子どものころからずっと、「感じること」が怖かった。
もっと正確に言えば、「感じてはいけない」「感じてもムダだ」「感じると傷つく」と、どこかで思っていた。
それなのに、大人になってから自己啓発の本を読むと、「感じることが大事」って書いてある。
「ワクワクを感じて」「望むものの波動に共鳴して」「豊かさを感じれば豊かさがやってくる」——
そう言われても、私にはうまくいかなかった。
感じようとすればするほど、内側にある空洞が浮かび上がってきて、何も感じられない自分に、さらに落ち込んだ。
感情を表現することは、私にとって“危険”だった。
泣くと怒られた。怒ると嫌われた。喜ぶと浮かれてると言われた。
感じれば感じるほど、否定されたり拒絶されたりしてきた。
だから、私は「何も感じないようにする」ことで、引きこもりになり自分を守ってきた。
10代のころ外にも出れなくなった。
そのことに気づいたのは、ごく最近のことだった。
それまでは、「私には引き寄せの法則は向いてないんだ」とか、「私はダメな人間なんだ」とか、そんな風に思っていた。
でも違った。
感じられなかったのは、私が“感じないようにすることで生き延びてきた”からだった。
自分の中に感情がないわけじゃなかった。
ただ、それを感じることを、自分自身にずっと禁止してきた。
「そんなこと思ってはいけない」
「望んではいけない」
「それはわがまま」
「そんなの通用しない」
——そんな声が、心の奥でいつも鳴っていた。
でも最近、少しずつだけど、自分に聞いてあげるようになった。
「本当は、どう感じてる?」
って。
最初は何も出てこなかった。
けれど、ノートに書いてみたり、静かな時間をとったりしていくうちに、うっすらとした怒りや、悲しみや、望みが、少しずつ顔を出してきた。
それはまるで、ずっと真っ暗な部屋の隅に置き去りにされていた小さな自分が、「やっと気づいてくれた」とつぶやくような感覚だった。
引き寄せの法則が言う「感じる」という行為は、もしかしたら“願望の感情を最大限に引き出すこと”じゃなくて、
自分の奥にある、本当に押し込めてきた気持ちにふれていくことなのかもしれない。
まずは、悲しさでも怒りでも、怖さでもいい。
本音で感じてみることから、すべては始まるのかもしれない。
それがやがて、「こんなふうに生きたい」「こう在りたい」という、ほんの小さな希望の芽につながっていくのだと、今の私は信じている。
もし、感じることにさえ戸惑っている人がいたら、
どうかそれが「おかしいこと」ではないと知ってほしい。
それはあなたが壊れたからじゃない。
感じることを封印しなければ、生きられなかったから。
だからこそ、今、少しずつほどいていける。
感じられなかったその時間さえ、あなたの命を守ってくれていた証なんだと、私は思う。
Sofia
