今朝、目が覚めた瞬間、

「起きられるけど、なんか、めんどくさいな……」って思った。

ジャーナリングも、瞑想も、ブログも、全部「なんかやりたくないな」と感じた。


だけどその“めんどくさい”という感覚に、私はもう慣れている。

それは、ただの怠けでもなければ、無気力でもない。


その奥には、いつも「何か感じたくない感情」が隠れていることを、私は知っている。


 


「めんどくさい」の正体


私にとって「めんどくさい」は、感情のフタ。

エネルギーが一気に引いていくとき、心が何かを守ろうとしているとき、

何もかもが「面倒」に見えてしまう。


昨日の夕方、元パートナーから一通のメッセージが届いた。

「娘が体調を崩していて、今日は一緒にいたいと言っている」という内容だった。

それは、予定されていたことを、直前になって一方的に変更するような連絡だった。


私はその瞬間、怒りと苛立ちが込み上げてきた。

でも、もっと奥にあったのは——


 


怖かったのは、「無力さ」


私が感じたのは、「怒り」だけじゃなかった。

実際には、「また私は選ぶことができなかった」という感覚に襲われた。


「私はただ受け入れるしかないのか」

「私はまた置いていかれるのか」


そんな、無力さ。

それは、過去に何度も経験してきた、あの感覚だった。


感じたくない、でも確かにそこにある。

だから私は今朝、「めんどくさい」とつぶやいた。

その一言が、私を守ってくれていたのかもしれない。


 


それでも私は、自分を選んだ


それでも私は、ちゃんと朝を迎えた。

友達と電話で話しながらクラフトをして、

カレーを作って、ミニチュアの猫カフェを作って。

ひとつひとつ、小さな喜びを感じながら過ごした。


「だらけてる」んじゃない。

「回復してる」だけなんだ。


罪悪感が少し顔を出しても、もう私は自分を責めない。

私は、私のペースで、自分を大事にできている。


 


めんどくささは、私を守っていた


「めんどくさい」の奥には、感情がある。

その感情の奥には、傷ついた記憶がある。

でも今は、その記憶と少しずつ向き合おうとしている私がいる。


私は今日、自分にこう伝えたい。


「今日、よくここまで来たね」

「めんどくさくても、大丈夫だったね」

「感じることを、少しずつ、受け止めていける私になってきてるね」


 


🌿

もし今、「めんどくさい」と感じている誰かがいたら、

その奥にある小さな声に、そっと耳を傾けてみてください。


それは、あなたがずっと守り続けてきた、

大切な何かかもしれません。


Sofia