ずっと、心の奥で思ってた。
**「私はダメな母親なんじゃないか」**って。
だって、猫のことはこんなにも愛せるのに、
自分の娘には同じようにできない気がして。
そのことが、何よりも苦しかった。
猫といるときの私は、
優しくて、素直で、愛情深くて、
まるで「これが本当の私なんだ」と思えるような安心感があった。
でも娘といるときは、
なぜか、同じようにいられなかった。
「つながればつながるほど、怖くなる」
私は、娘と過ごす時間が増えれば増えるほど、
心の中で警報が鳴るのを感じていた。
それは、Pete Walkerの本を読んで気づいた。
「愛着が深まることそのものが危険とみなされ、インナークリティクス(自分責めの声)が過剰に反応する」
——あぁ、私もそうだったんだ。
娘とつながることが、嬉しいはずなのに、
どこかで「また壊れるかも」「また失うかも」と思っていた。
そのたびに、
「こんなこと思うなんて私は最低だ」
「母親なのに、ちゃんと愛せないなんて」
そんなふうに、自分の中の“自分責めの声”がどんどん大きくなった。
私は娘を、愛してなかったわけじゃない
本当は、誰よりも娘を愛したかった。
でもその気持ちが深ければ深いほど、
過去に背中を向けていた感情が次々と蘇ってくる。
無意識に「壊れる前に引こう」としていた私。
深く関わることで、また傷つく未来を想像してしまう私。
それが、猫との関係では起こらなかった。
だから私は猫といるとき、安心して愛せた。
失う怖さを感じなくて済んだから。
それでも、私は娘をずっと愛してた
たとえ、うまく表現できなかったとしても。
たとえ、距離をとってしまったときがあったとしても。
私は、私なりに愛していた。
怖くても、逃げたくなっても、あきらめなかった。
それはきっと、私が母親として“ダメ”だったからじゃない。
それほどまでに、愛することが本気だったからこそ、
それを失うのが怖くて仕方なかっただけなんだと思う。
今、同じように感じている誰かへ
もしあなたも、
「子育てがつらい」
「子どもを愛しているはずなのに、近づけない」
そんな苦しさを感じているなら、
どうか自分を責めすぎないでほしい。
それは、あなたが本当は深く愛している証拠かもしれない。
その愛が、本気すぎて、怖すぎて、
心がブレーキをかけているだけかもしれない。
私は、私のままで、愛していい
私は今、少しずつ、自分の中の声と向き合っている。
「私はダメな母親なんかじゃなかった」
「私は、娘を誰よりも愛したかっただけだった」
「私は、私のままで愛していい」
そう、やっと言えるようになってきた。
最後に
傷ついた過去が、今の愛を妨げてくることがある。
でも、その過去を癒すのは、今の自分の気づきとやさしさだけ。
私はこれからも、
「恐れずに愛すること」を自分に許していきたいと思う。
ソフィア
