子育てが、ずっとつらかった。
愛したいのに、愛せない。
一緒にいればいるほど、孤独になっていくような気がして。
それが、自分でもすごく怖かった。
娘のことは本当に大切なのに、
そばにいると胸が苦しくなって、
思うように愛せていない自分が情けなくて、何度も泣いた。
「私って、ダメな母親なんじゃないか」
「こんなふうに感じるなんて、母親失格なんじゃないか」
そんなふうに、自分を何度も責めてきた。
でも最近、ようやくその“謎”が少しずつほどけてきた。
私は、娘との関係に悩んでいたとき、
なぜか猫といるときの感覚をよく思い出していた。
猫といるときは、私は安心して愛を出せていた。
緊張がなくて、期待されすぎることもなくて、
ただその存在が愛おしくて、自然に心がやわらかくなっていた。
なのに、娘といるときにはそう感じられなかった。
そのことが、自分でもどうしようもなく苦しくて。
「私っておかしいのかな」って思ってた。
でも、違ったんだ。
私は——本当は、
娘のことを誰よりも深く愛したかったんだ。
だからこそ、
つながることが怖かった。
失うことが怖かった。
愛が壊れることが、怖かった。
愛せないんじゃなかった。
愛が強すぎて、怖かっただけだった。
そしてその恐れの中で、
私は過去の傷にふれていた。
かつて愛した人たちとの関係で、壊れてしまった記憶が、
今のつながりにも重なって、心が警報を鳴らしていた。
でも今、私はそこに少しずつ気づいてきている。
そして、涙が止まらない。
私は、もっと回復したい。
もっと安心の中で、
もっと自分らしく、愛を出していきたい。
猫といるときのように、
緊張しすぎず、試されすぎず、
ただ自然に、やさしく、あたたかく。
娘と、もっとつながっていきたい。
ただ、そこにいてくれるだけで愛おしいと思えるように。
安心の中で、心地よく愛せる自分になっていきたい。
そして、自分自身のことも、
「もう大丈夫だよ」って、やさしく抱きしめてあげたい。
今、この気持ちに気づけたことが、私にとってとても大きな一歩。
私は、変わっていける。
怖さの中にいた私を責めるんじゃなくて、
その中でも愛を手放さなかった自分を、これからは信じていきたい。
ソフィア
