「わがままになってもいい」と言われても、なぜ私は嫌われたのか


私が心理学や癒しの世界に助けを求め始めたのは、もう15年以上前のことになります。

毒親育ちで、生きること自体がとても苦しくて、自分の感情もニーズもよくわからないまま、

ただ“ちゃんとしなきゃ” “迷惑をかけちゃいけない”と思って生きていました。


そんな中で出会ったのが、

「まずは自分を満たすことが大切」

「わがままになってもいい」

「自己中になっていいんだよ」

という言葉たち。


その言葉に救われる気持ちで、自分の感情を表に出す練習をしてみたことがあります。

でも正直に言うと、その頃の私は…めちゃくちゃ嫌われました。


「え、わがままになってもいいんじゃなかったの?」

「自分を大事にしてるだけなのに、なんで?」

—— そんなふうに悩みました。


そこから時間をかけて、自分を見つめなおし、失敗を繰り返しながら、

ようやく気づいたのです。


“嫌われるわがまま”と、“好かれるわがまま”には、大きな違いがあるんだと。


今の私は、自分の気持ちや希望を率直に伝えても、ほとんど嫌われることはありません。

むしろ、深い信頼関係を築けることが増えました。



わがままの奥にある「エゴ」の違い


私たちが「わがまま」だと感じるふるまいの背後には、“エゴ”のあり方が関係していることが多いです。


💡 嫌われるわがままは、実は「病的なエゴ(過剰な自我)」が暴れている状態。

自分のニーズを伝えているようでいて、

その裏には「無視されたくない」「特別扱いされたい」「誰かに勝ちたい」など、

インナーチャイルドの傷つきが暴走していることがあります。


一方で、


💡 好かれるわがままは、「健全なエゴ(Healthy Ego)」に基づいています。

つまり、自分の限界や感情、ニーズを落ち着いて伝えることができる土台を持っているということ。

「私はこう感じている」「これが必要だ」と誠実に伝える力は、信頼を生みます。


「わがまま=自分を大切にする」には順番がある


毒親育ちやアダルトチルドレンの私たちは、

幼少期から自分の気持ちを押し殺して生きてきました。

「こうしたい」と言えば怒られる、「助けて」と言えば無視される。

そんな経験を重ねて、感情やニーズを感じる力すら弱まっていきます。


その状態でいきなり「わがままでいいんだよ」と言われて、

無理に主張しようとすると、内なる混乱や恐れが噴き出してしまいます。

そして時に、それが人を遠ざけてしまうことも。


だからこそ、順番が大事なのです。


まずは、

  • 自分が何を感じているか

  • 何を欲しているのか

  • どこまでが限界なのか


を、丁寧に内側で感じる練習から始めること。

それが「健全なわがまま(自己表現)」への第一歩になります。


「嫌われないわがまま」は、優しさと境界線のバランスから生まれる


嫌われないわがままには、優しさと境界線のバランスがあります。


人を思いやる気持ちはあるけれど、

「自分を犠牲にしてまで」ではない。

無理に合わせたり、飲み込んだりせず、

必要なときには「No」と言える勇気。


それを伝える時にも、攻撃ではなく、落ち着いた言葉と正直な気持ちで話す。

それが、「あ、この人のこと信頼できるな」と思わせてくれるんだと思います。


わがままでいい。でも順番を間違えないで。


私は今、ようやく「嫌われないわがまま」ができるようになってきたと感じています。

でもそれは、「嫌われてもしょうがない」と割り切る強さではなく、

自分の心の奥の声と、誠実に向き合う力が育ったから。


そして何より、

「本当の意味で自分を大切にするってこういうことか」

という実感が、少しずつ積み重なってきたからだと思います。


あなたも、自分の気持ちや希望を遠慮せずに伝えていい。

でもそれには、まず「自分の気持ちを丁寧に感じる」時間が必要です。


🌱

それは、やさしさと共に境界線を育てる旅。

少しずつ、一緒に歩いていきましょう。


ソフィア



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