっきり形になった。
昨日、また元夫からのテキストが届いた。
娘の引き渡しのために、私はあらかじめ何度も伝えていた。「建物の中には入らないで。ビルの外で引き渡してほしい」と。私が住む場所、私の安心が守られる空間。その境界線は、心の安全と同じくらい大切なものだった。
それなのに昨日、彼は何のためらいもなく玄関の一重目のドアを開けて中に入ってきた。
私はその場ですぐにメッセージを送り、「建物の中に入らないでください。以前もお願いしたと思います」と、冷静に伝えた。
すると、そこから攻撃的で長いテキストの連続が始まった。
「何が“安全”なのか説明しろ」
「お前の性格は昔から変わっていない」
「ディズニーワールドに行った時はどうだった?」
「暴力的な気質は昔から問題だった」
それはまさに、ガスライティングだった。
相手の言っていることの正当性をねじ曲げて疑わせる。
相手の感覚を否定し、反論する権利すら奪っていく。
そうやって、こちらの正当な怒りや境界線を“おかしなこと”のように見せかける。
さらに、「問題があるならお前がピックアップに来い」と一方的に責任を押し付けたり、
「娘の携帯を用意しろ」と細かい指示を送りつけてきたり、
支配と無効化が同時に行われていた。
でも、昨日の私は少しだけ違った。
そのテキストを見たとき、確かに動悸はしたし、嫌な感覚が走った。
でも、それと同時に、心の中に“玄関”のような感覚が浮かんだ。
「あ、これは中に入れたくない」
「今、私は心の玄関先でこの言葉を見ている」
以前なら、こういうメッセージは真っ直ぐ心の奥まで突き刺さっていた。
自分が悪いのかもしれない、私がおかしいのかもしれない。
そうやって、自分の感覚を手放してしまっていた。
でも昨日の私は、その言葉を“外で受け止める”ことができた。
もちろん、影響はゼロではなかったと思う。
その証拠に、夜には悪夢を見た。
夢の中で私は、娘の学校にいた。
そこでまた元夫に責められ、言葉で追い込まれていた。
逃げ場がなく、誰にも助けてもらえず、ただただ委縮していた。
目が覚めたとき、深く息を吐いた。
でも、こうも思った。
夢では追い込まれたけれど、現実では私はちゃんと守れていた。
心の中心まで入れさせなかった。私は私を守っていた。
この「心の玄関で受け止める」という感覚は、
決して誰かを拒絶する冷たさではない。
それは、自分の大事な部分を壊されないように守る“優しい境界線”だ。
自分の感覚を信じること。
「それはおかしい」と小さな声ででも言えること。
そして、心の奥に何を入れて、何を外に置くか、自分で選んでいいんだと思えること。
私は、子どものころに繰り返し否定され、
「黙って従うこと」「感情を見せないこと」を刷り込まれて育った。
大人になってからも、そうやって自分の内側を明け渡して生きてきた。
でも、もうそれはやめたい。
たとえ夢に出てきたとしても、たとえまた震えが戻ってきたとしても、
私は今、確かに自分を取り戻しつつある。
心の玄関には、ちゃんと鍵がある。誰かがノックしてきたときに、開けるかどうかは、私が決めていい。
Sofia
